お世話するココロ
第171回
好きな物と嫌いな物、どちらから食べますか
皆さんは、出てきた料理は、好きな物から食べますか?それとも嫌いな物から?これ、意外に人によって違うんです。この違いがわからないと、思わぬ“事件”が起こります。
好きな物は残す性質
物心ついた時から、私は好きな食べ物を後に残し、嫌いな食べ物から食べる癖がありました。クッキーの詰め合わせをもらった時には、大好きなチョコレート味を残し、それ以外のものから食べる――というふうに。
小学生になる頃まではそれでうまくいっていたのですが、ある日、母と外食をした時、衝撃の事件が起きたのでした。
確か八宝菜のような料理で、私は当時好んで食べなかったニンジン、ピーマンを先に食べ、最後に大好きなエビとうずらの卵を1個ずつ残しておきました。もちろん、後から食べるのを楽しみに。
ところが、向かいに座っている母が「あら、あっちゃん、食べないの」。楽しみにとっておいたエビとうずらの卵をはしで取り、ぱくぱくと食べてしまったのでした。あまりのことに唖然とした私は、何も言えないまま、母の顔をただ見ていました。
悪気がまったくない母は「さあ、早く食べて出ないと。遅れちゃうから」と言い、こちらも見ずに荷物をまとめ始めています。
半世紀経った今も、あの瞬間は忘れられません。「食べ物の恨みは忘れない」と言うのはまさにそのとおり。正しいのですね。
とろみのついたエビとうずらの卵!あれはどれだけおいしかったのでしょう。この事件以降、私は母と外食をする時は、好きな物から食べるようになりました。
その後も母を見ていてわかったのは、母は私と違って好きな食べ物から食べる性質だということ。レストランでハンバーグを注文すると、母はまずハンバーグを食べ、付け合わせを後に残します。
決して褒められた食べ方ではないかもしれませんが、この傾向は亡くなるまで変わりませんでした。そんな母からすれば、好きな食べ物を後に残す人がいるなど、わからなかったのでしょうね。
嫌な仕事から率先して片付けていると……
母との関係では、防衛的に変化したとはいえ、好きな物を後に残す私の性質は根本的には変わりません。そして、これは食べ物のみならず、仕事の進め方にも影響を与えました。
今に至るまで私は、気の進まない仕事から手をつける傾向があります。こうした仕事は頭の隅にその存在が引っかかり、済ませてしまわないと気が気でないからです。
これも、一人でやっている分には問題がなくても、人と組んで働く場合には、思わぬ事態が起こります。
1987年から9年間、私は内科病棟で働いていました。今では薬剤部でミキシングするような点滴も、当時は、すべて看護師が病棟で行っていたのです。
これらは、たいていは夜勤時に準備していたため、多くの点滴用のボトルや、注射器で注入する薬液のアンブルなどが処置台にずらりと並んでいました。
私が好きだった作業は、薬液を点滴用ボトルに注射器で入れていくミキシング。逆に好きではなかったのは、点滴ボトルに患者名を書き、点滴を落とすペースに合わせて残量の目安になる目盛りを書き込んでいく作業でした。私はとにかく、その好きではない、点滴がボトルに患者名と目盛りを書き込んでいきました。
一番の理由は、私自身がそれを済ませないと気が重かったから。そしてもう1つの理由は、ほかの人もその作業が嫌いだろうから「押し付けてはいけない」と思ったからです。
やがて、部署の異動で内科病棟を去る日が来ました。そして、最後の夜勤をしていた時、同僚からこう言われたのです。
「宮子さん、ボトルの名前書きと目盛り書き、とっておきましたよ。次の精神科病棟は点滴が少ないでしょうから、最後に思う存分、やってください」
これを聞いて私は、同僚は私がその作業が好きだと思っていたのだとわかりました。これはもう、種明かしをせずに去るわけにはいきません。
「ねえねえ、ボトルにマジックで書くこの仕事、私が『好きだからやっている』って皆思っていたのかなあ。実は、逆。私ね、この仕事が好きじゃなくてさ。ほかの人にやらせるのが申し訳なくて、先にどんどんやっていたんだよ」
私の言葉に、その場にいた2人の同僚は驚いた表情を見せた後、大笑い。そして、こう言いました。
「それはびっくり。ほかの人にさせられないと思うくらい嫌だったなんて。好きなんだと思ってた。ごめんなさい」
「私は全然嫌な作業じゃなかったから。無理してやらなくてもよかったのに」
内科病棟で働いた9年のなかで、この経験は、かなり意味のあるものでした。
好みはさまざま
対処もさまざま
今になってあの場面を思い返すと、自分の思い込みの強さが恥ずかしくなります。誰もが私と同じ感覚とはかぎりません。
私が嫌いだと思っている仕事が好きな人だっているかもしれない。あるいは、そこまではいかなくても、私ほど嫌いではない人がいれば、その人に頼めばいい話なんですよね。
ただ、一度このような経験をしたところで、すぐに自分の傾向が変わるものでもありません。
自分がやりたくない仕事に限って他人に回せず自分で抱え込み、疲弊する……。こうした傾向は、その後も続いてしまいました。
食べ物にせよ仕事にせよ、人の好みはさまざま。そして、好みの違いもあれば、好きなことを先に済ませるか、あるいは嫌いなことを先に済ませるかも、人によって異なります。
とにかく大事なのは、こうした違いの存在をきちんと理解すること。ほかの人も自分と同じように考えると決めつけるのは、絶対に避けなければいけません。
結婚して30年を超えた夫とも、このあたりの違いを最近、改めて思い知りました。
夫はとにかく、嫌なことはとことん後回しにする人。先日も、人が家に来るので共有スペースを片付けるよう頼んだのですが、前日の夜まで動きません。
実は、片付けについては、私も決して好きではありません。だからこそ、嫌なことからさっさと済ませる性質の私としては、早く済ませてほしかったのですよね。
「ねえねえ、そろそろダイニングテーブルの上の物とか、片付けたらどうかなあ。私ができればやりたいけど、あなたの仕事のものだから……。在宅勤務だから置きっぱなしは仕方がないけど、私の仕事の打合せのために人を呼ぶ時は片付ける約束だよね」
「もちろんやりますよ。前日から一気にやるから。いつもそうしているでしょう」
「私は嫌なことは先にやるんだけど、あなたは後に回すよね」
「それはそう。あなたが先にやるのは知っている。えらいとも思うけど、ぼくは後から一気にやるんです」
そして人が来る前日になると夫は信じられない力を発揮して、積み上がったものを右から左へと移動させ、いつの間にか人を通せる程度には片付けるのですよね。悔しいけれども、手際の良さは私よりはるかに勝っています。
ちなみに夫は、食べ物は好きな物から食べる人。食べ方の違いって、意外にその人の本質が表れるのかもしれませんね。本当に、食は大事です。(『ヘルスケア・レストラン』2024年12月号)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある