お世話するココロ
165回
2024年4月からの介護報酬改定

2024年4月から、介護報酬が改定されています。全体の内容としては、「プラスの改定」と言われているのですが、訪問介護については前回から減額となり、関係者から不安の声が上がっています。

必要な支援が受けられない

国の高齢者政策は、「時々入院、ほぼ在宅」。今後は、簡単には入院できず、可能なかぎり自宅で過ごす傾向がますます強まると考えられます。
ならば、自宅で過ごすための支援を充実しなければならないところなのですが、これがなかなかうまく進んでいません。さまざまな介護を提供する支援者、いわゆるヘルパーが圧倒的に不足しているのです。

3年前、訪問看護の仕事をしていた時、ヘルパーの事業所が廃業し必要な支援が受けられない利用者さんが出ました。ケアマネジャーの尽力で代わりのヘルパーを探せたのですが、この時、ケアマネジャーの言っていた次の言葉が忘れられません。

「今回は何とかなりました。でも、これからこういうことがどんどん起きてきますよ。そもそも、ヘルパーのなり手が少ないんです。そこに、ケア度の高い人がどんどん地域に来ますから。パンクするのは見えています」

これは、本当にそのとおりでした。今、病棟で退院支援にかかわるとヘルパーの手当てがつかず、難渋する例も聞こえてくるのです。
長期入院になりがちな精神科の患者さんは、ただでさえ退院に不安を感じています。ここでスムーズに支援が決まらないとますます不安になり、退院の機を逸することも……。これは、患者さんにとっても、退院促進を進める病院にとっても残念な話です。
では、国はこのヘルパー不足について対策を講じているのでしょうか。もちろん、考えてはいるのでしょうが、いまひとつ、はっきりしません。

小規模事業者に厳しい改定

このような辛口な評価になるのは、2024年4月から実施される介護報酬改定で訪問介護の報酬が減額となったからです。具体的な例を挙げましょう(表1参照)。表のように、身体介護、生活介護のいずれも基本報酬が減額され、長時間のケアになるほど減額される金額は大きくなります。

表1 訪問介護における報酬減額例

身体介護(食事や排泄の介助、更衣など身体に直接触れる介護)
時間 改定前・報酬額 改定後・報酬額 差額
20分未満 1670円 1630円 -40円
20分以上30分未満 2500円 2440円 -60円
30分以上1時間未満 3960円 3870円 -90円
1時間以上 5790円 5670円 -120円
追加料金30分増ごと 840円 820円 -20円
生活介護(洗濯、掃除、炊事など家事支援)
時間 改定前・報酬額 改定後・報酬額 差額
20分以上45分未満 1830円 1790円 -40円
45分以上 2250円 2200円 -50円

出展:民医連新聞「2024年介護報酬改定 訪問介護が報酬削減の標的に 国は介護現場の困難解決に本腰を」(2024年4月2日より抜粋、一部編集)

こうした減額の根拠と背景については、次の解説が腑に落ちました。
なぜ訪問介護が削減の的にされたのか。昨年度厚生労働省が実施した介護事業所対象のアンケート調査(「介護事業経営実態調査」)では、訪問介護の収支差率が平均7.8%(22年度)でした。国は、介護事業全体の平均2.4%と比べて収支差率が「高かった」ことを引き下げた理由としています。
しかしこのアンケートは、国が抽出した事業所だけが対象のうえ、調査項目が膨大なために人員の少ない小規模事業所ほど回答が難しく、「実態を正確に反映していないのでは」と言われています。その調査結果を見ても、延べ訪問回数が一番少ない事業所群(月200回以下)の収支差率はわずか1.2%です。最も回数の多い事業所群(月2001回以上)は13.2%と、大きな開きがあります。

回数が多いほど収支差率が高くなるのはなぜか。全日本民主医療機関連合会事務局次長の林泰則さんは、「高齢者住宅併設で、その住宅の入居者のみを対象にする事業所ほど収支差率が高く出ると言われている」と指摘。逆に、地域を一軒ずつ回る小規模な事業所ほど収支差率が低くなります。これらの事業所をまとめて平均を出して削減の理由にすること自体が無理筋で、国が掲げる「地域包括ケア」の理念にも反すると批判されています。
(全日本民主医療機関連合会:民医連新間「2024年介護報酬改定訪問介護が報酬削減の標的に 国は介護現場の困難解決に本腰を」2024年4月2日より抜粋、一部編集)

つまり、もとになるアンケートが小規模事業所の実態を反映しにくいうえに、「高齢者住宅併設で、その住宅の入居者のみを対象にする事業所」は、比較的大規模な事業所。こちらの収益の高さが訪問介護の収益を引き上げたというわけです。
結果として、利用者さんの家を一軒一軒回る本来の訪問介護を担う小規模事業者の状況は「反映されていない」と言えるでしょう。
訪問介護を担うヘルパーについては、現場でケアをする時間しか報酬が発生しません。そこに到着するまでの交通費は入っておらず、改定前の報酬でも「厳しい」との声が上がっていました。
併設された高齢者住宅にのみ行くのであれば、この交通費の問題も発生しません。点在する家と家を移動しての訪問とは、あまりにも差があるのです。

ヘルパーの待遇改善が急務

ヘルパー不足は、構造的な低賃金に根本的な原因があります。ほとんどが非正規で、現場に直行直帰。移動時間は給与の対象にはならず、現場で働いた時間のみ時給が発生します。
残念ながら現状では、ヘルパーだけの仕事で生活するのは至難の業。時代が変わり、地域包括ケアを担う中心的な業種となったとしても、根本的な待遇は変わっていないと感じます。
しかし、ヘルパーの仕事に誇りをもち、働き続けようとする人たちもたくさんいます。そうしたなか、現状を変えようと3人の女性ヘルパーが立ち上がりました。
「訪問介護ヘルパーの低賃金と劣悪な労働条件は厚生労働省の責任である」として、国に損害賠償を求める裁判を起こしたのです。

22年1月、一審の東京地方裁判所は原告の訴えを退け、原告が上告。二審で原告は、「利用者宅への移動や待機時間、利用者の都合によるキャンセル時の一部賃金の支払いを受けておらず、こうした労働基準法違反の状態を国は知りながら是正しなかった」と明確に主張しました。
この一連の裁判で、原告は「事業所が移動時間なども含め十分な給与を支払える介護報酬でなく、介護保険制度にも問題がある」という理由で国を訴えています。そして、未払い賃金など原告1人に300万円を支払うよう求めたのです。
今年4月2日東京高等裁判所は請求を棄却。一方で、「賃金水準改善と人材確保が長年の政策課題とされなから解決されていない」と介護保険の問題点を認めています。
すでに原告が控訴し最高裁判所へと進みますが、ヘルパーの現状と問題を広く知らせるうえで、とても意義のある裁判になっています。

移動にかかる労力やキャンセル時の収入減。これらのマイナスを考えると、ヘルパーはどうしても報われない仕事に思えます。一方で、多くの人が「それでもやりがいがあるから」と訪問介護を支えてきました。しかし、働く人のやせ我慢に頼る体制はあまりにも無理があります。
ヘルパーの待遇が改善され、多くの人がなりたい仕事になってほしい。そう願わずにはいられません。(『ヘルスケア・レストラン』2024年6月号)

宮子あずさ(看護師・随筆家)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある

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