お世話するココロ
第185回
魔法の薬・ステロイドの話
強力な抗炎症作用をもつステロイドとは、副腎から出るホルモンの1つ。効果を高めるよう人工的に合成され、治療に使われています。免疫抑制作などの副作用もありますが、得難い薬剤なのは確かです……。
激しい皮膚症状が!
少し前の話です。入院直後から入浴はおろか更衣さえ拒絶していた患者さんがいました。このような場合、最初から強制的な対応をすると関係がうまくつくれません。
数日かけて距離を縮めながら、何とか服を着替えてもらったところ、全身にただれたような発疹や水疱があるのがわかりました。
皮膚症状は日に日に悪化。数日後には水疱が破れて滲出液がひどく、新たな水疱が増えていく悲惨な状態になってしまいました。
幸い、勤務する精神科病院には大学病院の皮膚科から週1回、外勤の医師が来ています。さっそく診察を依頼したところ、重症の薬疹やアレルギー性の病気の可能性があるとの診断。翌日、大学病院への転送が決まり、私が同伴することになったのです。
朝9時過ぎに介護タクシーが来て大学病院へ。道が空いていたので9時半には手続きに入りました。
患者さんの精神状態は落ち着いている一方、全身の皮膚から滲出液が染み出し、状態は思わしくありません。
院内は暖かかったのですが、滲出液が滲み出てしまうのでコートは着たまま。靴の代わりにレジ袋で下肢、足を覆い、袋で滲出液を受け止める有り様でした。
患者さんは何を聞いても、小さな声で「大丈夫」と。不調なのは間違いありませんが、ここから外来での診察、レントゲンや心電図などの検査、目の異常がないかを見るための眼科受診など、待ち時間の長い「関所」が待っていました。
すべてが終わり入院手続きをとり病棟に上がったのは15時半……。正直、「予定の入院なのになんでこんなにかかるんだ」と思いました。
約2週間後、治療を終えて戻ってきた患者さんを見た時のやりきれない気持ちはすべて吹き飛びました。どんな目に遭ってでもあの病院で治療してもらえてよかった。そう思えるくらい、激しい皮膚症状が改善していたのです。
診断はアレルギー性の皮膚疾患で薬疹ではなかったので、精神科の薬が再開できたのも収穫でした。
最強のステロイド軟膏
大学病院での治療はステロイド軟膏の塗布。入院前に説明されていたステロイドの点滴や内服は行われず、軟膏のみでの改善でした。
ステロイドは、精神面への影響として興奮しやすくなる人がいます。精神疾患にとっては、これが問題になりやすいのも事実。点滴や内服に比べれば、軟膏ですんだのはとても助かりました。
この時使用したのはデルモベートという、最強のステロイド軟膏。40年近く前に勤務していた内科病棟には皮膚科のベッドがあり、ときどき、これを塗っている患者さんが入院していました。
「強い軟膏だから、絶対に素手で塗らないでね。手袋をしてね」
当時、皮膚科の医師の多くが優しい女性医師。とても気を遣ってくれたのを懐かしく思い出します。今では当たり前の手袋をつけての軟膏塗布も、当時は受け入れられない場面も。「汚らしいもののような扱いを受けた」と怒りだす方もいて、時代の変化を感じます。
精神科病院に戻ってからも、この軟膏塗布は続きました。全身に塗る軟膏の量は半端ではなく、5gの小さなチューブだと、1回の塗布で2本は使ってしまいます。
しばらくの間は1日に2回続けました。かなりの労力でしたが、日に日に良くなっていく皮膚を見ていると、私たちも嬉しくなります。
この感覚は、変化がなかなか現れない慢性期の精神科看護では、味わいにくいものなんですよね。目に見えた改善は、私たちにとっても良い経験だったと思います。そして患者さんは皮膚状態の改善とともに、嫌がっていた入浴ができるようになりました。
今となっては、いつから入浴はおろか更衣さえもしなくなったのかはわかりません。ただ、入院時の状況から、短くとも月単位、へたをすると年単位で保清ができなくなっていた可能性もあります。
皮膚は汚れていていいことはありません。皮膚科の治療では、皮肩の清潔保持が基本。今回のように皮膚がむけているような状態でもシャワーは推奨されます。
塗られた軟膏を洗い流して皮膚をきれいにして新しく軟膏を塗るのが治療の基本。これが可能になるとさらに治療効果が上がり、治癒が促進されるのです。
今回の経過を見て、「ステロイドは魔法の薬だ」と実感しました。
減らし方が難しい
ステロイドはアレルギー性の病気に著効を示しますが、それは過剰な免疫反応を抑える働きによるもの。感染を防ぐ免疫まで抑制されると感染しやすくなり、易感染性を引き起こす副作用となります。
そのため、使用中は感染防止に留意し、発熱や感冒症状があったら早期に受診。そのほかの副作用としては、顔や体幹の肥満、消化管出血、精神的な興奮などがあり、いずれにしても、漫然と長期連用するのは好ましくありません。
ただし、ステロイドの中止は医師の指示に従って慎重に行う必要があります。理由は、ステロイドが外部から投与されると体内での生成が抑制されるから。少しずつ減らし、体内での生成を戻しながら中止していく必要があるのです。いきなり中止すると極端なステロイド不足により重篤なショック症状を起こす可能性があります。このことはぜひ、理解しておいてください。
一方で、ステロイドの減量により症状が再燃する場合も多いのも事実です。最近実感したのは、わが家の飼い猫の角膜炎。一時は白く濁った角膜が、ステロイド点眼で驚くほど良くなったのですが、中止したら2週間で再発してしまいました。
獣医師からは「また目が濁ってきたらステロイドを再開するけれど、診察してからね」と念押しされていたので診察を受けたところ、初回より多い回数での再開となりました。
点眼の場合、全身的な副作用はまず出ないそうなのですが、それでも、局所的な副作用はあるとのこと。目については易感染性が考えられるほか、眼圧上昇などの副作用もあり得るようで、なかなか動物病院とのご縁は切れません。
また、亡き母は膠原病を患い、ステロイドの内服を長期間続けていました。それでも、可能な限り減量し、症状が悪化すれば増量。そうした細やかな調整で、素晴らしい時間を最大限伸ばしてもらったと感謝しています。
それでも、そんな母にステロイドの副作用について編々と話す友人がいて「それはやめてほしい」と言ってしまったことがあります。
「医者は薬を出すと儲かるから薬を出したがる。気をつけたほうがいいわよ」というのがその友人の言い分でした。私はそばにいて黙っていられず、思わずこう言ってしまいました。
「好き好んで飲ませる薬ではありません。無用な薬を出す医者はいません。信頼できる医師が必要な量を厳密に判断して、最低限必要な量を処方しているのです。また、急に止めたら命にかかわる薬でもあります。看護師として、ステロイドを飲んでいる人に薬を止めるような話はしないことをお勧めします」
これは、ステロイドに限らず、薬剤療法全般についての私の考えです。特に今は、医療費の削減に国が本腰を入れ「必要な治療さえできなくなるのでは」と心配をしなければならない状況です。
ステロイドについては、誤解が多いのが特に残念。副作用だけでなく、効果のほうにもぜひ、注目してもらいたいものです。(『ヘルスケア・レストラン』2026年2月号)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある

