お世話するココロ
第182回
勤務日数を増やしてみたら

この3カ月ほど、週に3日だったパート勤務の日数を4日に増やしています。疲労を覚悟していたら、今のところ疲労度は変化なし。それはなぜでしょう。

62歳の決断

今年の6月30日で、62歳になりました。今勤務している精神科病院の定年は64歳。2027年の6月30日でその日を迎えます。
ただしこれは、基本的には正規雇用が対象のよう。定年以後は私と同じ非正規雇用となり、1年ごとの契約で働き続ける人もいます。
では、もともと非正規雇用の私に定年はないのか。そのあたりは正直言ってわかりません。64歳になって以降、契約更改の12月までは働けるとしても、その先はないかもしれないのですよね。
そうなると、今の職場で働けるのも後およそ2年。「悔いのないよう働かなくちゃ」と、ネジを巻かれた気持ちになったのでした。

今の職場に来たのは09年4月1日。46歳になる誕生日の前のことです。当時は博士後期課程の学生で、亡き母の介護にも時間を割かれていました。
以来、訪問看護室に13年、慢性期閉鎖病棟に3年。16年が経つ間には母も亡くなり、大学院は修了。さらに、10年から続いた週に1回の新聞連載も23年で終了。週に3日で契約した勤務でしたが、日勁だけなら4日働ける環境になりつつありました。

さっそく上司に申し出、7月からは週に4日働いています。とりあえず契約は週に3日のまま。12月の契約更改で、改めてどちらにするか決める予定です。
月に12日の勤務が16日に変わったため、当初は「かなり疲労するかな」と覚悟していました。ところが意外に、そうでもなかった。むしろ、以前より体調はいい感じなんです。

休日体制の日に働く魅力

勤務日を増やしても疲れない理由を、改めて考えてみます。一番は、勤務が増えた分が主に土曜、日曜、祝日の勤務だからでしょう。
私が勤務する病院は土曜、日曜、祝日は休日体制。平日の日勤に比べて業務量は少なく、その分、勤務者も少なくなっています。緊急事態にならない限りは平日よりも穏やかで、身体は楽と言えます。
病棟に移って以降、週に3日働務の間、勤務はほぼ平日のみ。休日体制の勤務は、月に1日あるかないかでした。今は、月に4日程度は休日体制の勤務。平日の勤務はほとんど増えていません。

平日勤務にあって休日体制の勤務にないものはといえば、まず入浴介助。月曜・木曜は女性、火曜・金曜は男性になっています。
入浴介助がない水曜日は、シーツ交換とベッド周辺の片づけや病棟の話し合い。平日はどの日もやることがてんこ盛りなんですよね。
さらに、一人で病棟を出られない患者さんについては、売店への買い物に同伴しなければなりません。これも平日に限られているので、かなり業務量が違います。
かくして、土曜・日曜・祝日は、最大の業務は午前中の検温のみ。後はおむつ交換、おやつや食事の介助やナースコールへの応答などの必要なケアにあたります。
若い頃を思い出しても、同じような経験がありますね。以前の職場は多忙で、定時に帰れるなんて夢のまた夢。それでも、休日の日勤はデューティが少なく、一息つけたものです。

時を経て改めて思うのは、自分に余裕があると、患者さんにも自然に親切になれるということ。これは、今も昔も変わりません。
目の端で患者さんが自分を追っているのに気づきながら通りすぎてしまうのが平日なら、せめて休日は、目を合わせてあげよう。次の週末は、そんな気持ちで働こうと思います。

勤務のほうが疲れない?

勤務が増えても意外に疲れないもうひとつの理由は、勤務のない日、在宅で過ごす日のスケジュールがかなり過密だから。特に予定がなく、フリーな休みほどこうした傾向が顕著です。
実例を挙げると、今この原稿を書いている私は、今日は外出の予定がありません。それでも出勤するツレと一緒に6時に起き、10時頃からパソコンに向かっています。
昼食はシリアルで簡単にすませ、午後もパソコンで作業。この原稿の他にも、分量としては半分ほどの原稿を書き終える予定です。

では、書くべき原稿がない時は何をするのか?変わりの業務としては、亡き母の残したノンフィクション作品のウェブ公開に向けての編集作業に取り組みます。
このほか、サイトの更新やFacebookへの投稿、スケジュールの調整やメールのやりとりなど、作業のほとんどはパソコンです。
つまり、外出の予定や勤務のない日はパソコンに向かう時間が極めて長く、根をつめすぎてヘロヘ口になる頃に1日が終わります。

仕事で引き受ける原稿の量は減りました。それでもパソコンに向かい続けてしまうのは、結局のところ、キーボードを打つのが好き。そうとしか言いようがありません。
気持ちが乗ると、ついつい休まずバソコンに向かってキーボーを打ち続けるのは、変わらぬ習慣です。眼精疲労、肩こりは人生の道連れ。「1時間作業をしたら休憩を」と頭ではわかっていても、なかなかそうはなりません。
私の悪癖を唯一是正してくれるのは、添い寝をせがむ飼い猫の鳴き声。先ほども寝室から大声で鳴かれ、少し添い寝を。これがなかったら、もっともっと消耗するまで作業を続けてしまうでしょう。

私は家にいるほうが疲弊する傾向にあります。お金になる仕事もそれ以外の作業も、パソコンでの作業には夢中になってしまう……。この性分は変わりません。
かくして、勤務に行くほうがはるかに健康的。“勤務のほうが疲れない”というわけです。

12月の契約更改では……

もうすぐ12月の契約更改がやってきます。週に3日勤務から4日勤務に変更できるかは、病院次第。まだどうなるかわかりません。
それというのも、週に4日勤務になると時給が変わります。1900円から2000円へ。実働7時間で計算すると、1日700円。月16日勤務すれば、1万円を超える増額になります。
診療報酬は常に厳しく、病院経営はどこも大変ですよね。支出増になる契約の変更が認められるかは、現時点ではわかりません。

ただ、仮に契約変更が叶わなくでも、勤務日数はなるべく4日で続けるつもりでいます。職業生活の終わりに近づいている今、しっかりと働いて“有終の美”を飾りたい。その気持ちはとても強いんですよね。
懸念された疲労も、かえって調って調子がいいとなれば、特に障害はありません。あえてマイナス面を探せば、夫と一緒に過ごす休みが減ることくらいでしょうか。
けれども、夫も定年退職後の雇用延長ですから、以前よりは休みも取りやすくなりました。2人で休みたい時には、調整が可能。特に困ることはなさそうです。
いざ勤務日数を増やしてみたら、いいことばかり。予定表が勤務で埋めるのが不安だった気持ちが、まるで嘘のようです。

ちなみに女性の場合、「扶養家族から外れないように勤務日数を調整する」という話をよく聞きます。看護職の場合はどうなのでしょう。
特に首都圏では時給が高いため、もともと不要の範囲で働くのは困難。ならばいっそ、多く働いて収入を得よう。私の周辺では、そうした人ばかりです。
私の場合も、最初から夫の扶養に入ることは全く考えませんでした。できればこのまま2人で働き、経済的に自立した夫婦でありたいと思います。

あと何年働けるかわかりませんが、今は少しでも長く、この仕事を続けたいですね。看護師という仕事を選んで本当に良かった。看護師になろうと決めた20歳の自分に感謝しています。(『ヘルスケア・レストラン』2025年11月号)

宮子あずさ(看護師・随筆家)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある

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