“その人らしさ”を支える特養でのケア
第84回
制限のある食事でも工夫し
ご利用者の生活に貢献しよう
10年ほど前に体験した印象深い看取りケアと、それに関連して最近考えたことを紹介します。
日常生活ケアの延長で看取りケアを開始したAさん
Aさんは、当施設周辺の山間部で一人暮らしをしていましたが、自活することが難しくなり当施設に入居されています。Aさんは戦時中に足を負傷したため、若い頃から歩行が困難だったようです。
「冬は雪に閉ざされることも多い山間部での暮らしは大変だったろうな」と思う一方で、「過去があるAさんだからこそ乗り越えられたのだ」と感じさせる、我慢強い方でした。
入居時から歩行ができずに車いすでの生活だったAさん。食事の時だけリビングに来られ、出された食事を黙って召し上がる姿をよく拝見しました。食事の嗜好をう食事の嗜好をうかがった時も「出された物は何でも食べるよ」と穏やかにおっしゃいます。
不満も不調も口にしないAさんですが、だんだんと体調不良だと目に見えてわかるようになり、それに伴って、食事摂取量の低下も見られるようになりました。食べにくさも見られたことから、嚥下調整食に変更するなど対応しましたが、食事摂取量の増加は見られませんでした。主治医の判断でご家族に看取りケアの提案があり、ご家族も了承。Aさんの看取りケアは、日常ケアの延長線で穏やかに始まりました。
近年は感染症対策のために、ご利用者の居住フロアにご家族が訪問するということが稀になりました。Aさんの看取りケア開始当時は、面会に来られたご家族とほかのご利用者との交流が生まれるほどの距離感だったと記憶しています。Aさんのご家族も、頻繁に面会に来られていました。
施設職員には多くを語らないAさんも、ご家族には遠慮がないようで、面会の時はいつもAさんがリクエストした(と思われる)差し人れを持参されていました。
看取りケアが始まって以降もこうしたやり取りは変わりませんでした。
Aさんの喜ぶ姿を見てご家族も満足した看取りに
ある日のこと、Aさんのユニットを訪問すると、ユニット外の談話コーナーでご家族と過ごすAさんの姿がありました。
ご家族にご挨拶と最近のAさんの様子を説明しようとうかがうと、ご家族は気まずい表情をされています。テーブルを見てみると、スーパーで買ったと思われるバックの握り寿司と焼き鳥が並んでいます。当時、Aさんは咀嚼と嚥下機能が低下しており、きざみ食(コード4から3相当)の食事を提供していました。
ご家族は、給食で提供される食形態がどのようなものかをご存じだったので「本当はだめなんだろうけど、どうしても食べたいって言うから」ときまり悪そうに話してくださいました。
一方のAさんは「これ、うまいんだ」とうれしそうに笑っています。私は、握り寿司と焼き鳥のなかから噛み砕きが楽そうなものをいくつか選んで「喉に詰まって窒息することもある」と前置きしたうえで説明し、「よく噛む」ことも伝えました。
その後、何事もなくお好きな物を堪能したAさんは大変満足そうにされていました。また、同席されていたご家族も「悪いね」と言いながらも満足そうなAさんをご覧になり、うれしそうな表情をされていたことも印象的でした。
このことから数日後、徐々に食事摂取量の低下があったものの、普段どおりに朝食を召し上がったAさんは、その後の午前中の巡視で呼吸状態に変化があり、そのまま亡くなられました。
看取りケアを行うなかで一番に願うことは「ご利用者が穏やかな最期を迎えられること」です。Aさんの潔いほどの人生の幕引きに、かかわった職員は驚きや寂しさとともに、「苦しまずに旅立たれたのだろう」と安心感を覚えました。また、ご家族にとっても満足のいく看取りとなった様子がうかがえました。
管理栄養士のテクニックで食事で生活を充実させる
さて、ずいぶん前のことですが、「特別養護老人ホームはご利用者を自由にさせている」と言われたことがあります。
「『ご利用者の自由に任せて栄養管理していない』と思われているんだろうなぁ」と解釈しましたが、Aさんのようなケースを経験すると、時折提供されるある程度の「自由な食事」は、生活のハリとなっているように感じます。たまたまAさんの場合は看取りケア中の出米事でしたが、それ以外であっても、「自由な食事」は生活や食事の意欲向上に大きな役割を果たしています。
特別養護老人ホームの設備及び運営に関する基準1)2)には、「社会生活上の便宜の提供」として、レクリエーションや家族との交流、外出などについて配慮するよう定められています。特に外出には“買い物や外食”も想定されていて、ご利用者の「心身の状況を踏まえた形でその機会を確保する」ことが望まれています。
近年は感染症対策の強化や人員不足もあいまって、外出の機会は制限されてしまっていますし、ご利用者の身体状況によっては外出が困難なケースもあって、「施設内で外出に準じた形の対応策を工夫しなければならないなぁ」と感じています。
条件が合えば外食に出かけることもありますが、施設内での対応となれば、Aさんのようにご家族から購入していただいたり職員が代理で購入したり、通信販売のカタログからご利用者と一緒に選んだりと方法はさまざまです。「誕生日に好きな食べ物を提供したい」と介護職員から相談されることもあり、ご利用者個々の食べたい物を提供するにはどうすればよいか検討しています。
ご利用者の性格や状況によっては、「失敗だった」と思うケースも稀にはありますが、ほとんどの場合は大変喜んでいただいています。実際には、食形態や食事制限などで思うように食べられない方もいらっしゃいますが、他職種から多角的なアドバイスをもらいながら調整しています。
これらは、管理された食事で過ごす日々のなかでの時々の「お楽しみ」ではありますが、健康管理を考慮しながら好きな物を食べていただくことは、管理栄養士の腕の見せ所でもあります。
栄養管理の面だけでなく、ご利用者の生活環境を整えることにもこれまで以上に貢献していきたいです。(『ヘルスケア・レストラン』2024年12月号)
≪参考文献≫
1)令和6年厚生労働省令第16号 特別養護老人ホームの設備及び運営に関する基準,
https://laws.e-gov.go.jp/law/411M50000100046(令和6年10月17日最終閲覧)
2)厚生労働省「各都道府県知事・各指定都市市長・各中核市市長あて厚生省老人保健福祉部長通知,特別養護人ホームの設備及び運営に関する基準,
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?datald=00ta4329&dataType=1&pageNo=1(令和6年10月17日最終閲覧)
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る