“その人らしさ”を支える特養でのケア
第88回
その方にとって最期の食事を
満足のいくものにするために

日々、給食業務に追われていると、食事がもつ意味を見失いがちになりませんか?その方にとって最期の1食でも、今目の前の1食がその方にとって最期の1食になるかもしれません。最期の1食がその方にとって大切な食事になるため、私たちは決して手を抜けないのです。

たくさんのなかの1食をその人の特別な1食へ

「その患者さんにとって最期の食事になるかもしれないよ」
これは、臨床研修中に恩師の宮澤靖先生からかけられた言葉です。入院中の食欲不振の患者さんに嗜好調査を行って、希望された食事内容を厨房に伝えようかどうか迷っていた時のことでした。
患者さんからのリクエストはコーンスープで、厨房のストックにあることを知っていましたが、次の食事に間に合わせてもらうためには時間が遅いように感じていました。食事のオーダーに締め切り時間はなく、実際には十分間に合う時間でしたが、さまざまな事情(今思えば、主に保身ですが……)でためらっていたのです。

喫食者の顔が見えないなか、終日厨房で集団給食に携わっていると、目の前の食事がもつ意味を見失ってしまいがちです。でも、忠者さんやご利用者さんの目線から見ればその食事は「自分のための唯一の食事」です。
宮澤先生からの言葉で、私は食事がもつ意味に気が付くことができました。その後、厨房に食事変更を依頼し、患者さんにコーンスープを届けられました。その食事は患者さんの「最期の食事」にはなりませんでしたが、私にとっては印象深い1食となったのです。

人生の走馬灯に浮かぶ大切な1食を提供したい

Sさんはアルツハイマー型認知症のご利用者さんです。認知症の進行とともに、食事動作にもうまくいかない部分が増えてきました。
箸やスプーンを使わなくなり、手づかみで食べていましたが、それもできなくなりました。また食事に興味がないのか、食事を見ようとしません。介護職員が食事介助を行っても口を開けてもらえず、口に食材を入れることにも一苦労しています。しかし、一口食材が入ればしっかり咀略して嚥下ができます。

Sさんには一口大の食事を提供していましたが、咀嚼時間が長くなかなか嚥下しないことから、刻み食に変更し、食事の状況を確認することにしました。
刻み食に変更したあとも、咀嚼時間が長いことは変わりません。それに加えて咀嚼中に食べていることを忘れてしまうのか口腔内に食材が残ったままになることが増えました。以前より表情もなくなりぼんやりしているように感じます。モニタリング期間の1週間を終了し、再度一口大食に戻すべきかどうかを評価しました。

刻み食に変更する前から、せっかく咀暇ができているのだから「刻み食にするのはもったいない」と個人的に思っていました。また、刻み食は食材の見分けがつきにくいので、介助中に献立を伝えるなど食事に意識を向けてもらえるような言葉がけをしにくいこともデメリットとして挙げられます。

Sさんには、常食のおやつの献立からワッフルとソフトせんべいを提供し食べられるのかを確認しました。食形態を変更する少し前のこと、食事介助を担当していた介護職員の手から、おやつの蒸しパンを自分でつまんで口にもって行く姿を見ていたためです。
Sさんにはおやつを見せながら献立を伝え、食べやすい大きさにして提供しました。すると、「これ、大好きなんだよ」とうれしそうに話し、自分からおやつをつまんで食べていました。途中でお茶を勧めると、自分もカップを持って飲もうと一生懸命です。この様子を介護職員とも共有し、もう一度、一口大食を提供することになりました。
アルツハイマー型認知症は進行性であることから、このようなことは何度も起こるだろうと考えています。その際も、今回のようなかかわりを繰り返して、その時のSさんに一番いいケアを提供したいと思っています。

Tさんは持病があり、食事制限が必要な方です。認知機能の低下がないTさんは、食事制限の必要性からほかのご利用者と食事の内容が違うことについても理解しています。
ただ、そんな食生活に嫌気がさしてしまうのか、時々「TVで見た」などと理由を言って食べたいもののリクエストがあります。それに応えるため、医療的な見解を嘱託医や看護師に求めつつ、誕生日や敬老会、調理レクなどのイベントのタイミングも利用しながら「食べたいものを食べる日」を設定しています。

先日は、Uさんのリクエストがきっかけで企画された「ラーメンを楽しむ会」にTさんも参加。前日にあった嘱託医の往診時に相談し「塩分に配慮して」という条件付きで許可が出ました。この時は、看護師も「Tさんが、と~っても楽しみにしている」と嘱託医に情報提供をしてくれました。また、診察の際に「明日ラーメンOKですよ」と嘱託医からTさんに伝えていただけました。
会食の当日、そこには終始笑顔のTさんの姿がありました。Tさんと相談して決めた半玉のラーメンをおいしそうに召し上がり「半分で十分満足だ」と大変喜ばれていました。

今回紹介した取り組みには賛否両論あるかと思います。ただこれまで、急に逝去されたり、体調の変化で大きく食形態が変わったりしたご利用者さんを見ていると、食べられるうちに食べてもらいたい、という気持ちも生まれます。
ご利用者さんの状況を考慮しながら、安全を担保しつつ食べたいものを食べる機会を提供することは、ご利用者さんの尊厳の保持につながるのではないかと考えています。
特養に勤務していると「あれが最期の食事だった」と振り返ることも多々あります。そして、看取りケアなどで亡くなった方の最期の一口が満足いくものだったかと考え、涙することもあります。

映画や小説などで死の直前の描写として「これまでの人生が走馬灯のように思い浮かぶ」というものがあります。これが真実ならば、私がかかわったご利用者さんには「最期に食べた○○がうれしかった」と思い出してほしいと思いながら、日々仕事に励んでいます。(『ヘルスケア・レストラン』2025年4月号)

横山奈津代
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る

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