食べることの希望をつなごう
第83回
患者さんの不安を軽減することで
栄養状態の向上につながる
「食べる」行為は、栄養摂取という目的以外にも味わう楽しみや時間を共有する喜び、完食できた場合は達成感など、さまざまな価値が付随します。それゆえ、食事における精神的な不安は負の影響を与えることが容易に予想されます。今号では、私が摂食障害のある患者さんに対し、不安を排除できるよう努めている取り組みをご紹介します。
食べられない不安は心身に悪影響を与える
摂食嚥下障害のある患者さんに対して栄養管理を行う際、身体的なサポートはもちろん重要ですが、心理的な問題を無視することはできません。摂食嚥下機能は、栄養摂取には非常に大切な機能です。しかし食べるということは、栄養を摂取するということだけでなく、食事を楽しむことをはじめとした、生活の質の向上や自尊心にも大きく影響します。患者さんの栄養状態をよくし、また患者さんのモチベーションを高めるために、心理状態への配慮は不可欠です。
摂食嚥下障害は、患者にとって身体的な苦痛や不便さを伴うだけでなく、精神的にも大きな影響を与えることがあります。嚥下機能の低下により食事が困難になると食事を楽しむことができなくなり、社会的な孤立感や自尊心の喪失につながることがあります。
また、食事時の誤嚥や窒息への恐怖心が精神的ストレスにつながることもあります。食べることが怖くなってしまうと、食事量が減ったり、体重減少の一因となったりします。
誤嚥性肺炎の再発で入院する方の場合、ご本人だけでなく、ご家族も食事に対して不安が強い場合があります。むしろ、ご家族の不安のほうが強い印象があります。このような際、患者さんやご家族の不安の原因を理解し、安心感を与えることが必要です。
まず、入念に退院後の生活のイメージについて聞き取りを行います。食事の準備は誰が行うのか、サポートを受ける予定はあるか、市販品を使用するのかなどについて確認します。
また、食事は一緒にするのか、どこで食事をするのかなど、食べる時の環境についても確認しておきます。いくら形態や栄養量に配慮した食事が準備できていても、誤嚥しやすい姿勢や食べ方で食事をすれば、誤嚥のリスクを回避することはできません。リハビリを進めるなかで、患者さんご本人にも食べ方の指導を十分に行う必要があります。
加えて、不安の軽減につながるように、湿性嗄声やムセなどがある場合には咳払いして喀出するなど、リカバリーの方法をお伝えすることも必要です。なかなか習慣化しない場合も多いですが、繰り返しお伝えすることが必要だと思います。
モチベーションアップは楽しむための土台となる
管理栄養士だけではなく、看護師や言語聴覚士、医師、歯科医師、歯科衛生士など、多職種でそれぞれの視点からかかわることも重要です。特に、主治医からのお褒めの言葉は、患者さんのモチベーションアップに多大な影響があるように感じます。
「先生が褒めてくれた」と管理栄養士が褒めるよりも、とてもうれしそうにする患者さんも多いのです。
患者さんのモチベーションを高め、リハビリに前向きに取り組めるよう、心理的なサポートは欠かせません。自信をもつために、小さな成功体験を積み重ねることが重要と考え、些細なことでも良かったことを見つけてお伝えするようにしています。
「食形態を変更したけれど、食べづらさが強く全量摂取が難しかった」など、患者さんが思っていたのと違う結果だった場合、「きちんと状況を伝えてくださったことが大切」とお伝えします。今日も間接訓練を頑張ったとか、少しでもお話ができたなど、ちょっとでも良かった(ダメじゃなかった)と思っていただけるといいなと思ってかかわるようにしています。
食事は単なる栄養摂取の手段だけでなく、楽しみでもあります。私の父は「食事はエサじゃない」が口癖でした。摂食嚥下障害があっても、食事を楽しむための工夫が必要です。
発想を切り替えることも、食事を楽しむための工夫の1つです。たとえば、ペースト状の食事を「ミキサーにかけて形をなくした料理」と思うか「ポタージュやゆるいマッシュポテトのような料理」と思うかでも違ってきます。煮物一つにしても、手間はかかりますが、食材ごとにミキサーにかけるか、全部まとめてかけるかで、見た目はだいぶ変ります。
形の調整は必要ですが、栄養素への配慮が不要な場合も多いので、カレーやシチューのような洋食や、麻婆豆腐や青椒肉絲のような中華、お刺身など生ものも食べられます。具体的なメニューの説明をすることで食事への興味を引き出し、食事の楽しさを再確認してもらうことができます。
皆で理解を深めながら最適な食環境をつくろう
ご家族がいらっしゃる場合には、できるだけご本人と一緒に食事や栄養管理の重要性を理解してもらうことも、モチベーションアップにつながります。ご本人が頑張っていることを理解していただくことは、患者さんご自身の気持ちに大きな影響があると感じます。
また、食事中の過度な声かけや急かしはせず、落ち着いた環境で食事をすることも、安全に食事をするポイントになります。
「つくったのに食べなかった」というのは、食事を準備する側からするととても大きなストレスになり、時には喧嘩の原因になることもあるので、「食べなかったおいしくなかった、嫌だった」ということに直結するわけではないことをご理解いただくようにしています。食形態がその日のコンディションに合わなかった、量が多かった、お通じが出ていないなど、いろいろな原因が考えられることを説明するようにしています。
摂食嚥下障害のある患者さんの食事摂取状況には、食事に対しての不安が一因となっている場合があります。患者さんが食事を楽しむことができるような環境づくりのため、心理的な面からのアプローチも必要です。
患者さんはもちろんですが、ご家族やサポートする方たちにとって最適な栄養管理を提供していきましょう。(『ヘルスケア・レストラン』2025年2月号)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年、東京医科歯科大学歯学部附属病院入職、24年4月よりNTT東日本関東病院勤務。摂食嚥下リハビリテーション栄養專門管理栄養士、NST専門療法士