食べることの希望をつなごう
第75回
医療保険と介護保険の隙間

連絡がつかなくなっていた叔母の安否確認がとれてほっとしたのもつかの間。電気・ガスが止まり、家の中の様子から、生活がままならなくなっていることが予想されました。ひとまず一緒に温かい食事をとって、今後について考えることになりました。

腹ごしらえが終わり…

コンビニで購入してきたごはんを一緒に食べ、さっそく叔母に話を聞いてみました。どうやら、だんだん歩くのが大変になり、先日も家の前で転んでしまい、隣家の方に家の中まで連れてきてもらったとのこと。確かに、家の中でも掴まり歩きをしていて、足元がおぼつきません。
近くのコンビニまで行くのがやっとという状態になり、銀行に行くことができなくなったため、振り込み用紙は毎月送られてくるものの、支払いに行くことができずに電気やガスが止まってしまったようでした。

食事は1日に1~2食になっていて、家の中では何とか生活できていても、外出できなくなると銀行や買い物に行くことができず、あっという間に生活に支障が出てしまうことが叔母の様子からよくわかりました。
ゴミについても、きっちり分別はされていましたが、指定されたゴミ捨ての曜日・時間に出すことができないので家の中で溜まっていってしまい、そのうち、指定のゴミ袋も底をついてしまったようでした。買い物に行けないので中性洗剤や手洗い石鹸などもなく、空の容器が残っているだけ。衛生面も悪化していたことがわかりました。
また、ガスが止まっていてお湯が出ないことに加え、足もとが危ないなか、お風呂にも入れなくなっていることがうかがえました。

緩やかな老いは変化に気づきにくい

日常生活を送れるようにと、電気会社とガス会社に復旧の手続きについて問い合わせ、指示を仰いだところ、幸い、ガスはすぐに復旧できそうでしたが、電気は難しそうだとわかりました。電気が通じないことには、夜は暗いしエアコンも使えず、生活するのは難しそうです。
とりあえず、土・日は叔母と一緒に泊まれるホテルを探し、その間に電気を何とかするしかないかと思っていたところに、地域包括支援センターの方から連絡が入りました。私費で利用できるショートステイ先を探してくださったのです。「今から1時間後に迎えに行くから、必要な荷物をまとめておいてください」とのことでした。それを聞き、心から「助かった!!」と思いました。

慌てて必要な荷物をまとめ、叔母に「電気もガスも止まっていてこのまま生活するのは難しい。今までどおり安全に生活できるよう自宅を整える間、ショートステイを利用してほしい」と状況を説明しました。嫌がるかなと思ったのですが、案外、叔母の受け入れはよく、「わかった」と納得してくれました。
家の前に地域包括支援センターの方の車が止まり、「さぁ、施設へ向かおう」となったその時、叔母の靴がないことが発覚しました。どうやら、スニーカーのような靴はしばらく使っておらず、サンダルで生活していたようでした。それを聞いて「そりゃ、転ぶだろうよ……」と思いましたが、そもそも、買い物に行くことができなくなっていたのですから、当たり前と言えば当たり前。ちょっとした困ったことがあっても、「何とかなっているし、まぁいいか」とあと回しにしていたら、いつの間にか生活が立ち行かなくなったのではないかと思います。

地域包括支援センターの方と車に乗り施設に向かう道中、叔母はいたって普通の様子で、「あそこのお店はおいしいのよ」「こっちに行くと△△市よね?」など、道路や現在位置、お店の場所などは理解しているようでした。「どうしてもっと早く助けを求めてくれなかったのだろう」と思わずにいられませんでしたが、日の出とともに目覚めて日没とともに眠るような生活で、周りが思うほど大変だと感じていなかったのかもしれません。
今回、連絡がつかなくなる前までは電話で会話できていましたし、バリバリ仕事をしていた叔母。いつの間にか自分が年齢を重ねていたことに気づかず、何となく不安はありながらも月日が経っていたのだと思います。

施設に到着して荷物を渡し、ようやく叔母を安全な場所にお願いすることができました。施設の方は皆さん慣れた様子で叔母を受け入れてくださり、付き添った私にも、不安がないよう質問にも丁寧に答えてくださったのを覚えています。その日は、地域包括支援センターの方に最寄りの駅まで送っていただき、帰宅することにしました。
しかし、「これからやらなければならないことがたくさんありそうだ」という漠然とした不安と、とてつもない疲労感にぐったりでした。

誰もが安全に楽しく生活できるように

私は平日仕事をしているため、動けるのが土日・祝日と仕事が終わったあとになります。とりあえず電気を復旧させて家を片づけないことには、叔母を帰宅させることができません。ありがたいことに、ショートステイは2週間近く利用できるよう融通してくださったので、その間に何とかしておこうと、目まぐるしい日々が始まりました。

ショートステイを利用してから4日目のこと。仕事帰り、叔母に会いに行くととても元気そうな様子。開口一番「すごく快適なのよ!」と興奮気味に話し始めました。もともとおしゃべりな人だったのですが、話し出すと止まりません。
「おもしろい人がたくさんいる」「私より年上の人と話して、とても楽しかった」「毎日3食とおやつが出るし、室内も寒くなくてとてもいい」「お風呂に入れる」「ぼうぼうだった髪の毛を乾かして整えてくれた」「お風呂や着替えを手伝ってくれる人が、とにかく優しい」など絶賛です。
一人暮らしが当たり前だった叔母には、常に話し相手がいる環境がよかったのかなと思いました。食事は常食で完食しているとのことで、ほっとしました。

いろいろな方からの力添えもあり、現在は自宅で独居を続けている叔母ですが、食べたい時に食べたいものを食べることや栄養面に配慮することは、正直、難しそうだなと感じます。普段はヘルバーさんが叔母と一緒に食べたいものをつくったりお惣菜を購入してくれたりしてくださいますが、私が様子を見に行く時は、何が食べたいかリクエストを聞いてそれを持参するようになりました。生ものを食べる機会が少ないようで、お刺身やお寿司は喜ばれます。

諸所で「些細な変化に気づいて」なんてえらそうに言っておきながら、身近な人の些細な変化に気づけなかったことを、とても悔やんでいます。
健康で定期的な受診がない方の変化にどうしたら気づくことができるのか。特に不調がなくても定期的に受診していたらよかったのか、何か早めに気づく方法があったのか……。
見守りサービスの方から連絡を受けたあとに初めて叔母に会えた時、“仙人”かと思うほどの風貌の変わりように驚きました。そして、医療も介護も受けておらず、サポートも受けずにぎりぎりながらも何とか生活できていた方が一歩つまずいてしまうと、それを立て直すのは容易ではないことを実感しました。
今後は、今回のケースを念頭に置き、どんな方でも安全に楽しく食事ができるシステムを構築できたらと思っています。(『ヘルスケア・レストラン』2024年6月号)

豊島瑞枝(管理栄養士)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年より東京医科歯科大学歯学部附属病院勤務となる。摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、NST専門療法士

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