“その人らしさ”を支える特養でのケア
第82回
食事の自力摂取可能な期間を
どう延長していく?
特別養護老人ホームでは加齢や疾患の進行により、入所当初は食事を自力摂取していた方が徐々に困難となるケースは少なくありません。どうすればご自身で召し上がる期間を延ばすことができるのか?利用者一人ひとりの食事の様子を観察し、検討しています。
利用者に合わせた自力摂取のサポートがカギ
この原稿を書いている今は、夏休みの真っ只中です。
わが家の夏休み恒例行事は「流しそうめん」。今年も、家族で楽しみました。流れるそうめんを箸を使ってうまくキャッチできるようになった子どもたちを見て、「手の巧緻性(器用に動かす能力)が向上しているなぁ、成長したなぁ」と実感しています。
さて、当施設での栄養ケアの目標の1つに「自力摂取が継続できる」という項目があります。食べることが栄養ケアの命綱である特別養護老人ホーム(特養)では、嚥下機能の維持だけでなく、「最後まで自分で食べることが食欲の維持につながるのではないか」と考えているからです。
普段私たちは、何気なく自分で食物を口に運んでいますが、要介護高齢者は、さまざまな理由で自力摂取が困難になってきます。経験的には、認知症の進行、手指の巧緻性の低下、持久力の低下などがその主な理由と考えています。なかには、これらがいくつか組み合わさって自力摂取ができなくなるケースもあり、ご利用者個々に合わせた対応が必要であると感じています。
RさんとFさんは、どちらもアルツハイマー型認知症の方です。食事動作は「自力摂取が可能」との情報でした。
Rさんは意思の疎通がある程度できます。Fさんはというと、一見、受け答えができているように感じますが、問いかけに対し戸惑ったような表情をされ、オープンクエスチョンへの対応が困難で、話を合わせようとしていることがうかがえました。
【Rさんの自力摂取の様子】
実際の食事動作ですが、Rさんは、入居初日から事前情報で想像していたよりも自力摂取がうまくいかないご様子でした。しかし、初日は移動の疲れや周辺環境への順応がうまくいかず、食事をとることができない事例もこれまで経験しましたので、食事介助を追加したところ、介助があれば食事摂取ができることを確認しました。
その後も、ミールラウンドを行うなかで「どうしたらRさんが自分で食べられるのか」と観察していきます。
Rさんは、食具の使用方法がわからない様子です。これは、認知症による“失行”と考えられました。そこで、スプーンを手に持つところまでをサポートし、手を添えてどのように使うかを説明してみました。すると、2、3回はスブーンを使うことができますが、一度スプーンを置いてしまうと、その後は継続しません。
そんな時、Rさんが好みのおかずを手でつまんで食べているとろを発見。手づかみができるなら、手の保清を行いながら食具を使ったり手づかみにしたりと、Rさんが食べたいように食事を進めてもらいました。また、主食を一口大のおにぎりに変更することで、食事の開始がスムーズになりました。
Rさんは、その後も自分で食事をとることができています。麺類の日は、割り箸(麺がすべらず食べやすい)を手渡すと、使い方を説明せずともスムーズに使うことができています。
【Fさんの自力摂取の様子】
一方のFさんの食事動作は、入居時からスムーズに自力摂取できていましたが、いつ訪問しても戸惑った表情で食事をしています。
その様子に、食材の判断ができないのだろうかと感じ、配膳後に説明をしてみましたが、説明も理解できていないようです。そのうちに、徐々に自力摂取が困難になってきました。
Fさんは、食具の変更や盛り付けの変更を行うと、2~3日はよくても、やがて自力摂取できなくなってしまいます。食事の様子を観察していると、食事を「食べるもの」と認識できていないようでした。これは、認知症の症状である“失認”と考えられます。「食べ物」と認識していないのなら、食事に手が出ないのは当たり前かもしれません。
そこで、Fさんにはスプーンを持ってもらい、食事は小鉢に盛り付けて「食べられるもの」であることを伝えました。数口で手が止まり食べられなくなってしまいますが、再び同じような手順で促すと、食べ始めることができました。
現在のFさんは完全に食事介助が必要になってしまいましたが、「少しでも自力摂取の期間を延ばせたかな」と感じています。
『認知症高齢者への食支援と口腔ケア』1)にも、アルツハイマー型認知症のリハビリテーションとして、今回の2人の方に対して行った内容を実施することで症状が軽減することが多い――と書かれています。
参考文献 1)平野浩彦編:認知症高齢者への食支援と口腔ケア、p56-60(2017)、ワールドプランニング(東京)
どうすれば食べられるのかを軸に対応を検討していく
アルツハイマー型認知症は進行性の病気であるため、その病気の進行によって対応することが必要です。管理栄養士が病態を推察してかかわるには、日々のミールラウンドや介護職員との情報共有が重要です。
日々のミールラウンドでは、一人ひとりをじっくりと観察するということは難しい場面が多いと思いますが、介護職員と日常的に情報共有を行うことで気づきにつながります。ミールラウンドで気になったこと、「いつもと違うな」と感じたことを介護職員に問いかけてみましょう。そうすれば、ご利用者のいつもの様子を教えてくれるはずです。
今回はアルツハイマー型認知症のご利用者の事例を紹介しましたが、これ以外の疾患の方も「徐々に自力摂取が困難になるなぁ」と感じています。
持久力が低下し食事で疲れてしまう場合は、ご利用者のできる範囲を見極めて、「食事開始から手が止まるところまで」などのように、限定的に自力摂取に取り組んでいただいています。このような場合は、ケアプランにも本人の取り組み事項として「調子がいい日は自分で食事を食べる」などのように記載しています。
自分で食べたいものを食べたいように食べる。当たり前のことですが、これが食欲の源だと思いませんか?繰り返しになりますが、自分で経口摂取することは特養のご利用者にとって命綱でもあります。
嚥下機能の維持とともに、食欲の維持につながる工夫をしていきたいと思います。(『ヘルスケア・レストラン』2024年10月号)
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る