医学切手が語る医療と社会
第9回
世界保健機関(WHO)と切手:公衆衛生への貢献

郵便切手は、郵便料金を前納で支払った証として郵便物に貼る証紙であるとともに、郵便利用者に対しアピールできるメディアであるという側面も保持しています。この連載では、医療をモチーフとした切手について、そのデザインや発行意図・背景などを紹介していきます。

はじめに:世界保健機関(WHO)とは

世界保健機関(World Health Organization、以下WHO)は、国際的な公衆衛生の向上を目的として1948年4月7日に設立された国連の専門機関です。その基本理念は、「すべての人々が可能な限り最高の健康水準に到達すること」とされており、WHO憲章では、人種・宗教・政治信条・経済的状況にかかわらず、健康を享受することが基本的人権であると明記されています。
特徴的なのは、健康を単に「病気がない状態」とするのではなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることと定義している点です。

現在、WHOには194の国と地域が加盟しており、スイス・ジュネーブの本部を中心に、世界6つの地域事務局(アフリカ、アメリカ、南東アジア、欧州、東地中海、西太平洋)と約150か所のWHO事務所が設置されています。職員数は7,000人以上にのぼり、感染症対策、高血圧や糖尿病などの生活習慣病の予防、がん対策、母子保健、ワクチン接種の推進など、幅広い分野で活動を展開しています。

WHOの役割と公衆衛生への貢献

WHOは、世界の健康課題に対応するため、感染症対策、非感染性疾患(NCDs)の予防、ワクチン接種の推奨、ユニバーサル・ヘルス・カバレージ(UHC)の推進、健康危機管理、障害者支援など、多岐にわたる活動を行っています。
特に感染症対策では、COVID-19パンデミック時に重要な調整役を果たしたほか、マラリア、結核、HIV/AIDSといった長年の公衆衛生上の課題にも対応しています。また、心血管疾患や糖尿病、がんなどの非感染性疾患(NCDs)の増加を受け、各国の医療政策への技術支援やガイドラインの策定を行い、予防や早期発見の重要性を強調しています。

WHOはまた、健康の公平性を実現するため、障害者や社会的に弱い立場にある人々への支援にも積極的に関与しています。さらに、すべての人が適切な医療を受けられる仕組みとして、持続可能な開発目標(SDGs)の一環であるユニバーサル・ヘルス・カバレージ(UHC)の普及にも力を入れています。
こうした取り組みを通じて、WHOは国境を超えた健康課題に対応し、すべての人々が健康でいられる社会の実現を目指しています。

WHOと切手

WHOの活動は、世界各国で発行された記念切手にも反映されています。これらの切手は、公衆衛生の重要性を啓発し、国際的な協力を呼びかける役割を担っています。ここではWHOの活動を象徴する6枚の切手を紹介します。

WHO関連の切手1:ソビエト連邦(1988年発行)
―WHO発足40周年記念

WHO関連の切手:ソビエト連邦(1988年発行)—WHO発足40周年記念

この切手は、WHO設立40周年を記念して発行されました。中央にはWHOのシンボルマークが大きく描かれており、国連のエンブレムにアスクレピオスの杖(蛇が巻き付いた杖)が組み合わされています。

WHO関連の切手2: 国連(1966年発行)
―ジュネーブのWHO本部

WHO関連の切手2:国連(1966年発行)—ジュネーブのWHO本部

この切手には、WHO本部の建物(スイス・ジュネーブ)が描かれています。この建物は、1966年に完成し、世界の健康問題に取り組む国際機関の中心地としての役割を果たしています。背景には地球を表すデザインが配され、WHOの活動が世界の保健医療政策に波及することを象徴するものとなっています。

WHO関連の切手3:カンボジア(1968年発行)
―ワクチン接種の推奨

WHO関連の切手3:カンボジア(1968年発行)—ワクチン接種の推奨

WHO設立20周年を記念して発行された切手には、WHOのマークとともに、幼い子どもにワクチンを接種する場面が描かれています。ワクチン接種は、WHOが最も力を入れている活動の一つであり、麻疹やポリオなどの予防接種プログラムの重要性を伝えています。このデザインは、予防医療の普及と世界的な健康改善への取り組みを訴えています。

WHO関連の切手4:クウェート(1963年発行)
―結核制御の訴え

WHO関連の切手4:クウェート(1963年発行)—結核制御の訴え

この切手にはWHOのマークとともに、肺のイラストが描かれています。結核は長年にわたり世界的な健康問題となっており、結核の制御はWHOが重視している課題の1つです。臙脂色の背景がとても印象的な1枚といえます。

WHO関連の切手5:シリア(1973年発行)
―心臓疾患の予防

WHO関連の切手5:シリア(1973年発行)—心臓疾患の予防

WHO設立25周年を記念して発行されたもので、心血管疾患予防のメッセージが込められています。心血管疾患は世界的に主要な死因の1つであり、WHOは生活習慣の改善や予防医療の普及を進めています。この切手は心臓病予防の重要性を広く訴えるメッセージを発信しています。

WHO関連の切手6:エジプト(1961年発行)
―視覚障害者への支援

WHO関連の切手6:エジプト(1961年発行)—視覚障害者への支援

この切手には、WHOのシンボルマークと点字を読む人の指先が描かれています。視覚障害者を含む身体障害者への支援は、WHOの重要な取り組みの1つであり、インクルーシブな社会の実現と健康の公平性を象徴するデザインとなっています。

まとめ:公衆衛生への関心の向上

WHOは感染症対策、非感染性疾患の予防、ワクチン接種の推奨、ユニバーサル・ヘルス・カバレージの推進、健康危機管理など、多岐にわたる活動を展開し、世界中の公衆衛生の向上に寄与しています。
今回紹介した6枚の切手は、WHOの活動の幅広さを視覚的に伝えるとともに、各国が健康問題に取り組む姿勢を表現しています。切手というメディアを通じて、公衆衛生への関心を高めることは、今後も重要な役割を果たしていくでしょう。
(2025年2月28日掲載)

医学切手研究会(日本郵趣協会)
医学切手研究会は、公益財団法人日本郵趣協会(JPS)の研究会の1つで、医療や公衆衛生に関連する切手を研究・収集している専門グループである。特に、医学的な発見や公衆衛生に対する啓発活動を目的とした切手の発行背景や、社会的影響を探ることに注力する。同研究会では、メンバーによる定期的な研究発表が行われており、医師や医療従事者、切手収集家が集まり、それぞれの視点から医学切手や関連する郵趣材料について考察している。また、機関誌「STETHOSCOPE」を年4回発行し、最新の研究成果や医学切手に関する情報を提供している。

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