“その人らしさ”を支える特養でのケア
第86回
改めて整理した「QOL」の意義
そこから考える、本当に必要な支援とは
私たち管理栄養士は食事の重要性を理解しているものの、栄養摂取量や誤嚥などのリスク管理に目が行きがちです。今回は意思疎通ができるご利用者のAさんの事例を通し、QOLについて改めて考えさせられたのでお伝えします。
食事スタイルを変更し栄養摂取量の調整を図る
ラウンドでお邪魔するたびに、「今、仕事に来たのか?ごくろうさん」と私を労ってくれるのはAさん。
長くお一人で生活していらっしゃいましたが、腰痛の悪化が原因でADLが低下。当施設のショートステイを経て、特養へ入所となりました。
当初は、「しんどいから」と施設で過ごすことを許容していたAさんでしたが、入居期間が長くなるにつれて認知機能が低下し、自身の状況把握が困難になってきました。
冒頭の言葉で迎えてくれるAさんですが、「今日は家に帰る」「運転手を探してくれ」など、帰宅願望を口にすることが増えました。帰宅願望が強いと食事も食べることができず、徐々に食事摂取量が減っていきました。
なんとか車いすの自走もでき、排泄は失禁があるものの、トイレを利用できる状態です。どうすれば機能を維持できるのか、栄養ケアで支援できることはないか、介護職員と一緒に考えました。
ミールラウンドでの観察とAさんからの聞き取り、介護職員からの情報を照らし合わせながら、食が進まない食材を変更し、ドリンクタイプの栄養補助食品を追加しました。栄養補助食品はAさんの好きなタイミングで飲んでもらうため、朝食時に配膳します。
対応変更後は、栄養補助食品をしっかり摂取できたことで、摂取栄養量は上昇しました。
帰宅願望が強く、食事に集中できない場面でも栄養補助食品だけは摂取でき、Aさんも「ごっつお(おいしいもの)もらったんだ」と、受け入れも良好でした。
こうした対応でしばらくは問題がなかったのですが、徐々に栄養補助食品の摂取量も低下。食事摂取ができない理由として、帰宅願望以外に眠気も加わりました。
当施設では、起床時間は決まっていません。ご利用者個々の状況に合わせてさまざまですが、朝食が配膳される7時30分前後までに離床されて食事を召し上がる方がほとんどです。
Aさんの離床時間はそこから2時間ほどの間で、体調に合わせ離床されています。朝食は勧めても召し上がらないことが多く、いつもより早く起きてしまうと眠気が続き、昼食も夕食も十分に食べられません。
介護職員と相談した結果、思い切って決まった時間に提供する朝食を中止することにしました。厨房からの配膳をやめ、保存が可能なレトルトの粥や長期保存が可能な菓子パンを準備し、「Aさんが食べたい時に食べられる」ように環境を整えました。また、Aさんの希望時に沿って提供できる漬物なども購入しました。
これらの購入はご家族の許可をいただき、中止した分の朝食代金を目安に、管理栄養士や介護職員が代理で行っています。
また、飲み残しが多くなった栄養補助食品は中止し、代わりに、嗜好に合う乳酸菌飲料を提供しています。
以前より提供量自体は減っていますが、軽めの朝食を含めて食事摂取量が増えたため、摂取栄養量に大きな変化はありません。このまま栄養摂取量が安定するといいなと期待しながら、経過観察しているところです。
QOLの意義を見直し支援のあり方を考える
Aさんとは意思の疎通も可能であることから、会話が多いご利用者のお一人です。ミールラウンドの際には、食事が進みにくいAさんに、「今日の野菜は今朝採ってきた」とか「私(管理栄養士)が掘ったおいも、味をみてください」など、農業に従事されていたAさんの興味を引くような言葉がけを行うと、「野菜つくって偉いなぁ」と労いながら、うれしそうに食事に気持ちを向けてくれます。少し後ろめたい気持ちもありますが、味も方便。「食べたい」気持ちで食事に向かってもらうための裏技として使っています。
今回のことをきっかけに、改めて「QOL」について整理しました。私は「QOL」を「より良い生活にする」と解釈していました。そのため、今より身体機能が上昇するとか、栄養状態が改善することを意識してしまい、必要栄養量を満たすことを大切にしすぎてしまっていました。
しかし、改めて調べてみると、「その人がこれでいいと思えるような生活の質を維持しようとする考え方」と書かれた「『病院の言葉』を分かりやすくする提案」※というホームページに出会いました。
病気や加齢によってその人らしく生活することができなくなってしまうことがあっても、人生観や価値観を尊重し、その人が「これでいい」と思えるような生活を送れるよう、できるだけ維持することに配慮すること。「QOLを決めるのはクライアント本人であり、それを助けるのが医療者や支援者である」というのです。
そこには、注意することとして「『QOL』の概念は、一人ひとりの患者の側からとらえるべきもので、患者がどれだけ満足できるかという観点から見ることが大事である」と書かれていました。
それを踏まえると、今回のAさんのケースでは、1回目の対応はどちらかというと「必要栄養量を満たさなければ」という気持ちがあり、Aさんの視点より支援者の視点で考えた対応であったと反省しています。
Aさんにとって、支援者が考える「バランスの良い食事」を3食食べることより、自分が食べたい時に食べることのほうが、満足度は高かったのでしょう。
Aさんが納得して食事できることで、食事摂取量が安定していることを目の当たりにすると、ほかのご利用者の支援についても、今一度立ち止まって、ご本人の視点に立っているか見直す必要があると考えています。(『ヘルスケア・レストラン』2025年2月号)
※国立国語研究所:「病院の言葉」をわかりやすくする提案53.QOL,
https://www2.ninjal.ac.jp/byoin/teian/ruikeibetu/teiango/teiango-ruikei-c/qol.html(2025.1.6)
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る