食べることの希望をつなごう
第87回
一緒に働く仲間を大切にしながら
「次世代を育てる喜びを共に感じたい
新年度を迎え、人の入れ替えがあった職場も多かったのではないでしょうか。私は管理栄養士として働き始めて24年を超えましたが、これまで本当に多くの方々から、さまざまなことを教えていただきました。「人を育てる」ことは、思返しというだけでなく、私の使命のひとつだと感じています。
「教える」より「支える」ことから始まる
新人教育というと、マニュアルを渡し、それに沿って一つひとつ覚えてもらう――。そんなイメージを持つ方が多いかもしれません。しかし、ただ「教える」のではなく「支える」ことが大切なのではないでしょうか。仕事に就いたばかりの新卒者は不安や緊張を感じているものです。そうした方々に必要なのは、「安心して挑戦できる環境」だと思います。間違えても大丈夫、自分の考えを伝えていい――。そうした安心感が大切です。
教育の出発点は、信頼関係の構築」です。「怒られる」と思えば、不安を隠したり取り繕ったりする人も多いでしょう。不安を受け止め、意見に耳を傾け、相手のベースに合わせて成長を支えること、それが個人の良さを活かした育成につながると感じています。
私が最初に勤務した病院では「すべての業務は最終的に患者さんにつながる」ということを教えていただきました。食数管理、献立管理、給食管理、大量調理、栄養指導の基礎など、基本業務を一とおり学ばせていただきました。給食業務は委託でしたが、大量調理の献立の立て方、コストの管理、献立の展開など常に相談に乗っていただき、大変勉強になりました。
入職してすぐ、3歳年上のT先輩は、先生のように頼りがいのある存在でありながらとても話しやすく親切に接してくださり、資格取得や学会参加についても「こんな資格があるよ」「学会一緒に行ってみない?」と声をかけてくださいました。そのおかげで学びの機会が増え、モチベーションも上がりました。数年後、別の病院からいらした上司は、カンファレンスや治への参加、NST活動などの仕組みを整えたうえで、それらを引き継いでくださいました。
今思えば、教授をはじめ上司や先輩方、教育に携わる方々が、比較的年齢の近い研修医や指導医、他のコメディカルとの連携の機会を積極的に設けてくださったのだと思います。症例を深掘りし、チームで連携するなかで、「もっと学びたい」「患者さんをより良くしたい」という思いが強くなっていったことを、今でもよく覚えています。○上司、T先輩には感謝しかありません。
後輩が入職してからは、「指導らしい指導」はできていなかったかもしれませんが、「毎日出勤するのが楽しい職場になるといいな」と思っていたという記憶があります。また、個人の判断によるミスや対応のばらつきが少なくなるように、電子カルテや給食システム、マニュアルの整備にも携わるようになりました。
管理栄養士としての業務は決しで楽ではありませんでしたが、「まず意見を聞く」「否定しない」といった当時の上司や先輩方のかかわり方と、自分一人で抱え込まず、より良くなるようアドバイスをくださる姿勢が、私に意欲をもたせてくれたのだと思います。
「多職種とつながる力」を育てる
「多職種とのかかわり方」は、チーム医療の土台となる大切な力です。医師、歯科医師、看護師、薬剤師、リハビリスタッフ、歯科衛生士、MSW、事務職員など、数多くの専門職と連携していくには、自分の専門性に基づいた知識と経験、そして、自信や勇気も必要です。けれど何よりも大切なのは、他職種に対する「敬意」だと私は思います。患者さんにかかわる仲間として、お互いの得意分野で助け合うことが結果的に、患者さんに対するより良いケアにつながります。
管理栄養士は人数が少ない職種でもあります。そのため、個人の働きぶりが職種や部署全体の評価につながりやすいということも念頭に置いておくといいと思います。
チーム全体で育てる“文化”をつくる
新人教育は、職場全体が「人を背でる文化」を持っていることが成功のカギです。
特に印象的だった出来事があります。
入院予定の患者さんへのオリエンテーションの際、宗教上の理由で食べられないものがある外国の方がいらっしゃいました。後輩が入院中の食事について丁寧に説明していたのですが、患者さんが立腹され、後輩に対して罵倒するような発言があり、助けを求められたのです。その場にいた看護師は、患者さんへのフォローを行っただけでなく、看護師長へ報告し、他職種である管理栄養士の精神的ケアにも気を配ってくださいました。各職種が自分の職域だけで完結するのではなく、「同じ部署の仲問」として職種の垣根を越えて助け合う姿勢に深く感動し、感謝した出来事でした。
このような多層的なかかわり合う姿勢こそが、「一人ではない」と感じながら成長することができるのだと思います。さらに、教育する側にとっても、同職種に限らず他職種の誰かを育てる経験は、中堅職員としての自信やキャリア形成に大きく貢献し、職場全体に前向きな循環を生むのではないかと感じます。
未来を支えるのは“人”
医療技術は日々進化していますが、それを動かすのは、“人”であり、その人を育てるのもまた。“人”です。「人を育てることは、未来を育てること」
私に多くの学びと成長の機会を与え、教育の場に導いてくれたH先輩の言葉を、今も胸に刻んでいます。
「教育が大切だよね、育ったよね。やっぱり教育なんだよね。もっと厳しく教えてもいいと思うけどね」
教育は日々、変化しています。1年前、5年前、10年前、20年前、30年前に受けた教育をそのままなぞる必要はありません。過去の慣習が必ずしも今の正解とは限らないと思います。「教育に携わっている」という意識がない方でも、新人や後輩を迎えるすべての人は、その人たちの人生にかかわります。その新人・後輩たちを大切に育ててこられたご家族の思いがあることを、どうか忘れずに、時に厳しく時に寛容に支え、仲間を増やしていきましょう。
一緒に働く仲間を大切にしながら次世代を育てる喜びを、共に感じていけたらと思います。(『ヘルスケア・レストラン』2025年6月号)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年、東京医科歯科大学歯学部附属病院入職、24年4月よりNTT東日本関東病院勤務。摂食嚥下リハビリテーション栄養專門管理栄養士、NST専門療法士