お世話するココロ
第149回
褥瘡をめぐる多職種連携

看護師になって35年、褥瘡ケアは大きく変わりました。今回は、その変遷を大まかに追って紹介します。近年の褥瘡管理において、管理栄養士は栄養管理という大きな役割を担っています。ぜひ、管理栄養士の皆さんにも知っていただければと思います。

日光浴とドライヤー

私が看護師になって、初めて内科病棟に配属されたのは1987年。今から35年前の話になります。そこには長期臥床で形成した患者さんが常にいました。
東5階病棟と呼ばれたその病棟には、特に日当たりのいい病室があり、551号室と呼ばれていました。男性部屋と女性部屋に分かれており、それぞれ4床ずつ。全8床の大きな病室だったのです。
ナースステーションに近い位置にあったため、褥瘡ができるようなケア度の高い患者さんはそこに集められていました。日勤では、勤務者が患者さんの身体を拭きながら、褥瘡のケアをしたものです。

当時、ケアの中心はもっぱら消毒と乾燥。晴れた日には、褥瘡のできている部位(多くが臀部)を露出させ、日光に当てるのです。
では、日差しのない曇りや雨の日はどうするかというと……。なんとドライヤーを使って乾燥させていたのです。
必要なケアや処置を記載したカードには、「褥瘡日光浴。不可の時はドライヤー乾燥」としっかり書かれていました。
今では褥瘡を乾かしていた、などと昔話をすれば、驚かれるばかり。褥瘡は乾かすどころか、湿った環境を維持するほうが新しい肉芽が上がってきやすいのです。
今も私の脳裏には、窓にお尻を向けてずらりと並んでいた、患者さんたちの姿が目に浮かびます。今では絶対にあり得ない光景。後輩の看護師に話すと、驚かれてしまいます。
それでも不思議なのは、乾燥させたとしても治る人は治ったこと。あれはなぜだったのか……。これこそ、人間の自然治癒力なのかもしれません。

湿潤環境を保て!

日本で本格的に褥瘡ケアが変わったのは、1995年に創傷・オストミー(ストーマ=人工肛門、人工膀胱)・失禁看護認定看護師(現 皮膚・排泄ケア認定看護師、略称:WOCナース)の資格制定が大きなきっかけです。
私が働いていた病院にも最新の知識をもったWOCナースがいて、ずいぶんお世話になったものでした。

正直に言って、最初は「よい肉芽が上がってくるように湿潤環境を維持する」という基本方針からして強い違和感がありました。なにしろ、当時は“傷がぐじゅぐじゅしている”のは感染のもとだという感覚でしたから。乾燥神話はにわかに抜けなかったのです。
しかし、実際にWOCナースに言われたとおりにやってみると、深くえぐれたような傷が少しずつ浅くなり、よくなっていきました。そんな成功体験を積み重ね、感覚が変わったのです。
この湿潤環境を維持するためにとても役に立ったのが、当時新しく開発された創傷保護材です。傷口に貼ると浸出液が出てゼリー状になり、まさに湿潤環境ができるのでした。
さらには、それまで傷口に当てて使っていたガーゼのように、毎日交換する必要がありません。浸出液が外に染み出すようになったら交換の目安。数日もつことも多かったのです。
これは、看護師にとっても患者さんにとっても、楽になる変化でした。患者さんもガーゼを剥がされる痛みがなく、看護師側も仕事が減って楽になる。いいことづくめだったのです。

こうして湿潤環境を維持することで、肉芽が上がりやすくなります。気をつけるのは、せっかく上ってきた肉芽を大事に保護すること。そのためには、消毒薬はなるべく使わないのがポイントです。
その代わり、傷口は生理食塩水で洗い、ほどよい刺激を与えます。これによって、肉芽がさらに上がりやすくなります。
湿潤環境と消毒の中止。そしてそれによる褥瘡の改善は、当時は驚くべき変化だったのです。

褥瘡防止は看護の原点

WOCナースに代表される認定看護師は、公益社団法人日本看護協会が認定を行い、特定の領域で専門性の高い看護を提供する看護師の先駆けでした。その後さまざまに制度が変化していき、領域も増えています。
もともと褥瘡防止は看護の力が大きいとされ、私が看護師になった頃は、「褥瘡は看護師の恥」とまで言われてきました。
認定看護師という制度ができた時、最初にこの領域が選ばれたのは、それだけ看護の力を発揮できる領域だったということです。
ただ、医療のレベルが上がれば上がるほど、衰弱した状態で延命する人が増えていきます。いくら看護師が「褥瘡は看護師の恥」という気持ちで頑張っても、予防しきれずに増えていきました。
褥瘡ができる患者さんのなかには、神経障害などで痛みを感じない人も多く、そのことも褥瘡ができる原因の1つでした。痛覚がないから、傷ができても気づかないのです。
こうした患者さんは褥瘡そのものの苦痛を感じていないため、身体を動かすほうがつらかったりします。だから、私たちが身体の向きを変えて除(同じ部位に圧がかからないようにすること)をしたいと思っても、「痛いから動かさないで」と言われてしまうのです。
終末期の患者さんからこのように言われると、私たちも躊躇しました。「床ずれからばい菌が入ると、大変なことになるから」と説明して、なんとか身体の向きを変えたりしていましたが……。
どこか自己満足のような気がして、とてもつらい気持ちになっていたのです。

褥瘡ケアは看護師の頑張りから多職種連携へ

今も昔も、予防のためには、除圧、保清、栄養状態改善が基本。これは不変ですが、その内容には変化があります。
まず、除圧については創傷保護材同様、使う道具がめざましく進歩しました。昔のように無理やり身体の向きを変えなくても、高機能のマットレスに寝かせるだけで、ある程度の除圧が可能です。
保清も毎日蒸しタオルで身体を拭くやり方より、週に何回かの入浴が推奨されるようになりました。
寝たまま入浴できる設備の開発や、傷は洗うほうが治癒を促進するとわかったことで起きた変化です。
そして、栄養状態改善については管理栄養士さんとの連携が本当に力になっています。これは、制度的にも推進され、ある一定条件を満たす褥瘡対策チームをおけば加算が算定できるしくみです。

私が総合病院で働いていたのはもう十数年前ですが、当時も褥瘡対策チームはWOCナースを中心に活動していました。メンバーは皮膚科医、管理栄養士、薬剤師など、まさに多職種連携のお手本だったと言えます。
特に、管理栄養士の方には、患者さんが食べたいものをいかに経口摂取しやすい形態で提供するか、一緒に考えていただきました。少しでも効率よく栄養をとるため、栄養補助食品も積極的に使ったものです。
なかなかうまくいかないこともありましたが、一緒に考えてくれる人がいるだけでも、大きな力になりました。
三人寄れば文殊の知恵とはよく言ったもの。それが専門職であれば、鬼に金棒です。
褥瘡ケアは、まさに多職種連携効果を生む領域。ともに頑張りましょう。(『ヘルスケア・レストラン』2023年2月号)

宮子あずさ(看護師・随筆家)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある

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