“その人らしさ”を支える特養でのケア
第61回
“今”の嚥下機能を見極めて
柔軟な食事提供を

食形態の調整を行うことは多くても、一度下げた食形態を上げることはほとんどありません。しかし年に数例ほど、食べにくいだろうと思っても食形態を上げることがあります。

「たまにはカステラが食べたい!」

食形態の変更というと、一般的には喫食者にとって食べやすい形にすることを目的とするため、ご利用者の嚥下機能に見合わない食形態をお出しすることはほぼありません。一方で例外もあり、それは食欲不振が見られる場合です。今号では食形態を変えることで食欲が回復し、結果として食事摂取量の上昇につながった事例を紹介します。

Nさんは長期入院でずいぶんやせてしまったようで、ご自宅で元気に過ごしていた頃の総入れ歯が使えなくなりました。当施設に入居時も「入れ歯はあるけれど、合わないから使っていない」とのことでした。入院中は日本食下リハビリテーション学会下調整食分類2021のコード2-2~3の食事を召し上がっていたことから、当施設へ入居後も同様の食事を続して提供していました。しかし、食事摂取量は低く、栄養補助食品を付加してどうにか1日に必要な栄養量を摂取していました。

ある日、介護職員から「Nさんがカステラを食べたいと言ってご立腹だから、来てほしい」と声がかかりました。当施設では、コード2の方のおやつはゼリーかブリンが基本で、Nさんにも毎日どちらかが提供されていました。
Nさんのもとに行ってみると、「どうしていつもおやつがゼリーなのか。たまにはカステラにしてほしい。それに食事も豆腐みたいなのばかりで栄養はあるのか」と、おっしゃいました。Nさんはご夫婦で入居していて、配偶者の方はきざみ食を召し上がっており、ご自身の食事やおやつと見比べている様子です。私はNさんの食べる機能に合わせて食形態を決めていることを説明し、渋々であったもその場は納得していただきました。
しかし、その後も同様のことが数回あり多職種で話し合った結果、ご希望のおやつをお出ししてみて問題があるかどうか試してみることになりました。多職種が見守るなか、おやつの時間になりました。その日のおやつはワッフルで、クリームが多めのところから食べていただきました。結果はおおむね問題なし。Nさんは久しぶりの焼き菓子に大変満足され、よく噛むことやお茶を飲んで口腔内を潤しながら食べることを約束し、常食のおやつ提供が開始されました。

その様子を確認したミールラウンドでの検討で、食形態を変更してもいいのではないかと多職種の意見がまとまり、食事はきざみ食に変更となりました。Nさんは食事にも満足され以前より摂取量が増えていきました。その後、歯科衛生士と話し合い、義歯のつくり直しをNさんとご家族に提案して同意され、義歯の製作が始まりました。調整に時間をかけて出来上がった義歯でしたが、長年、義歯を使うことから離れていたNさんは違和感を訴え、食事に使用することができません。歯科衛生士からそのように情報共有を受け、義歯を使う練習の日々を見守りました。

そんなある日のミールラウンドでNさんが義歯を使って食事しているところを目撃。予定よりも早進捗に「おや!?」と思った私は歯科衛生士に尋ねました。すると、最近は自主的に義歯を使って食事をするようになったと苦笑い。とうやら計画よりも早い目標到達に歯科衛生士も戸惑っているようでした。
何はともあれ、Nさんは「義歯があったほうが食事がおいしい」と満足されている様子。最近は明るい表情で過ごすことも増え、さらに一段階上の食形態に変更できるのではないかと、多職種で検討しているところです。

いつも食べ残されたミキサー

Kさんは脳血管疾患の後遺症で半身麻痺と失語症、嚥下障害のある方です。当施設入居時は食事摂取量がなかなか増えずにいましたが、環境に慣れてきてなんとか必要量摂取が可能な状態まで改善しています。Kさんのミールラウンドでは、いつも主食(ミキサー粥)が残っていることが気になっていましたが、ご本人からはその理由を聞き取ることができません。
Kさんにかぎらず、失語症の方とは意思の疎通が難しいことが悩みの種です。また、認知機能についても判断しにくいためミールラウンドはもちろん、日々の観察や多職種で情報共有を行ってニーズを探ることが重要になります。

相変わらず主食が残っていたある日、コード3相当のゼリーを食べている様子を見て、ミキサー粥(コード2相当)を食べている時より口がよく動いていることに気が付きました。
そんなKさんの様子から、食形態がよくないのかもと感じ、主食だけでも全粥にできないかと考えました。その後、多職種での検討を経てミールラウンドの際に全粥を試すことに。Kさんは大変喜んでくださり、全粥への変更後は主食の残食が減っています。

柔軟性をもった食形態の見直しを

今回紹介したお二人は、認知症が軽度であることが共通しています。認知機能がある程度保たれている場合、食形態によって食欲が損なわれる可能性があることを経験しました。
また、今回の事例において、食形態を上げるという変更に踏み切った理由の1つが入居時に比べて摂食機能の改善があったことです。機能の改善はないだろう、と安易に判断せずに日々の評価を積み重ねていくことで、ご利用者のQOLにも配慮した対応ができるのだと考えています。
もちろん、嚥下機能によっては嚥下調整食の提供が必要ですし、ご本人の希望どおりにならないこともありますが、今回のケースのように、食形態を変更することのメリット(食事摂取量の上昇)が大きいと判断される場合には挑戦的な食形態を選択する場合もあります。
加えて、Kさんのケースのように食事のなかの一部分(今回は主食のみ)を変更することも、厨房との調整を行いながら取り組んでいます。
特養の管理栄養士の仕事は、ご利用者の経口摂取量を維持することといっても過言ではありません。日々のご利用者とのかかわりのなかで、食欲や経口摂取量の維持につながる取り組みを続けていきたいです。(『ヘルスケア・レストラン』2023年1月号)

横山奈津代
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る

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