お世話するココロ
第153回
初めての骨折から学んだこと

私はどちらかといえば体力があり、動くのが苦にならぬ性分です。しかし、先日初めて骨折して、看護業務ができなくなり、改めて、元気に働けることのありがたさを確認しました。

墓参りの帰りに受傷

それは、春分の日の出来事でした。
両親の墓参りをしようと思い、夫と大田区の池上本門寺へ。帰りは夫の母校である東京工業大学まで歩き、咲き始めの桜を見て、電車で帰路に着きました。
そして、自由が丘駅で乗り換えの際、電車に駆け込んだ私は、車両内の乗客とぶつかって転倒。思い切り腰骨を打ってしまいました。
痛みのあまり、大の字になったまま動けず、周囲の気遣う声が聞こえます。その恥ずかしさといったら……。あとはもう、気合いで歩いて帰りました。

翌日整形外科を受診し、診断は骨折。医師はこう言いました。
「これは痛いね。骨はずれていないから、このまま時間が経てば治るよ。痛いのは1~2週間かな。その間は痛かったら痛み止めを飲んで、なるべく痛くないように過ごしてください。可能なら働いてもかまいません」
骨折という診断も、その対処も、すべて予想の範囲だったので、ショックはありませんでした。前屈みにさえならなければ、さほど苦痛ではなかったのです。
歩行もゆっくりならば問題なし。手や足の骨折に比べれば、不自由はないように思えました。

それにしても、悔やまれるのは自由が丘駅での駆け込み乗車です。慣れない駅の乗り換えだったため、来た電車に乗らねばと、気が急いだのが敗因でした。
考えてみれば、電車1本に乗り遅れたところで、次を待てばいいだけの話だったんですよね。「急がば回れ」「急いては事を仕損じる」。受診した帰り道、教訓となる言葉が頭に浮かんでは消えたものです。

思えば、転倒したその日に手を合わせた両親はどちらも、転倒が死期を早めるような経過でした。特に父は、肝臓がんの治療中、自宅で転倒。腰椎圧迫骨折で寝付いてしまい、誤嚥性肺炎を併発したのが命取りになりました。
「転ぶくらい身体が弱ったら、もう助からない」。それが父の理解でした。私の場合、そこまで深刻ではないものの、やはり転倒は恐いですね。
二度と駆け込み乗車はするまい。その誓いだけは、固く心に決めています。

肉体労働のリスクを実感

骨折と聞いて、まず気がかりだったのは、勤務のことでした。医師から「可能なら、働いてもかまいません」と言われたものの、前屈みになるのは無理。これでは寝ている患者さんに顔を寄せて話すこともできません。
結局、勤務先に事情を話して休み、復帰は受傷から10日目となりました。もともと週に3日勤務の非常勤なので、穴を開けたのは5日間。思ったより早く勤務に戻れ、ほっとしました。

ただ、休んでいる間弱気な考えも浮かびました。年齢を重ねると、「何かとダメージがくるボディ。この数年、膝や肩、腰などの痛みに時折悩まされています。
実際、50代になった頃から整形外科にかかる機会が、ぐんと増えました。今年はついに還暦。この傾向は、増しこそすれ減じることはないでしょう。

今回の骨折では、動き回らなければ、強い痛みは出ませんでした。ですから、デスクワークなら休まずに済んだでしょう。
たとえば以前のような管理職であれば、働けたに違いありません。あるいは、役職がなくとも、常勤であれば話が違うでしょう。看護師の日勤業務のなかには、リーダーや薬係といった、あまり動かずにできる仕事があります。実際、体調に問題がある勤務者には、しばしばそうした役割が割り当てられていました。
しかし、これらの業務は継続性が求められるため、勤務日数が少ない職員には割り当てられません。よって、私が果たせる役割は、日々の患者ケア。検温、保清をはじめとする身体ケアが中心になるのです。

1年前、訪問看護室から病棟に移るにあたっては、担うことができる役割を考えたうえで、身体ケアの多い病棟を希望しました。その希望が叶って今の働き方があるわけです。
もともと私は保清に関するケアが大好き。保清こそ、人間の尊厳の基本だと考えているからです。だから、今の仕事にとても満足しています。
ただ、今回出勤できない日が続くなかで、私が希望する働き方は、身体が丈夫でこそ成り立つもの。その事実を痛感させられました。職場の定年は64歳になる前日まで。あと4年の間、今の丈夫さ、元気さを維持できるのか。
初めて、ちょっとだけ不安になったのでした。

痛みがある時の動き方

このように不安になった一方で、転んでもただでは起きぬ、新たな発見もありました。
受傷を機に、腰に痛みがある時の動き方を体得し、痛みをかわしながら動けるようになったのです。繰り返しになりますが、一番の問題は前屈みになれないこと。
具体的には、次のようなことが困難でした。

①低い場所にある物をとること(特に落ちた物を拾うこと)
②座っている体勢から立ち上がること
③洗面台で顔を洗うこと(はじめ、手を洗うのもつらかった)

この3つは、普段なら意識せずにできることばかり。生活上避けられない動作でもあり、できないと本当に不便です。
受傷してすぐは不用意に動いてしまって腰に激痛が走り、何度もフリーズしました。
ところがおもしろいことに人間は現状に慣れていくのですね。日が経つにつれ、痛みが出ないように動けるようになりました。

まず①では、何より、腰を屈めないように気を付けなければなりません。そのためには、体幹をまっすぐにしたまま膝をつくこと。そうすれば、さほど痛みもなく落ちた物も拾えます。
次に②について。①様、体幹をまっすぐにしたままなら、立つのも苦にはなりません。何かに掴まり、腕の力で身体を引き上げること。周りに何もなければ、自分の腿あたりに手をつき、身体を持ち上げるようにすると、それだけでかなり痛みが和らぎます。
最後に、③について。洗面台で手を洗うだけでも、意外と私たちは腰を屈めています。ましてや、洗顔の時はさらに深く腰を屈めます。
私は始めの数日、洗顔がつらくてたまりませんでした。ふと気づいて、洗面台の中に手をつき、もう片方の手で顔を洗ってみました。片手で洗うのは難儀でしたが、痛みからは解放されました。このような工夫は、文字にすると当たり前すぎて馬鹿げているように見えますが、実際必要に駆られてあれこれ工夫した結果。予想以上に効果的でした。

痛みがある時の動き方を身に付けると、無理なく動けるようになりました。今回はけがでしたが、今までのように、突然腰痛などに見舞われるかもしれません。
残念ながら、整形外科的なトラブルは、歳を重ねると増えていきます。それでも、工夫し考えながら動くことで、痛みは軽減できる。そう思うと、まだまだいける。そんな気持ちを強くしました。大丈夫、老いても知恵と工夫で乗り切っていける!(『ヘルスケア・レストラン』2023年6月号)

宮子あずさ(看護師・随筆家)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある

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