食べることの希望をつなごう
第61回
食べることが
いつまでも楽しみであるために

口から食べることが当たり前にできている時には気づきにくいですが、疾患や加齢で食べることへのハードルが高くなると、苦痛になってしまう場合があります。栄養指導の際には、その方がいつまでも食事を楽しめるようにという視点をもってサポートすることが大切です。

経口摂取で患者が見せる笑顔

先日、栄養相談にいらっしゃった患者さんから、大変うれしいお話をうかがいました。その方は、舌亜全摘の手術を受けられ、術後の嚥下障害があるため退院後も摂食嚥下リハビリテーション外来に定期的に通院しています。
その方が術後、経口摂取を再開された時、「食べられる、おいしい」と涙されていたのを今でも覚えています。現在では食形態の調整は不要で、常食を普通に摂取できているそうです。「何を食べてもおいしくて、本当に幸せ。(手術する)前は嫌いだったものも、今ではおいしく感じられるようになった」と満面の笑みを見せてくれました。「口から食べられて幸せ」「食事がおいしい」「食事が楽しい」という患者さんの笑顔を見ると、経口摂取にステップアップできて本当に良かったなとしみじみ感じます。
ただ、健康診断で脂質異常を指摘されたとおっしゃっていました。術後は体重が減少する方が多く、体重増加はもちろん、維持すら苦慮することが少なくないなか、「これ以上太らないで!」とドクターストップがかかるほど、食事摂取が良好となる方もいらっしゃるのです。

経口移行における期待と不安

口腔がんの手術をされた患者さんの多くは、術後、経鼻胃管からの経腸栄養の期間を経て、経口摂取へと移行します。術後、初めて経口摂取をされる際は、摂食嚥下機能評価の結果をもとに、嚥下機能に適したリハビリを行いつつ食事が開始されます。やはり皆さん不安が大きいようで、「うまく食べられるか」「どれだけ食べられるか」と不安に思っていらっしゃる方が多いように思います。

また、特に舌の手術をされた方は、食事に対して「味を感じられるのか」「おいしく食べられるか」という不安もおもちです。術後初めての食事では、「おいしい」と涙を浮かべる方や「思っていたより食べられない」と落ち込む方、汗びっしょりになりながら「食べるのにこんなに力が必要だと思わなかった」とおっしゃる方など、皆さん「食べる」ということにそれぞれの思いを抱かれます。そんな姿を目にするたび、食事がもつ栄養摂取以外の意味を改めて考える機会になります。

自宅で食形態の調整は難しい

口腔がんの術後は、ほとんどの方が食形態を調整します。したがって調理に工夫が必要になるため、技術の有無は退院後に自宅療養をされる方にとって食事が準備できるかどうかに大きな影響を与えます。
咀嚼に多少問題はあるけれど、軟らかくしたり小さくしたりできれば食べられる、という日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021のコード4相当の食事であれば、調理に対する配慮もそれほど多くなく、レトルトパックなど市販品の選択肢も多いのですが、コード2-3くらいになると、ある程度の調理技術があったほうが、つくるだけではなく栄養量の確保においても有利になると思います。
また、ミキサーの使用が必須になる場合には、調理器具の購入から準備を整えることになります。調理技術があっても、退院後ある程度の期間はすべて手づくりしょうとは考えずに、市販品や栄養剤などと併用すれば良いと思います。

食事は毎日のことですが、お薬のようにきちんと決まった時間に飲んでもらう、というようにいきません。加えて、食材を用意し安全に食べられるように調理するだけでも大変なのに、栄養量の確保、さらには「おいしく」「楽しく」といった要素も求められます。そして食べ終われば片付けもあります。

入院中、できるだけADLの低下がないように、リハビリテーションを組み入れたり、トイレや口腔ケア、入浴など患者さんご自身で行っていただくことは多いと思います。しかし、食事に関しては、病院から提供されたものを食べて終わりです。食材の準備も調理もあと片付けもありません。そんな状況からいざ自宅に戻るとなると、退院したその日から日常生活が始まります。そのため、イメージしていた退院後の生活が、「思っていたのと違う」「うまくいかない」となってしまうため、サポートを必要とする方は決して少なくありません。

調理に対しては言葉である程度説明してから、「あとは実際にやってみて」という指導になりがちです。管理栄養士の言うとおり、「やってみて」から気づいた問題や困ったことがあったとしても、患者さんはどこに相談したらいいのかわからないということがよく起きます。
患者さんのなかには、少しくらい食べなくても大丈夫、と思う方が多くいらっしゃいます。そのため、どうしようもなくなってしまった時にはすでに深刻な栄養状態になっていることも多いのです。そのような患者さんが当院にいらっしゃるたび、在宅訪問栄養食事指導が使えたらと強く思います。在宅療養される方であっても、病院の生活をそのまま家に持ち込のまま家に持ち込むわけではありません。患者さんのステージが移行した時に前後のステージでかかわる管理栄養士同士がうまく連携をとり、患者さんが不安なく生活するためのサポート体制を構築できたらと思います。

食形態の調整が必要な人も外食を楽しむ

外食を楽しみたいと願う患者さんは少なくありません。しかし、食形態の調整が必要であったり、食形態を調整したほうが食べやすいという方のなかには、「何でも気にせず食べられるわけじゃないから」と、外食を諦めてしまうケースがあります。
しかし、食事のために外に出ることで活動量が増えたり、外出のために身なりを整えたりと、心身に良い影響を与えるため、ぜひお勧めしたいと思います。食事の準備に負担を感じている方にとって外食は、調理の手間やあと片付けがなく、気分転換にもなります。
最近は食形態を調整した料理を提供するお店も増えてきているため、日常の食事のヒントが得られるかもしれません。食形態の調整が必要な方も食事が楽しめる当たり前の環境、とまではいかなくとも、違和感なく受け入れることができる社会になると良いなと思います。そして、そのために私たち管理栄養士ができることは結構あるのではないかと感じています。

私は摂食嚥下障害患者さんとかかわる機会が多く、これまでいろいろな経験を重ねてきました。今後はその経験をどう活かせるか、そしてどのように患者さんに還元できるのかをしっかり考えていきたいと思います。(『ヘルスケア・レストラン』2023年4月号)

豊島瑞枝(東京医科歯科大学歯学部附属病院 管理栄養士)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年より東京医科歯科大学歯学部附属病院勤務となる。摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、NST専門療法士

TAGS

検索上位タグ

RANKING

人気記事ランキング