食べることの希望をつなごう
第60回
栄養の入り口である”口”
口腔ケアの意義を知ろう

皆さんは日々、患者さんの栄養状態に気を配ったり、食べにくさの有無を確認したりしながら食形態の検討を行っていることでしょう。では、口腔内の状態や口腔ケアにどのくらいの関心を寄せていますか?
口は栄養の入り口。管理栄養士も注目すべき領域です。

歩けない患者の口腔ケアの自由とは

先日、「食事摂取が進まない思者さんがいるので、どんな食事をオーダーすればよいか相談したい」と看護師から連絡を受けました。
早速患者さんのところに伺い、何か食べたいものがあるか聞いてみました。すると、お話ししているうちに、「カステラとか食べたいね」「量はたくさんいらないの。パンでも麺でも少しなら食べられそうだから。でも水ものはちょっと嫌だね。お腹がいっぱいになっちゃうから」など、いろいろと食べたいものが出てきました。
この患者さんに摂食嚥下障害はなく、食形態の調整は不要との指示でしたが、お話ししていると、歯がないことに気づきました。そこで、お口の中を見せていただくと無歯顎です。「入れ歯はお持ちですか?」とうかがうと、「そうだ、入れ歯を入れないと。……あ、でも入れられないんだった」とおっしゃいます。どういうことなのか聞いてみると、「歩けないから洗面所に行けない。だから入れ歯が入れられない」と肩を落とされました。看護師に確認すると、入れ歯を入れることは可能だから心配は不要と思ったようです。しかし、“歩けない・好きに移動できない=入れ歯が入れられない”と考えてしまったこの患者さんは、入院中ご自身のしたい時にうがいや歯磨きができていたんだろうかと、ふと考えてしまいました。

父の介護で思い出す口腔ケアの後悔

3年前、私の父は食道がんで亡くなりました。父は40代で胃がんのため胃全摘していましたが、その後の経過は良好で、定年退職後はかかりつけ医もありませんた。身体を動かすことが大好きで、退職後はマラソンに力を入れ、70代で何回もフルマラソンを完走したというのが父の自慢でした。胃全摘の既往のため、やせ形ではあますが体力には自信があり、お酒もたばこも食べることも大好きで、毎日晩酌をしては「食事とエサは違うんだ」とよく言っていました。

ある時、父の長引く咳が気になりました。病院嫌いの父を何とか説得して受診させたところ、食道がんと診断されました。紹介された大学病院では、「リンパ節の転移が大きく、手術は困難」と診断され、すぐに化学療法の予定が組まれました。化学療法を7回行ったところで、リンパ節転移の増大があり、薬を変更してさらに2回化学療法を施行しましたが、それも効果がないと判定され再度薬を変更することになりました。しかし今度は副作用が非常に強く出てしまったため、また薬を変更。1カ月に1回のペースで通院し、化学療法を続けていました。
初回の化学療法から2年経過した頃、通常なら化学療法終了後1週間程度で回復する食欲が戻らず、お腹に痛みと張りがあり1日500m程度の食事と、ペットボトル1本程度の水分摂取がやっという日が続きました。
濃厚流動食や経口補水液など、いろいろと試してみましたが、やはり量を摂取することができず脱水と精査のため緊急入院。検査の結果、お腹の痛みと張りは腫瘍の増大によるもので、今後さらに悪化する可能性があること、全身状態から今後の治療は難しいことが説明されました。もともと病院嫌いの父でしたから、娘の私たち3姉妹も、父と同居していた妹の家族も、在宅で療養するつもりでいたので、そのまま自宅退院を決めました。

家に帰ってしばらくは、持ち前のわがままぶりを炸裂させ、自由気ままに過ごしていました。歩けますし、食事も少量ながら食べることができ、晩酌もしていました。24時間中心静脈栄養は継続していましたが、身の回りのことは自分でできていて、パソコンに向かい自伝的なものを書き綴り、連絡先などもまとめ、身辺整理を行っていました。
しかし、家に帰ってきてからひと月ぐらい経過すると、だんだんと痛みが強くなり、うんうん唸ることが多くなりました。浮腫が出てきて食欲は落ち、ベッドでうとうとする時間も増えてきました。
トイレまで歩いて行くのですが、痛みで辿り着けなかったり、行っても疲れて何もせずにベッドに戻ってきてしまったりということもありました。その様子から、とにかく痛みを取ることが最優先となり、内服、座薬、注射、テープといろいろな方法を検討しました。内服は薬が飲めなくなったため不可、座薬は入れられる人に不在時間があるため不可、注射も痛い時注入できる人に不在時間があるため不可、そのため、結局テープに落ち着きました。
痛みが軽減する時間が長くなると、寝ている時間も長くなります。それでも生活していくうえで、食事(父の場合は経静脈栄養が中心でしたが)と排泄、身の回りの世話は必要です。排泄のケアや痛みの確認、お風呂の計画(これは本希望もあり)など、苦痛の緩和と衛生保持のためにほぼ毎日、多い日は日に2度3度と顔を出してくださった訪問看護スタッフの皆さんには本当に感謝しています。

そして、患者家族としてできなかったなと思うのが、口腔ケアです。口腔ケアは訪問看護師が定期的に見てくださっていたのですが、食事をしなくなった亡くなる前の10日間くらいは、痛みを取ることとトイレの問題が最優先となり、口腔ケアまで手が回らなかったような記憶があります。口腔ケアグッズはそれなりにあったのですが、輸液やオムツ交換と違って、大人の口の中に手を入れるのはなかなか難しいものがありました。「噛まれるかも」という気持ちがあったせいもあるかもしれません。唇を拭いたり、頬と歯の間に指を入れてぬぐったりするくらいはできましたが、舌のケアは難しくてできませんでした。あの時うがいや適切な口腔ケアができていたら、父はもっと気持ちよく過ごせていたかもしれないなと思うのです。

口腔ケアも栄養管理に欠かせない

口腔ケアは、口腔内を清潔にすることで虫歯や歯周病を予防し、口腔機能の維持・向上に効果があります。また、口腔内を清潔で健康な状態に保つことが、QOLの維持・向上につながるということを、冒頭の患者さんのお話から父の思い出を通じて再認識しました。
口は栄養の入り口、口腔ケアも含めて栄養管理に努めたいと思った出来事でした。(『ヘルスケア・レストラン』2023年3月号)

豊島瑞枝(東京医科歯科大学歯学部附属病院 管理栄養士)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年より東京医科歯科大学歯学部附属病院勤務となる。摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、NST専門療法士

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