食べることの希望をつなごう
第77回
リハビリテーションの大切さ

令和6年度診療報酬改定にて、リハビリテーション・栄養・口腔連携体制加算が新設されました。きっと、これまで以上に「リハビリテーション」や「口腔」に関心が寄せられることでしょう。今号では、私の経験から感じたリハビリテーションの大切さについて話したいと思います。

口腔がんのRさん

口腔がんの手術で入院された80代女性、Rさん。高齢でやせ型ではありますが、ADLは自立していてとても元気な方です。
無事、口腔がんの手術を終えて、集中治療室から一般病棟に戻られた際も、術後数日しか経過していないにもかかわらず、「白い雲が見えてとても怖くて嫌な気持ちだったの。あれが『せん妄”っていうのかしらね。でも、手術の前に聞いていたから騒がないで済みました」など、落ち着いてご自身の「状況をお話しされていて驚きました。

Rさんはとても真面目な方で、「先生方の言うとおりにしていれば『必ずよくなる』と信じています」とおっしゃり、「ベッド(ヘッドボード)に寄りかからないように座っていたほうが筋肉が落ちないでしょ」と、いつ訪室しても背筋を伸ばして座っていらっしゃいました。
「危ないので部屋から出る際は呼んでくださいね」と看護師に言われても、忙しそうだと遠慮してナースコールを押さない方もいるなか、Rさんはきちんと言われたことを守っておられ、「転んじゃだめだから、何するにも看護師さんを呼ばなきゃいけなかったんだけど、今日からトイレも廊下も1人で行ってよくなったの。さっそくあっち(反対側の病棟)まで廊下を歩いてきました」とニコニコされ、自由に動けることが大変うれしそうでした。

術後20日が経過し、ようやく食事を開始することになりました。嚥下機能は低下していたため、言語聴覚士同席のもと、ゼリーのみの食事です。言語聴覚士にRさんの口の中にゼリーを入れてもらうと、ゆっくり嚥下し「おいしい」と喜んでおられました。
Rさんが高齢であることややせ型であることから、担当の先生方は経過を心配されていましたが、とても順調に食上げしていきました。
とはいえ、医師からは「慎重に」との指示があったので、1日1食のゼリーから1日1食ペーストにといった具合でしたが、3食経口での栄養摂取が可能となり、経鼻胃管抜去となりました。

Rさんのリハビリ法

発熱や痰が増えるなどといったトラブルもなく経過し、退院前の栄養相談の日程調整にうかがった際には「お食事もおしゃべりも順調ですね」とお声がけすると、「そうですか?」と笑顔になられ、「先生たちのおかげです」とおっしゃいます。
「だってね、飲み込みの先生が『明日と明後日は(土日のため訓練が)お休みだけど、お口の運動はしておいてくださいね』って言ってくださったの。それで、カレンダーの日付を全部声に出したり、そのあとは家族と親戚の名前を生年月日を思い出しながら言ったりっていうのを毎日やっていたのよ。飲み込みの先生には『お休みじゃない時もやっていい』って言われたから、やるようにしていたの。親戚の名前と生年月日を思い出そうとすると頭の運動にもなると思って。大きな声でわかりやすいように言えるように練習していたんです」とのこと。
術後は、言われたことをやるだけでも大変だというのに、Rさんは自分で工夫して、その方法が合っているかをスタッフに確認したうえでリハビリされていたのでした。

Rさんのお部屋にうかがうと、いつもおしゃべりが止まりません。家での生活や家事の話、ご家族のこと、退院してからの生活のことなどに加えて、医療スタッフへの感謝の気持ちや、今どんなリハビリをどうやっているのかなど、笑顔でお話ししてくださいます。術後でまだ顔が腫れている時も、食事が始まるまでの間接訓練のみの期間も、お話ししづらそうな時でも、いつも笑顔でお話しされていました。
退院時には、日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021のコード4、薄いとろみで3食経口摂取できていました。

食事の準備はご自身でなさると意気込んでおられましたが、結局、心配した娘さんもサポートに入ってくださることに。
今まではすべての家事をご自身でこなされていたようで、朝は5時に起きて家の周りを掃除して、ボランティア活動に勤しみ、食事はお野菜中心、油脂控え目で3食調理して食べるという生活だったそうです。
よくある、入院前の生活を維持しようとして負担が大きくなりすぎてしまうような「おだしはきちんととります」「お惣菜を買ってくることはほとんどありません」「栄養剤はちょっと抵抗があります」などといった心配は、この方には不要でした。
Rさんは「先生方の言うとおりにしていれば、必ずよくなると信じています」とのことで、ご自身で調理ができない時には、市販品や介護食、栄養剤も利用することになりました。

高齢でやせ型であるRさんが、大きなトラブルもなく3食経口摂取(ONS不使用)で退院できた理由の1つに、ご本人のリハビリへの取り組み”があるのではないかと思っています。
指示されたリハビリをきちんとこなす、ベッドに横にならず座っている時間をできるだけ長くする、歩いていいと言われたら歩く――などに加えて、リハビリが自己流ややりすぎにならないよう、そのつどスタッフに確認していたことが大きく関係しているように感じられます。
Rさんにそのような意図があったかはわかりませんが、前述の内容を実践できていたことが、よりよい結果につながったのではないかと思います。
「先生方の言うとおりにしていれば、必ずよくなると信じています」と患者さんから言われた時、胸を張って「任せてください」と言えるよう、日々、自己研鑽が必要だと改めて認識した症例でした。

リハビリにはコミュニケーションが効果的

余談になりますが、今まで数多数多くの口腔がんによる摂食嚥下障害の患者さんとかかわる機会がありました。個人的な感想ではありますが、よくしゃべる方は嚥下機能も改善する傾向にあるという印象があります。
英会話もそうなのかもしれませんが、「ちゃんと伝わるようにしゃべろう」と構えずに、“とにかくしゃべる”。そして、聞き返されてもめげたりせず、諦めずに何度でも伝えるというのが、嚥下機能のリハビリにおいても大事なのかもしれません。
ちなみに、私は英会話がまったくできないのですが、その一因として「発音がかっこよくできない」とか「文法がわからない」とか、そうしたことを頭でぐるぐると考えてしまって言葉を発することができず、貝のように“押し黙ってしまう”ということがあるのかもしれません……。

嚥下機能のリハビリをされている方に、食事内容の聞き取りなどをする機会は少なくないと思います。自分の話した内容や質問に、聞き返されていい気持ちになる方はいないでしょう。「は?」「え?」と聞き返すのではなく、少しでも相手が嫌な気持ちにならないようなコミュニケーションのとり方を身に付けることが必要だと思います。

このようなことに気づいたり、実際の成功体験に結んだりするためにも、本当に、“継続は力なり”“経験は宝”だと実感しています。(『ヘルスケア・レストラン』2024年8月号)

豊島瑞枝(東京医科歯科大学歯学部附属病院 管理栄養士)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年より東京医科歯科大学歯学部附属病院勤務となる。摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、NST専門療法士

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