栄養士が知っておくべき薬の知識
第142回
摂取する脂質の組成にも言及した
動脈硬化性疾患予防ガイドラインについて

今回は昨年改訂された動脈硬化性疾患予防ガイドラインについて述べます。 動脈硬化「予防」としたこのガイドラインでは、動脈硬化の原因として摂取する脂質の組成について細かく言及しています。 薬物療法では、強力なLDLコレステロール低下作用をもつリピトール®やリバロといったスタチンでさえも治療の難しい 家族性高コレステロール血症治療薬において、近年発売されたMTP阻害剤について触れられています。

空腹時の中性脂肪にも注意

脂質異常症の診断基準は、以前より用いられているLDLコレステロール(LDL-C)が140㎎╱㎗以上、HDLコレステロールは高いほうが良く40㎎╱㎗未満、トリグリセリド(中性脂肪)は空腹時で150㎎╱㎗以上でした。

今回、動脈硬化性疾患予防ガイドラインにおいて、中性脂肪が随時採血で175㎎╱㎗以上を脂質異常症と診断する点が付け加えられました。
通常、血液検査は空腹時採血が用いられ、12時間以上の絶食が必要です。糖尿病の診断にも、随時血糖値(今、測定した血糖値が200㎎╱㎗以上)が用いられているように、中性脂肪でも随時採血で175㎎╱㎗以上は脂質異常と判断されることが付け加えられたのです。

随時中性脂肪値が高いことが問題視されたのは、心血管イベントである心筋梗塞や労作性狭心症で、突然死のリスクが高いという研究報告がなされたためです。コレステロール値は食事の影響を受けずにほぼ一定ですが、中性脂肪は脂質を多く含む食事や飲酒によっても変化します。
これらを考えると高トリグリセリド血症である患者さんを多く拾い上げる懸念もありますが、食の欧米化と言われて久しい現在の日本人の食生活に警鐘を鳴らすという意味があると思います。

このガイドラインでは、脂質の管理目標値として糖尿病や末梢動脈疾患、細小血管症(網膜症、腎症、神経障害)合併時、または喫煙ありの場合LDL-Cを100㎎╱㎗未満、これらがない場合は従前どおり120㎎╱㎗未満としています。

さらに二次予防として冠動脈疾患にアテローム血栓性脳梗塞が追加されLDL-C100㎎╱㎗未満、さらに急性冠症候群、家族性高コレステロール血症(FamilialHypercholesterolemia:FH)、糖尿病、冠動脈疾患およびアテローム血栓性脳梗塞の合併は70㎎╱㎗未満を目標とした点がこれまでと異なります。

これらの管理目標値を達成するのは、薬物治療としてスタチンだけでなくエゼチミブやヒト抗PCSK9モノクローナル抗体(エボロクマブ、アリロクマブ)が併用されます。また食事管理も重要です。

脂肪酸の組成にも言及された推奨・摂取制限事項

以前、日本循環器学会から冠動脈疾患の一次予防に関する診療ガイドラインが発出された時にも記載されていた内容ですが、脂質のとり方についても言及されています。
すなわち適正なエネルギー摂取量のもと、飽和脂肪酸を減らして多価不飽和脂肪酸、特にリノール酸に置換することや飽和脂肪酸を一価不飽和脂肪酸に置換することも推奨しています。これは獣肉や加工肉、乳製品の摂取を減らすことと考えられます。
またトランス脂肪酸も控えます。牛肉や羊肉、加工品ではマーガリンやショートニングなどを含む菓子類摂取も制限することが推奨されています。中性脂肪を減らすためにはn-3系多価不飽和脂肪酸のうち魚肉摂取を推奨しています。

このように各研究結果で得られた知見から、脂肪酸の質にまで踏み込んで、推奨する脂肪や摂取制限する脂肪について述べられています。
ただし薬剤師である私には、一体何をどのくらい摂取してよいか、何を食べてはいけないのか、あまり理解できません。おそらく一般の人も同じだと思います。
動脈硬化性疾患予防ガイドラインでは最後に次のように記されています。
「過食に注意して適正体重を維持する。
総エネルギー摂取量は目標とする体重×人によって異なる身体活動量によって決定する。
肉の脂身、動物脂、加工肉、鶏卵の大量摂取を控える。魚の摂取を増やし低脂肪乳製品を摂取する。
脂肪エネルギー比率は全体の20~25%、飽和脂肪酸エネルギー比率は7%未満、コレステロール摂取量は200㎎╱日未満に抑える。
n-3系多価不飽和脂肪酸の摂取を増やす。トランス脂肪酸の摂取を控える。
未精製穀類、緑黄色野菜を含めた野菜、海藻、大豆および大豆製品、ナッツ類の摂取量を増やす。炭水化物エネルギー比率を50~60%とし、食物繊維は25g╱日以上の摂取を目標とする。
糖質含有量の少ない果物を適度に摂取し、果糖を含む加工食品の大量摂取を控える。アルコールの過剰摂取を控え25g╱日以下に抑える。
食塩は6g未満╱日を目標にする」。

ホモ接合体性FH

FHは、先天的に低比重リポタンパク受容体に関連する遺伝子に変異が生じているため、LDL-Cを細胞内に取り込むことができず、血液中のLDL-Cが異常に高くなってしまう疾患です。
ホモ接合体性FHはとても稀なケースで、患者は30万人に1人と言われています。
一方、遺伝子の半分をもつ場合をヘテロ接合体性FHと言います。こちらは患者数が多く300人に1人(冠動脈疾患の30人に1人、重症高LDL-C血症の15
人に1人)が該当します。

ホモ接合体性の高コレステロール血症の場合、子どもの頃からコレステロールが細胞に沈着して、皮膚黄色腫、腱黄色腫、若年性角膜輪などといった特徴的な症状が見られます。高LDL-C 血症が持続するため若年時でも冠動脈疾患が起こりやすくなります。
一方ヘテロ接合体性では、アキレス腱肥厚を生じ、30歳頃から冠動脈疾患のリスクが高まります。

FHに対する治療方法

FHでは、まずスタチンやヒト抗PCSK9モノクローナル抗体による治療が行われます。しかしLDL受容体がほとんど存在しないFHでは十分な効果が期待できません。このような強力な薬物治療を行っても十分に効果が見られ
ない場合、FHを疑う必要があります。
この場合、透析のように血液を体外に出しLDL吸着法といってLDL-Cを除去するLDLアフェレーシスが行われてきました。最近になってMTP阻害剤ジャクスタピッド®(ロミタピド)が発売されFHにも効果が期待されています。ジャクスタピッド®は、肝臓でコレステロール合成を行うミクロソームトリグリセリド転送タンパク(MTP)の働きを阻害してコレステロールを減らす薬で、FHで変異の見られるLDL受容体に関係なくコレステロールを下げる薬です。
ただし、肝機能障害が現れやすいこと、食事では脂溶性の栄養素が吸収低下を起こすため、食事に加えてビタミンE、リノール酸、α-リノレン酸、エイコサペンタエン酸(EPA)およびドコサヘキサエン酸(DHA)を毎日摂取するよう指導することが推奨されています。

おわりに

今回は動脈硬化性疾患予防ガイドラインを中心に脂質異常症について述べました。食生活の改善がとても重要な疾患です。
一方、食事中の脂肪酸の質と言われてもわからないことが多く、管理栄養士による具体的な指導も大切です。
卵は1日に何個食べていいか、また1カ月でどれくらいなら獣肉を食べていいかなど、わかりやすい内容にかみ砕いて食生活を指導していく必要があるでしょう。(『ヘルスケア・レストラン』2023年6月号)

林 宏行(日本大学薬学部薬物治療学研究室教授)
はやし・ひろゆき●1985年、日本大学理工学部薬学科卒業。88年、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院勤務。2002年から同院NST事務局を務める。11年4月から日本大学薬学部薬物治療学研究室教授

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