お世話するココロ
第174回
施設か自宅か
最近、患者さんに同伴して介護付きホームを見学しました。以前は、希望してもなかなか入れなかった介護付きの施設。意外に早く入居が決まる人もいて、世の中の変化を感じています。
施設見学に同行して
以前から、精神科病院は〝長期入院の解消〟が課題とされています。私が勤務する病院も、その例外ではありません。
国の方針に沿う形で、5年以上入院している患者さんの退院に力を入れてきました。
この場合の退院先は、必ずしも自宅とは限りません。サービス付き高齢者住宅やホームなど、介護付きの施設であっても〝退院〟とみなされます。
長期入院が必要な患者さんの多くは、なんらかの介助や見守りが必要な方たちです。こうした患者さんの施設への入居に向けた働きかけも、看護師の仕事の1つになっています。
先日、施設入居を希望する患者さん数人が、新しくできた施設を見学することになり、私も、同伴メンバーに加わりました。そこで職員から受けた説明は、私たちのこれまでの施設に対するイメージを大きく変える内容だったのです。
一番に驚いたのは入居の条件。要介護1から入居できるうえ、入居後に要介護5になったとしても退去しなくていいというのです。
居住環境も決して悪くはありません。社員寮を買い取ってフルリフォームした鉄筋3階建て。居室はすべて個室で、車いすで使える個室もあります。
私が今回同伴した患者さんは、ほぼ全員が生活保護受給者でしたが、費用の点では問題ないとのこと。「今すぐにでも申し込みたい」と希望する患者さんが続出しました。
しかし、久しぶりの外出で気持ちが高揚している人もいます。実際に申し込むかどうかは、その後、病院に戻ってから考えてもらうことになりました。
仲介業者の役割
今回の施設見学全体をコーディネイトしたのは、こうした施設入所の際にフォローする仲介業者です。
こういった仲介業者が玉石混交なのは、どの業界も同じです。業者の選定に際しては、担当者にノルマがない良心的な仕組みや、これまでの実績をみるなど、慎重を期したようです。
私は、すぐに決めるよう焦らせず、希望に合わせてほかの施設の見学も勧める仲介業者の姿勢に、好感をもちました。
正直なところ、こうした見学への付き添いは、病院職員にはなかなかできません。それ以前に、どの施設を見学するか、それを決めるまでにもいろいろな手間がかかるのです。
まず、本人の希望を聞き、条件に合う施設を探し、そこに連絡して入居の可能性があるかを確認する。それが可となったら、そこで初めて、見学の日程調整が始まります。
この業務を担当するのは、主に精神保健福祉士、いわゆる〝精神科病院のケースワーカー〟です。しかし、こうした人員も業務量にはまったく見合いません。入院患者さん100人近くを1人で受け持つ状況では、いかに気持ちがあったとしても、なかなか話が進まないのです。
今回の見学が終わった後にある患者さんから、「今回見た施設もいいと思ったが、念のためほかのところも見てから決めたい」との希望が出ました。
そのため、この時の担当者に連絡をすると、すぐに病棟に来てくれ、患者さんと面接。新たに2つの施設を見る話が、瞬時に決まりました。2つの施設を見ての感想は、「やはり最初のところがいい」。担当者にその旨を伝え、すぐに最初の施設への申し込み手続きが始まる運びとなったのです。
こうした流れは、業者を使った最善のケースかもしれません。いつもこういくとは思いませんが、やはり、院内だけで人をやり繰りするのは、もはや限界。病院として責任をもち、進捗を確認しながら利用するのなら〝力強い助っ人〟だと感じました。
自宅から施設へ?
増大する社会保障費を抑制するために国が最初に力を入れたのは社会的入院の解消でした。社会的入院とは、主に介護など、治療以外を目的とした入院を指します。
国からの支出が大きい医療機関への入院をいかに減らすかを考え、さまざまな制度変更が行われてきました。
その結果、あえて単純に言えば短い期間で退院し、自宅で居宅支援を受けながら生活する、「時々入院、ほぼ在宅」の方向への誘導でした。
2009年から22年まで訪問看護の仕事をしていた時、どんなに具合が悪くても家に返される人をたくさん見てきました。とにかく、退院して自宅へ戻す──。これ以外にやりようがなく、追い詰められる人も、たくさんいたと思います。
転倒して骨折しても、ギプス固定で返されてしまう。1人では暮らせない状態で、やむを得ず、通院していた精神科病院に入院した人もいました。あれが精神疾患の患者さんでなければ、いったいどうすればよかったのでしょう。
一方で、在宅=自宅ではありません。先述したように、介護付きの施設であっても退院になるのは、そこが「在宅」とみなされるから。
最近になって、こうした施設が介護度の高い人を受け入れるようになり、事情が変わってきたのかもしれません。
以前は「介護度が高い人が入れる施設といえば特別養護老人ホーム」というイメージでした。それ以外だと、入っても動けなくなれば出されてしまう。そんな困り事をよく聞いたものです。
しかし、今回の施設見学を機に、低所得者が入れる介護付き施設が増えていることを実感しました。ひょっとすると、自宅より施設に入る「在宅」に、国が舵を切っているのでしょうか。
24年4月の介護報酬改定再考
そう考える根拠は、本誌24年6月号でも取り上げた「2024年4月の介護報酬改定」です。改定では、個人宅を対象とした訪問介護が減額されたのに対し、介護付き施設への訪問は増額となりました。
慣れた家に住み続けたい人は多く、個人宅への訪問介護が減額されたのは、今も納得できません。
一方で、散在する個人宅への訪問は、地域によっては非常に困難なのも事実だと思います。
実際、過疎の地域で訪問看護事業を行っている知人は、こう言いました。
「山を越えて車を走らせても、1日2軒しか回れないのよ。これでは事業が成り立たず、撤退が相次いでしまうのも道理。うちも、ギリギリでなんとかやっている」
このような現実を聞くと、離れた場所を回ってケアをする限界に思い至ります。状況によっては、要介護の高齢者に集まって住んでもらい、そこに介護者が効率よく訪問する。こうした方向性もあっていいのかもしれません。
また、「最後まで自宅で暮らしたい」と願う人が、どれだけいるかも難しいところ。そうした人がいるのは事実ですが、少しずつ衰えていく過程で、施設を希望する人もたくさんみてきました。その希望が叶うようになれば、助かる人も多いでしょう。
施設に行きたい人が行けるのは、とてもいい変化だと思います。
一方で、施設に行くしかなくなるのは、やはり、申し訳ない。そんな気持ちもあるのです。
そしてこの問題は、決して他人事ではありません。私は今61歳。子どものいない夫婦です。私たちが要介護になったら、すべてを捨てて施設に行こうと思えるか……。
改めて、考えてしまいました。(『ヘルスケア・レストラン』2025年3月号)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある