“その人らしさ”を支える特養でのケア
第67回
経験のない疾患への栄養ケア
高血圧症や糖尿病などの生活習慣病をもつご利用者の栄養ケアは、ほとんどの管理栄養士が経験すると思います。では、栄養ケアの経験のない疾患に直面した時、皆さんはどのようにしていますか?私はまず、調べることから始めます。
「痛くて噛めない!」
睡石症とは
Iさんは入居時から食事摂取量が少なく、ご本人が「残すともったいない」とおっしゃることから、食事は基準の半分量を提供していました。もちろん、それだけでは栄養必要量が足りないため、ご本人の嗜好に合う内容で摂取量を維持するために、栄養補助食品などで不足分の栄養量を補うよう工夫していました。
ある日の申し送りで「Iさんが耳の下あたりに痛みがあると訴えている」ことを知りました。その日のうちに私もIさんと面談すると「噛むと痛い。痛くて食事が食べられない」とおっしゃいます。
そのあとIさんは受診し、「唾石症」と診断されました。主治医から、抗生剤の内服と味の濃いものの摂取を控えるようにと指示がありました。
恥ずかしながらその時初めて耳にした「睡石症」という病名。インターネットで調べてみると「唾液腺の中や導管の中に石ができる病気」とあります1)。また、歯科衛生士にも睡石症とは何かを聞いてみましたが、同様の返答でした(余談ですが、動画投稿サイトで検索すると、睡石症の関連動画もありました)。
また、前述の唾石症の説明では、「イメージとしては尿管結石や胆石と似ています」とも書かれています。このことから、食事をして唾液腺が刺激されると痛みが出ることが想像でき、主治医から言われた「味の濃いものは控える」という指示に納得しました。
主治医の指示と唾石症の特徴を理解し、Iさんの食事では味の濃いもののほかに、「唾液がたくさん出そうな味付け」の料理を控えるように調整しました。具体的には塩からいものや酸味の強いもの、香辛料の多いものの提供頻度を減らしました。
一方で、もともとIさんには食欲不振の対応として、ご本人の希望もあり梅干を提供していました。入居時から続く食欲不振は唾石症以前の原疾患によるものと考えられており、「施設の食事は味が薄くて食べにくい」という訴えがあったため、主治医に許可を得て梅干を提供していたのです。そして、それが食事摂取量の維持に一定の効果を生んでいました。
唾石症と診断されたあと、Iさんには看護師を通じて、「梅干を食べると痛みが出る可能性が高いです」と説明しており、診断後の食事からは梅干を提供していませんでした。その後、Iさんから「梅干を控えると痛みは和らぐけれど、やっぱりおかゆに何かを付けたい」という希望があり、主治医と相談して、梅干よりは刺激が少ないだろうという理由から、のりの佃煮を付けることで落ち着きました。
主治医からは痛みがなくなれば食事制限は終了という指示があり、介護職員と情報共有を行いました。この際、Iさんの状況に合わせた対応を行うために、Iさんから痛みの訴えや食事に対する要望などがある時には、管理栄養士にも情報共有してほしいと伝えています。
初めて経験する疾患の栄養ケアで気を付けること
今回、初めて聞く疾患と出合いました。特養で仕事を始めてから感じるのは、意外にも病院で仕事をしていた時よりもさまざまな疾患に出合う、ということです。
聞いたことがない疾患を耳にした時、私はまずインターネットで調べてみます。ネットの情報が玉石混交であることは皆さんもご存じだと思いますが、大学病院をはじめとする医療機関から提供されている情報を中心に、いくつかのサイトを確認して精度を高めています。
サイト内で確認する内容は、疾患の概要、症状、治療法などです。管理栄養士としては、栄養療法の各種ガイドラインがあるとうれしいのですが、ガイドラインのある疾患ばかりではありません。そのような時は、疾患についての情報から、食事摂取や消化吸収、栄養代謝に影響が出そうかどうかを考えていきます。この時、健康な身体の解剖生理について理解がないと考察が難しいため、調べたり勉強したりする範囲はどんどん広がっていきます。また、特養のご利用者の特性から、加齢による生理的変化についても併せて考えています。
Iさんの場合も、まず「食べることで痛みが出ることからさらなる食欲不振の原因になりそうだ」と想像できます。次に、「唾液腺を刺激することでも痛みが出るのなら、唾液分泌を促進するような食べ物は避けたほうがよさそうだ」と考えていきます。睡石症が惹起する食欲不振の原因となっている痛みをなくすことについては、栄養ケアだけでは太刀打ちできませんが、痛みのレベルを下げることは栄養ケアにもできそうです。
多くのご利用者が罹患している疾患であったり、栄養療法のガイドラインが明確になっている疾患であっても、きちんと疾患やガイドラインを理解したうえで、栄養ケアにどう展開していくのか考察することが必要だと考えています。それによって、ご利用者の状況(病態)に合わせた対応も可能となります。
特養のご利用者は複数の診断名がついていることが多く、それぞれの疾患の影響が考えられる場面が散見されます。ただし、診断名がついている疾患の病状が落ち着いていれば、積極的な治療は必要でない場合もあります。個々のご利用者の状況について、管理栄養士だけで判断することはありませんが、ほかの職種がそれぞれとらえている病状を理解するためにも、疾患を調べたほうがよいと思っています。
私が疾患について調べることには個人的な好奇心もあります。新しいことを学ぶきっかけと、それが業務につながる充実感や達成感がこの仕事の醍醐味だなあと感じています。(『ヘルスケア・レストラン』2023年7月号)
【参考文献】1)順天堂大学医学部附属順天堂医院耳鼻咽喉・頭頸科:曜石症,
https://hosp.juntendo.ac.jp/clinic/department/jibi/disease/other_diseases/other_diseases07.html
(2023年5月10日)
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る