お世話するココロ
第187回
病気とキャラクター
苦手な患者さんを前にすると、よく思うのは……。この嫌な感じは病気のせい?それとも元からの性格?いくら考えても堂々めぐりです。
ヤマダさんとのやりとり
ある時期、ひとりの女性患者さんとかかわるのがつらくてたまりませんでした。年単位で時間が経ち、ようやく言える本音。当時は、そんな自分を責めては、かなり落ち込んだものです。
名前は仮に、ヤマダさんとしておきます。ヤマダさんについて思い出す時、ある場面が常に頭に浮かびます。
うつの長期化で寝たきりになっているヤマダさんは、用があるとナースコールで私たちを呼びました。そして、ナースコールが鳴り病室まで行くと、だいたいスタートは同じパターン。
「どうなさいましたかって、こんなに頭が低くちゃ、何もできない。これじゃ困る」
「わかりました。ベッドの頭を高くすればいいのですね」
「高くったって……程度があるじゃない。高過ぎて首がいたくなったこともあったのよ」
「もちろん、ご希望に合わせて高くしていきますよ。ベッドを上げていきますから、いいところでお声かけください」
「あ、そう。わかりました。ゆっくり上げてくださいね。早く上げられて、具合が悪くなったこともあったから」
ヤマダさんとの会話は、いつもこのように、受けたケアへの非難から始まります。そして、少しでも希望に合わせて対応しようと声をかけても、返ってくるのはまず非難……。
その結果、私たちも聞くのがつらくなり、会話を避けたくなってしまうのですよね。私自身、それではいけないと思いつつ、だんだんかける言葉が減ってしまいました。
歩いて入院してきた人がどんどん歩けなくなり、寝たきりになるのは本当に気の毒なこと。ケアを受ける葛藤もあったと思います。そのように考えると、ヤマダさんが私たちに対して八つ当たり的な対応をするのも、仕方がない気もしたのですよね。
しかし、そう思えるのは、家に帰り、ヤマダさんと距離を置いてから。今この瞬間、ヤマダさんとかかわらなければならない状況では、なかなかそうは思えませんでした。
教えてもらわなければわからない
一番私が嫌だったのは、ケアにあたった同僚の非難から話が始まること。もちろん、看護師のケアが常に素晴らしいとは限りません。患者さんから厳しい評価を受けてから是正する点もあるでしょう。
それでも、ヤマダさんについては、特に希望が細かく、かつ指示が曖昧。「いったいどうすればいいのか」と困惑させられることも多かったのです。
前述のベッドを上げる場面に戻ると、私は「もう少し上げますか?」「このくらいでよろしいですか」と細かく確認しながらベッドを上げていきました。
しかし、返ってくる答えは曖昧で、「ええっと……もうこのくらいかしらね」。
判断をこちらに委ねてくる印象で、なんともすっきりしません。
明確な指示がないままケアをし、不足しているところだけ言われてしまう。看護師としては、どうにもやりきれない気持ちでした。
同じような場面が何度も繰り返され、私の気持ちも煮つまってきます。感情を出さぬよう、なるべくかかわりは淡々と。30年以上看護師として働くなかで身についた、感情の収め方と言えるでしょう。
これはこれでやむを得ないと思いつつ、そうしたかかわりで良しとしてしまうと、ケアがただの忍耐になってしまう。「それでいいのか」と思う気持ちもわくのですよね。
ある日また、ヤマダさんからのナースコールを受けベッドに向かいました。
「ヤマダさん、どうなさいましたか?」
「カーテンを開けておいてほしいのに、閉まっているのよ」
「カーテンを開ければよろしいのですか?」
「そうよ。開けておいてください。息苦しくなるから」
「どのくらい開けますか?」
「もうね、開けておいてほしいのに……」
「ですから、どのくらい開けますか?」
「なぜ開けていかないのかしら」
「ヤマダさん。前にうかがった看護師がカーテンを開けなかったのは申し訳ありませんでした。そのうえでですね、やはりどのようにしてほしいのか教えていただかないと、私たちはわからないのです。少しずつ開けていきますから、いいところを教えてください」
こう言って、私は少しずつ少しずつベッドを囲むカーテンを開けていきました。
「じゃあ、そこでいいわ」
「じゃあ、って……。私はどこでもいいんです。ヤマダさんが本当にいいと思うところで止めますから」
「そこ。そこでいいです」
その言葉を聞いて、私は手を止めました。ここで私が伝えたかったのは、「希望をちゃんと聞かせてほしい」ということ。これに尽きたのです。
ヤマダさんの変化
このやり取りの後、ヤマダさんは以前よりはるかに、自分のしてほしいことをはっきり言ってくれるようになりました。
同僚への非難は相変わらず聞かれましたが、それはそれ。ケアをするのに必要なやり取りができれば、かかわりづらさはかなり緩和します。
その後、なんとか杖歩行ができるようになり、ヤマダさんは退院して老人ホームに入居しました。最後まで恨みがましい言動は残り、あれはやっぱり、病気のせいというより、ヤマダさんのキャラクターだったのでしょう。
精神科では特に、かかわりづらさを感じた時、それが病気ゆえなのか元からのキャラクターなのか、どうしても考えてしまいがちです。けれども、冷静に考えれば、それははなから分かちがたいもの。ヤマダさんの場合、長い経過のうつ病だったため、キャラクター自体が病気の影響を強く受けていたように思えます。
それにしても、ヤマダさんはよく回復しました。
慢性期の精神科病棟では、精神面の不調から長期の寝たきりになる患者さんがいます。その後、回復して離床が進む人もいれば、寝たきりの状態が長引く人もいて、経過は人さまざまです。
ヤマダさんの場合、元から関節の病気があり、過体重から体動困難の傾向が見られました。そこにうつ状態が加わり、活動ができなくなります。
さらに、臥床して過ごす時間が長くなるとうつ状態も悪化。一時、病状は悪くなるばかりでした。
ヤマダさんはとても若く見えましたが、80歳。長期臥床は何よりも避けたいところでした。しかし、離床を促せば促すほど動けない理由を強く訴え、動こうとしません。
やがて褥瘡ができ、肺炎を起こし、身体状況も悪化。そこからなんとか立ち直り、歩行可能になったのです。寝たきりの状態で看護師の非難をしていたのも、元気になってからの話でした。
あのくらい気が強い人だから、「なにくそ!」と頑張れたのかもしれません。人の手を借りて生きるには向かないキャラクターなのかもしれませんが……。
ケアする側も、時にははっきり言いたいことを言い、つらくない関係をつくれればいいですね。ヤマダさんからは、そんな関係づくりを学びました。(『ヘルスケア・レストラン』2026年4月号)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある

