食べることの希望をつなごう
第86回
姪としてできること・できないこと②
~一人暮らしをする叔母の話~

前回は、一人暮らしの叔母の介護認定や銀行の手続きなど、姪では対応に困ったことをお伝えしました。自宅で倒れた叔母は、その後亡くなりました。幸せな最期だったのだろうと推測する一方、一人暮らしの方の意思決定支援について考えさせられるできごとになりました。

「叔母が倒れた」のその後

ヘルパーさんより「叔母が倒れており、意識がないので救急車を呼んでよいか」との電話を受けました。もちろんお願いし、とりあえず搬送先の病院に行く準備を始めました。
転倒による骨折か入院や手術が必要か、ADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)は元に戻るのかなど、さまざまなことを考えながら準備をしていると、再度電話が鳴りました。
救急隊が到着したものの心肺停止の状態であり、年齢も考慮すると「蘇生は困難だろう」とのことでした。

ACPは患者の意思の変化を考慮した支援

アドバンスド・ケア・プランニング(ACP)は、患者が将来の医療・ケアについて家族や医療者と繰り返し話し合い、意思決定を支援するプロセスのことを指します。超高齢社会を迎えた日本において、患者の価値観や希望に沿った医療・ケアを提供することは、医療従事者にとって重要な課題となっています。そのなかで注目されているのが、このACPです。
ACPは「人生会議」とも呼ばれ、患者の価値観や人生観に基づいた医療・ケアを提供するための話し合いのプロセスです。「リビング・ウィル(生前意思表示)」や「事前指示書」とは異なり、ACPは継続的な対話を重視し、患者の意思が変化する可能性を考慮する点が特徴です。

ACPの目的は、以下のとおりです。
●患者の意思や価値観を明確にする
●望ましい医療・ケアを事前に計画する
●意思決定の負担を軽減する

ACPの対象者は、高齢者や終末期患者に限らず、慢性疾患のある方や将来の医療・ケアについて考えたいすべての人が含まれます。ACPを実践する際のポイントは、以下のとおりです。

①適切なタイミングで話し合いを始める
ACPは、病状が進行してからではなく元気なうちから始めることが理想です。特に、慢性疾患の診断を受けた時、健康診断や定期健診の際、退院後の生活を見直すタイミング、介護サービスの導入時などの機会を活用するとスムーズに進められます。

②思者の価値観を尊重する
ACPでは、患者の「どう生きたいか」という価値観を深く理解することが重要です。たとえば、以下のような質問を通じて患者の考えを引き出します。

●これまでの人生で大切にしてきたことは何か
●どのような状態であれば生活の質が保たれていると感じるのか
●治療やケアについて不安に思っていることはあるか

代理意思決定者を明確にする患者自身が意思決定できなくなった場合に備え、代理意思決定者(家族や信頼できる人)を決めておくことも、ACPの重要な要素です。そして、文書化と話し合いの内容を文書化し、関係者と共有することも重要です。医療機関内だけでなく、在宅医療チームや介護施設とも連携し、患者の希望が尊重される体制を整えます。

ACPは“一度決めたら終わり”ではなく、患者の状況や価値観の変化に応じて柔軟に見直すことが必要です。たとえば、病状の進行や生活環境の変化があった際には再度話し合いを行い、患者の最新の希望を反映させます。

ACPには医療者の積極的な関与が重要

私の父は食道がんで亡くなりましたが、診断時、治療開始や変更の際、入退院のタイミングなど、父の想いや人生に関する考えを確認する機会が何度もありました。私自身、30年以上同居していましたし、妹家族も一緒に暮らしていたため、父が自分の考えを家族と共有できる機会は多かったのではないかと思います。また、父は比較的自分の考えを話すタイプで、医療従事者の家族がいたことも、自然に医療やケアについて話す機会を多く持てた一因だったと思います。

一方で、叔母のように、独居で持病もなく定期的な通院や治療が不要な場合、医療やケアについて話し合う機会は少ないということを実感しました。叔母は、病院とはほぼ無縁の生活を送っていましたが、年齢的にも心配事が多かったため、何度か施設入所を勧めたものの、「家がある」と断られていました。
おしゃれで、人に迷惑をかけることを気にする性格だったため、自宅で倒れてそのまま亡くなるというのは、叔母にとっても後悔のない最期だったのではないかと思いました。

訪問してくださっていたヘルパーさんには感謝しかありません。倒れている叔母を見つけてからバイタルサインを確認し、救急隊の到着まで心臓マッサージを行ってくださいました。時間経過や処置の詳細、担当者の情報などをすぐに報告してくださり、感謝するとともに、介護業務の実際について知らないことが多いこと、そして、介護業務の幅広さを改めて実感しました。

ACPは、本人の意思を尊重した医療・ケアを提供するために不可欠なプロセスです。適切なタイミングで話し合いを始めて、本人の価値観を大切にしながら、多職種で連携して支援することが求められます。
自らの人生を主体的に選択し、最期まで納得のいく医療・ケアを受けられるよう、私たち医療従事者が積極的に関与していくことがとても重要であることを、今回の経験を通じて改めて認識し、今後の業務にも活かしていきたいと感じました。(『ヘルスケア・レストラン』2025年5月号)

豊島瑞枝(NTT東日本関東病院栄養部 管理栄養士)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年、東京医科歯科大学歯学部附属病院入職、24年4月よりNTT東日本関東病院勤務。摂食嚥下リハビリテーション栄養專門管理栄養士、NST専門療法士

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