医学切手が語る医療と社会
第1回(サンプル版)
医学切手のルーツを探る

郵便切手は、郵便料金を前納で支払った証として郵便物にはる印紙であるとともに、郵便利用者に対しアピールできるメディアであるという側面も保持しています。この連載では、医療をモチーフとした切手について、そのデザインや発行意図・背景などを紹介していきます。

はじめに:医学切手とは

郵便切手は、単なる郵便料金の支払いのためのツールではなく、時代を反映した強力なメディアでもあります。その小さなスペースには、国や社会が抱える課題やテーマが巧みに表現され、医療分野においてもその役割は大きいです。
切手のデザインや発行には、歴史的な背景や社会的なメッセージが込められており、特に医学切手は、公衆衛生の啓発や医療政策の広報手段として多くの国で重要な役割を果たしてきました。

本連載「医学切手が語る医療と社会」では、特定の疾病や公衆衛生に関連した切手を取り上げ、その発行意図や背景、切手が果たした社会的役割について掘り下げていきます。
各回を通じて、医療の歴史や公衆衛生の進化を探りながら、当時の社会的状況や政策がいかにして切手に反映され、医療の発展に寄与してきたのかを考察していきます。

初期の医学切手

19世紀末から20世紀初頭にかけて、結核や他の感染症が世界中で公衆衛生上の重要な課題として認識されるようになりました。
これに対応して、各国で発行された結核撲滅をテーマにした寄付金付き切手や、医療施設の建設を支援するための切手は、単なる通信手段を超えて、病気の予防や治療の重要性を広く国民に訴えかけるための道具として機能しました。
また、こうした切手は医療機関への資金提供や、医療従事者への感謝を示す役割も果たし、国際的な医療協力を促す象徴的な存在でもありました。
本連載では、このような医学切手の社会的・歴史的な意義を紐解き、医療と社会がどのように連携し、切手という小さなメディアを通じてどのようなメッセージが発信されてきたかを深掘りしていきます。

連載の第1回では、こうした初期の医学切手に焦点を当て、その背景にある社会的・歴史的な意義を探っていくことにしましょう。

初期の医学切手1:アメリカ合衆国(1869年発行)
―医師を含む独立宣言の図案

「世界初の医学切手」としてよく挙げられるのが、1869年にアメリカで発行された「アメリカ独立宣言」の図案が描かれた切手です。独立宣言の署名者の中には、ジョサイア・バートレット、マシュー・ソーントン、オリバー・ウォルコット、ライマン・ホール、ベンジャミン・ラッシュの5名の医師が含まれており、彼らの存在がこの切手を「医学切手」と見なす理由とされています。
しかし、この見解は多少のこじつけ感があり、図案自体が医学と直接関係しているわけではないため、真に医学切手と呼べるかどうかは議論の余地があります。それでも、この切手が医学切手としての第一歩と見なされる背景には、当時のアメリカにおいて、医師の社会的な役割が重要視されていたことが影響しています。

初期の医学切手2: オーストラリア・ニューサウスウェールズ(1897年発行)
―結核療養所建設のための寄付金付き切手


1897年に当時の英国植民地であったオーストラリア・ニューサウスウェールズ州で発行された寄付金付き切手は、医学切手として非常に重要な位置を占めています。この切手は、結核療養所の建設資金を集めるために発行され、通常の切手よりも高額(額面の12倍)で販売されました。
特筆すべきは、この切手が寄付金付き切手としても世界初であり、医療活動の資金集めを目的として切手が使われた初期の例です。

この切手は、結核という当時の公衆衛生の大問題に対して社会全体がどのように立ち向かっていたかを感じさせるものであり、19世紀末葉においてこのような多色刷りの切手が発行された点でも画期的なものでした。

初期の医学切手3: オランダ(1906年発行)
– 結核予防の啓発切手

1906年、オランダでは結核予防をテーマにした寄付金付き切手が発行されました。この切手には、当時結核の治療に有効だと考えられていた日光、水、大気、栄養を象徴するデザインが施されています。額面の倍の価格で販売され、収益は結核撲滅活動に使用されました。

この切手が発行された背景には、19世紀末から20世紀初頭にかけて結核が世界的な公衆衛生の重大課題として認識されていたことがあります。
また、当時の横長のデザインの切手は高額面切手などの特殊な機能を持つことが多く、実際に封筒に貼られていれば、目を引くものであったことは間違いありません。

初期の医学切手4: ニュージーランド(1929年発行)
―健康切手の始まり

1929年、ニュージーランドでは毎年発行される「健康切手」シリーズの第1号が発行されました。この切手には、「Help Stamp Out Tuberculosis(切手で結核をなくそう)」というメッセージが印刷されており、結核予防の啓発が目的とされていました。
ニュージーランドの健康切手は、単なる郵便切手を超えて、国民に健康維持の重要性を呼びかける公共広告として機能しました。以降、毎年発行されることとなり、医学切手の発展における重要な位置を占めるようになりました。

まとめ:初期の医学切手が果たした役割

郵便切手は、19世紀後半から単なる君主の肖像や数字だけでなく、特定のテーマや意匠をデザインに取り入れることが一般的になりました。
こうした流れの中で、切手は単なる郵便のためのツールを超え、医療や公衆衛生に関するメッセージを発信する重要なメディアとしての役割を担い始め、医療の進展や公衆衛生向上のための啓発活動に大きく貢献したのです。
特に結核のような深刻な公衆衛生上の課題に対する対策や、医療活動への資金調達を支援する寄付金付き切手の発行など、社会的なメッセージを広める手段として広く活用されました。
(2024年10月掲載)

医学切手研究会(日本郵趣協会)
医学切手研究会は、公益財団法人日本郵趣協会(JPS)の研究会の1つで、医療や公衆衛生に関連する切手を研究・収集している専門グループである。特に、医学的な発見や公衆衛生に対する啓発活動を目的とした切手の発行背景や、社会的影響を探ることに注力する。同研究会では、メンバーによる定期的な研究発表が行われており、医師や医療従事者、切手収集家が集まり、それぞれの視点から医学切手や関連する郵趣材料について考察している。また、機関誌「STETHOSCOPE」を年4回発行し、最新の研究成果や医学切手に関する情報を提供している。

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