“その人らしさ”を支える特養でのケア
第89回
誤嚥を繰り返す患者が食べたいと訴えた時
あなたはどうしますか?
「PEN栄養ニューズ」495(2025年2月1日)号に気になる話題を見つけました。第30回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術集会において「誤嚥を繰り返す患者が食べたいと訴えた時」と題してシンポジウムが行われたというものです。
本人の気持ちに沿い
多職種での検討を実施
嚥下障害のご利用者を目の前にした時、「食べられる」と「食べたい」のどちらを優先するかを考えることがあります。特に、認知症も発症している場合には、ご自身の状況を理解したうえでの「食べたい」意向であるのかを考慮しなければならず、問題をより複雑にしていると感じます。
以前にこのページで紹介した認知症のBさんも嚥下がうまくいっていないと考えられる状態でしたが、「死んでもいいから食べたい」と、面談のたびにおっしゃいました。
Bさんは施設内での看取りケアの末に逝去されましたが、最後まで「口で味わう」支援を行いました。Bさんは入居時から亡くなるまで経口摂取を行っていて、かかわったスタッフ全員が口を揃えて「食いしん坊」と評する方でしたので、誤嚥を回避、または最小限にして食べることのQOLを高めるにはどうすればよいかを検討したことが思い出されます。
一方で、経管栄養施行中の方に「食べたい」と訴えられることもあります。Aさんは、脳血管疾患の後遺症で嚥下障害が起こり胃ろうを造設された方です。入居前のカンファレンスで胃ろうを用いた経管栄養を行っていること、Aさんご自身は食べたい気持ちが強いが嚥下訓練を行っても食べられなかったこと、ご家族もAさんの気持ちに沿いたいと思っていて、自宅にいると食べさせてしまうことが情報共有されました。
入居後のAさんは会話がスムーズで、「自宅に帰りたい」「何か食べたい。やわらかいものなら食べられると思う」と、訪問するたびに訴えます。嘱託医の診察の際にも「いつ頃食べられるのか」と毎回、聞いてきます。
Aさんの意向と経口摂取の可能性について、医師を交えた多職種で話し合い、胃ろうのチューブ交換のタイミングで嚥下造影が実施されました。騙託医の判断で少量のとろみ水の摂取を開始。同時に、口腔機能が維持できるよう口腔体操なども開始し、経過を見ることになりました。
2ヵ月ほどは問題なく水分だけの経口摂取を行っていましたが、その後、発熱。誤嚥性肺炎の診断で入院してしまいました。退院時には入院していた病院から「経口摂取は困難」と強く申し送りがありました。
退院後のAさんは意欲の低下もあり経口摂取の希望は開かれなくなりましたが、それでも時折「ソフトクリームならどうか」と食べたいものを話してくださっています。
Uさんも、胃ろうを使った経管栄養を施行中に入居された方です。施設内の生活に慣れたころ、Uさんから「何か食べたい」と繰り返し訴えられるようになりました。Uさんの訴えを聞いた嘱託医から「診療情報提供書の情報から、嚥下障害が原因で胃ろう造設したわけではなさそうだ。状況から、経口摂取可能ではないか」と指示があり、経口摂取に取り組むことになりました。
結果的にUさんの経口摂取はスムーズに進み、現在は、食事と経管栄養を併用し、栄養補給と食事の満足度を担保できる栄養ケアになっています。
医療での柔軟な対応の検討開始に期待感
当施設に入居中の経管栄養を実施しているご利用者はコミュニケーションが可能な方が多く、時折「食べたい」とおっしゃっている場面に出くわします。
栄養補給経路として経管栄養を選択されていることから、何らかの理由で経口摂取ができないと判断されていますが、「このまま一生何も食べずにいることが良いのか」と思うこともあります。認知機能がある程度保たれている場合、テレビなどの映像で食べ物を目にすれば、「食べてみたい」と思うのは当然のことです。
また、経管栄養を行っていることを認知しておらず、自分が食べていないことだけをわかっている場合には「何も食べさせてくれない」となるでしょう。
こうしたことが施設職員への訴えとなるかどうかはそのご利用者ごとに違いますが、「食べたい」と言われた時に「経管栄養をしているから大丈夫」「嚥下できないのだから食べられない」と職員が説明して終わり――という単純な問題ではありません。「経管栄養をやめて、経口摂取だけで栄養補給する」ことではなく「一口でいいから味わいたい」と考えればもう少し柔軟に考えられるのかなと思うのと同時に、摂食嚥下の専門職から、機能の評価やリハビリのプログラムを提供していただける方法がないものかと、モヤモヤした気持ちを抱えていることが多いです。
当施設の現状では、ご利用者の希望と医療安全の両方に鑑みて、“どちらも担保できる落としどころ”を見つけることが最善であると考え、医師も含めた多職種でのカンファレンスを重ねているところです。
実際には、経管栄養をメインの栄養補給経路として、味を楽しむことから少量のゼリー等(日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021のコード0j~1j相当)を食べることで、ご利用者のQOLの向上がみられています。
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冒頭で紹介した日本摂食嚥下リハビリテーション学会のレポートを読むと「病院でも、患者の希望と安全性とがせめぎあう状況がある」ということが紹介されています。
「医療の視点からは絶対に禁食です」と言われても仕方がないのかと思っていましたが、私と同じようなジレンマを抱えている方がいて、そして、それを学会のシンボジウムのテーマとして取り上げられていることに、驚きと安心を覚えました。
嚥下障害のクライアントにかかわる職種として、連携できるのではないかと期待しています。(『ヘルスケア・レストラン』2025年5月号)
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る