食べることの希望をつなごう
第80回
誰かととる食事の重要性
恐らく多くの人が、食事は一人よりも誰かととったほうが楽しいと感じるのではないでしょうか。この、“誰かととる食事”がもたらすのは楽しさにとどまりません。具体的にどのようなことなのか?1人(独り)の食事と比較してみます。
食事の様子から見えてくるその人の状況
暑かった夏もようやく終わり、秋から冬に向かう実感がわいてきました。夏は、夏季休暇やお盆などで、友人や家族をはじめ、誰かと食事をする機会がいつもより多かった方もいらっしゃるのではないでしょうか?この、“誰かと食事をする”ということは、意外と大切なことかもしれません。
食事の場面から知ることのできる情報は、非常にたくさんあります。まず、日々の業務のなかではミールラウンドがその代表で、管理栄養士は、食事量や食事時間、食べるスピード、ひと口量、食具、食事中の姿勢や食べ方のほか、好きなものや嫌いなものなど、食に関連する多くの情報を得て栄養管理に役立てていることと思います。食事中の様子を見ることの重要さは、管理栄養士であれば皆さんご存じのところでしょう。
この食事中の様子を見る重要性は、患者さんばかりにとどまりません。たとえば業務外でも、テレビでよくあるような食事のシーンで「あ、この人は左利きなんだ」とか「ひと口の量が多いなあ」「麺類はすすり切らず、途中で噛み切るタイプの人なんだな」「(熱いものをよく冷ましている様子から)猫舌なのかな?」「おいしそうに食べるなあ」など、気づくことは多々あるでしょう。
家族と食事をしていても、「この料理はよく食べるなぁ」「最初のひと口を前歯ではなく、右側で職み取っている」とか、「頬張って食べているなぁ」など、非常に多くのことに気がつきます。「前歯が痛いの?」など、その場で疑問に思ったことを確認できれば、もしかすると「前歯がぐらぐらして噛みにくい」というような回答が得られるかもしれません。そこから、子どもであれば「大人の歯が生えてきたんだね」とか、大人や高齢者であれば「歯医者さんで診てもらおう」と状況確認ができるでしょう。
加えて、大きくて口に入れるのが難しいのであれば小さくカットする対応ができますし、「りんごが硬くて食べにくい」というように特定の食材が硬くて食べにくいのであれば、スライスしたり、電子レンジで加熱してみたりと食べやすく工夫することも可能です。きちんと咀嚼ができているか、詰め込むように食べていないかなど、食事中の様子を見られるのであれば、食べ方の確認ができます。
食べる量から食欲や健康状態のチェックができるばかりか、食育に視点を移してみると、お箸の持ち方やお茶碗とお椀の位置など、食事におけるマナーを学ぶ機会でもあるでしょう。献立について「主食・主菜・副菜」などを話題に挙げることで、食事の準備をする時に料理の組み合わせに配慮するきっかけになるかもしれません。
個(孤)食はさまざまなリスクを引き起こす
食べるということには。栄養をとる」という非常に大きな役割があります。しかし、食事の役割はそれだけではありません。ここに、「誰かと食事をとるということは意外と大きな意味があると思う」と前述した意図があります。
最近耳にすることの増えた「こしょく」は、g00辞書で引くと「【個食】(「孤食」とも書く):家庭で、家族が団欒(だんらん)することなく、一人で食事をすること。また、一人一人がばらばらの時間に食事をとること」とあります。農林水産省では、「一人で食事をする『孤食』や、同じ食卓に集まっていても家族がそれぞれ別々のものを食べる『個食』が増え、家族そろって生活リズムを共有することが難しくなっている」と問題提起するとともに「食事はその日の出来事を話し合ったりするコミュニケーションの場としての役割を果たしている」としています。
また、「家族や仲間と一緒に食べると食事のマナーや料理についての関心が高くなり、いろいろな栄養もとりやすく、何よりも、楽しくおいしく食べることができる」ことから“皆と楽しく食べること”を推奨しています。
「食生活指針」(図1)でも、最初に「食事を楽しみましょう」と書かれており、家族の団らんや人との交流を大切にしましょうと補足されています。「日本人の食事摂取基準2020年版」には、高齢者における低栄養の代表的な要因として独居や孤独感が挙げられています(表1)。
図1 食生活指針
『「食生活指針」改定ポイント(平成28年6月)』より引用、一部編集
①社会的要因
独居、介護力不足・ネグレクト、孤独感、貧困
②精神的・心理的要因
認知機能障害、うつ、誤嚥・窒息の恐怖
③加齢の関与
嗅覚障害、味覚障害、食欲低下
④疾病要因
臓器不全、炎症・悪性腫瘍、疼痛、義歯など口腔内の問題、薬物副作用、咀嚼· 嚥下障害、日常生活動作障害、消化管の問題(下痢・便秘)
⑤ その他
不適切な食形態の問題、栄養に関する誤認識、医療者の誤った指導
「日本人の食事摂取基準(2020年版) 「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書』より引用
さらに、1日のなかで少なくとも1回は誰かと食事をとる人に比べ、いつも独りで食べている人(孤食)は「うつ傾向が非常に高い」という調査結果があります。なかでも「同居する家族がいるにもかかわらず孤食である」という高齢者は少なくなく、その場合、うつ傾向だけではなく栄養状態の低下や歩行速度などの身体能力や咀嚼力などの低下も見られるそうです。
ある研究結果によると、独居であることより「孤食」であることのほうがリスクであり、いつも1人で食事をしている方は身体の衰えのリスクが非常に高いということが示されています1)。入院中は感染症リスクもあり、なかなかたくさんの人と食事をするのは難しいと思います。しかし実際、個室で誰とも顔を合わせずに黙々と食事をすると、気持ちが滅入るのではないでしょうか。
もちろん、知らない人と食事をするのが必ずしも万人にとって楽しいわけではないということは、理解しています。しかし、管理栄養士として、栄養管理の一環としても、どんな場所でも食事を楽しめるようなサポートがしていけたらと思います。(『ヘルスケア・レストラン』2024年11月号)
参考文献1) Kuroda A, Iijima K, et al. Eating Alone as Social Disengagement is Strongly Associated With Depressive Symptomsin Japanese Community-Dwelling Older Adults. J Am Med Dir Assoc.2015:16:578-85.
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年、東京医科歯科大学歯学部附属病院入職、24年4月よりNTT東日本関東病院勤務。摂食嚥下リハビリテーション栄養專門管理栄養士、NST専門療法士