栄養指導で”あるある!こんなこと”
第119回
市販の野菜がどうしてもおいしく感じない
自身で野菜づくりを始めて健康な身体に
Hさんは80代前半の男性で、ここ7~8年間血糖値が高く、郡山市のクリニックに通院していました。食事面のアドバイスが欲しいと、友人の紹介で管理栄養士のいる当院を受診されました。今回はそんなHさんの糖尿病の意外な原因を紹介します。
生活習慣に問題はなさそうだけど……
Hさんの初回受診時の身長は165cm、体重は80kg、BMIは29.4kg/㎡と見た目以上に体重がある患者さんでした。
血糖測定の結果、空腹時血糖が120~140mg/dl、HbA1cは8%台前半でした。初回はいつもどおり食習慣の聞き取りを実施しました。
田村:管理栄養士の田村と申します。よろしくお願いします
Hさん:よろしくお願いします
田村:Hさんは今回、糖尿病の食事のお話ということですね
Hさん:はい。ずっとほかのクリニックで薬をもらっていたけど、もう少しやせなさいって先生に言われて。だけど具体的な食事の話はなくて困っていたら、友だちにここは管理栄養士さんがいるからって勧められました
田村:今後何回か通っていただくことは可能でしょうか?
Hさん:前の先生に紹介状を書いてもらったから、こちらに転院しますので大丈夫です
田村:・紹介状を拝見しますね……。郡山市のクリニックですか?
Hさん:もともとは原発近くの町に住んでいましたが、被災してあちこちに避難し、郡山市には3年間住みました。今は息子と一緒にこのいわき市に家を建てて住んでいます。郡山市の先生には避難中にお世話になったし、向こうにいる友だちにも会いたいから、ドライブかたがた月1回程度通院していました
田村:そうでしたか。いわき市から郡山市までは車で1時間ほど。確かにドライブにはいい距離ですね
Hさん:はい。でも歳も歳だし、こっちに住んで5年になるから、ここを紹介してもらってちょうどよかった
田村:わかりました。では、食事についてうかがわせてください
食習慣の聞き取りを実施してみると、甘い飲み物は飲まない、アルコールも週に1回飲むかどうかでした。運動は月に1~2回のゴルフ、趣味は避難中に始めた川柳とのことでした。
野菜が好きすぎて食べられない!
田村:Hさんはご自分でも野菜の摂取量が少ないと感じていますか?
Hさん:はい
田村:あまりお好きではないですか?
Hさん:いえ、好きです。実は農家育ちで現役時代はずっと農林水産省関連の仕事をしていました。全国を農業の指導で回っていたんです。定年後、震災前にやっと自宅の田畑をやるようになって、野菜や米を農協の直売所にも出し始めたんです
田村:そうだったんですね?
Hさん:自分で言うのもなんですが、私がつくる野菜はおいしいって評判でね
田村:そうですか。私も実は野菜づくりに興味があります。知識も経験もまったくないんですけどね。料理もそうですが、農業って科学的ですよね
Hさん:そうなんですよ。野菜をつくるには作物の特徴を踏まえての土壌づくりが大切だし、天候不順や虫の害もあります。農薬を使えばそれは簡単なことだけど、身体に入るものだからね。できれば農薬は使いたくないですよ
田村:そうですね。売っている野菜はどれくらいの農薬を使っているか、わからないですよね
Hさん:そうです。見た目はきれいだけど、色も味も自分で吟味してつくったのとは全然違う
田村:なるほど。それは野菜の摂取があまり進まない原因になりますね
Hさん:今、いわき市で畑を探しています。見つかれば野菜をつくれるし、野菜づくりには体力も必要ですしね
田村:それ、とても大事ですね。野菜の摂取にもつながって運動にもなりますね
Hさん:やっぱり、本気で探してまた始めるかな?
田村:それがいいと思います
Hさん:うちのも元気だし、やっぱり買って食べる野菜はおいしくないなってぼやいています。それでどうしても野菜を食べる量が前に比べたら減っているね
田村:ところでHさん、糖尿病はいつからですか?
Hさん:震災前は特に指摘されてなくて、やっぱり避難生活になって3年過ぎた頃からだね。当時は住む場所も転々としていたし、家を建てるまで6回も移転したからね
田村:そうですか。本当に大変な数年間でした。もちろん今でも解決したわけではありませんが、皆さん、同じくらい避難場所を移転されているとお聞きします
Hさん:定年後、先祖が残してくれた田畑でもやって、のんびりしようとした時にまさかこんなことになって……。田んぼも畑もなくなるとは思わなかったね。まぁ、嘆いていても仕方ないから今を楽しく、元気に過ごすしかないよな
田村:そうですね。できるだけ健康で長生きしましょう
それから毎月、Hさんは通院と栄養指導に来ています。通院4カ月後には体重は2kgほど落ちて、血糖値とともに少しですが改善傾向が見られています。
Hさん:先生からはこれ以上悪化しなければいいって言われているけど
田村:そうですね。他院だともっと厳しく言われるかもしれませんが、ある程度年齢も考慮して、今ぐらいで経過をみてもいいと思います
Hさん:そう言えば先月、思い切って畑を借りたよ。今は野菜を植えるために土づくりで忙しいよ
田村:だからですかね。今月またちょっと血糖値が改善してますね
Hさん:久しぶりの畑仕事で張り切ったら筋肉痛なんかになっちゃったよ
田村:それだけ畑などの農作業は大変なんですね
Hさん:そんなに広いわけではないから鎌を使って手作業でやっているからね。広ければ近所から家庭用の耕運機を借りてくるけど。身体のためにも動けるうちは自分で頑張ってみるよ
田村:素晴らしいですね。お野菜が採れたら身体にもいいし一石二鳥、いやそれ以上ですね
1年後、Hさんの体重は初回受診時から5kg減り、空腹時血糖も110mg/dl台、HbAlcは7.5%前後で推移しています。Hさんからはよく「ここ1年、ひと通りの野菜がつくれた。新鮮でおいしい野菜が最高だよ」との言葉があります。また、「元気で死ぬまで畑仕事ができるよう、毎晩ちょっとだけど筋トレも始めたんだよ」という話まで飛び出しました。
震災で生活が一変して避難生活を続け、それでも川柳など趣味を見つけたHさんでしたが、もともとやりたかった畑仕事ができるようになり、クリニックに来られた頃とは比べものにならないほど活気があり、毎回楽しそうに野菜づくりの話をしてくださいます。放射能の線量の問題が解決したら、実家の畑と田んぼも復活させたいそうです。
いくつになっても前向きに夢をもっておられる姿にとても勇気づけられます。(『ヘルスケア・レストラン』2023年6月号)
福島学院大学短期大学部
食物栄養学科講師
かとう内科クリニック 非常勤 管理栄養士たむら・かなみ●療養病院、急性期病院での勤務を経て、2011年8月からフリーランスの管理栄養士として活躍中。福島県いわき市内のクリニックでの栄養指導や全国各地での講演活動、自宅で暮らす高齢者の栄養サポートにも力を入れている