お世話するココロ
第147回
それぞれのいい眠り
うつ病や統合失調症など、精神疾患にはいくつかの種類があります。それらの病気に共通しているのは、悪化の兆候に不眠があること。このことからも、睡眠は心身の健康のバロメーターとも言えるでしょう。
眠りは環境に左右される
睡眠の満足度は人によって大きく違い、5時間眠れば満足する人もいれば、7時間眠っても満足できない人もいます。実際、満足できる睡眠時間を尋ねてみると、人によって答えはまちまちです。
「普段は5~6時間睡眠だけど、予定がない日は10時間くらい寝ちゃう。寝だめできてるみたい」
「子どもと添い寝をしていると、そのまま寝ちゃうのよ。夜9時には寝て朝5時頃に起きてる。だいたい8時間睡眠。それが今はベスト」
「昔から夜型で、寝るのは0時過ぎ。翌朝早い日も、それは変わらない。2~3時間しか眠れない時もあるけど、そんな日は昼寝をすると、午後は爽快」
このように、眠りは仕事や子育てなど、外部要因によっても左右されます。結果として、希望する睡眠時間がとれない人も多いと言えます。
こうした制約があるなかで健康を損ねないためには、最低何時間眠ればいいのでしょう。また、寝だめというのははたしてできるのか……。長年、疑問に感じてきました。
実は私自身、ちょっとおかしな睡眠パターンが定着しているのです。飼い猫もふこ(メス、7歳)と添い寝をする習慣があり、夕食前1~2時間、夕食後1~2時間眠ったあと、入浴して夜中の3時頃から6時まで本格的に眠る。そんな分割睡眠になっています。
きっかけは3年前、もふこが階段で足を滑らせて以降、寝室のある2階から降りてこなくなったこと。性質がさみしがり屋なので、たびたび階段から身を乗り出して私たち夫婦を呼び、ツレと私が交代で添い寝をするようになってしまいました。
猫好きの人なら、猫に振り回される私たちの暮らしが目に浮かぶのではないでしょうか。今日こそ早寝をしようと思っても、もふこの鳴き叫ぶ声を聞くとついつい猫中心になってしまうのです。
不眠症の定義
かくして日々の睡眠時間が合計5~7時間の分割睡眠な私たち夫婦ですが、いたって元気に過ごしています。理想の睡眠パターンではないかもしれませんが、不眠かと言えば決してそうではありません。
厚生労働省のe-ヘルスネットには、不眠症について次の記述があります1)。
不眠症とは、入眠障害・中途覚醒・早朝覚醒・熟眠障害などの睡眠問題が1ヶ月以上続き、日中に倦怠感・意欲低下・集中力低下・食欲低下などの不調が出現する病気です。不眠の原因はストレス・こころやからだの病気・クスリの副作用などさまざまで、原因に応じた対処が必要です。不眠が続くと不眠恐怖が生じ、緊張や睡眠状態へのこだわりのために、なおさら不眠が悪化するという悪循環に陥ります。家庭での不眠対処で効果が出ないときは専門医に相談しましょう。睡眠薬に対する過度の心配はいりません。現在使われている睡眠薬は適切に使用すれば安全です。
これは、私自身の看護師としての経験に照らしても、大変納得できる説明だと言えます。不眠が問題になるのは、今の睡眠状態が何らかの苦痛を引き起こしている場合なのですね。
多少寝るのが遅くても、起きるのが早くても、分割睡眠でも、寝つきがよく、そこそこすっきり目覚め、活動がスムーズにできれば、大きな問題にはなりません。
逆に睡眠時間は長くても、寝るまでに時間がかかってつらかったり、目覚めたあとも疲れが残って、いつまでも眠気があとを引いたりする場合、不眠の範疇に入る可能性があります。
また、前出の「不眠が続くと不眠恐怖が生じ、緊張や睡眠状態へのこだわりのために、なおさら不眠が悪化するという悪循環に陥ります」という部分は、眠りというものの本質をよく表しています。
つまり、私たちが眠りを意識するのは、うまく眠れない時であり、問題なく眠れていれば、あまり意識されません。
そして、ひとたび眠りへのこだわりが強まると、「早く眠らなければ」「まだ眠れない」「今からだと○時間しか眠れない」などと、どんどん思い悩み、かえって眠れなくなってしまうのです。
このような悪循環にはまったら、なかなか自力では抜け出せません。心療内科などにかかり、専門医の力を借りるのが、楽になる早道だと思います。
日常の安眠対策
安眠のための工夫について、e-ヘルスネットでは次の8つを挙げています。
1 就寝・起床時間を一定にする
2 睡眠時間にこだわらない
3 太陽の光を浴びる
4 適度の運動をする
5 自分流のストレス解消法を
6 寝る前にリラックスタイムを
7 寝酒はダメ
8 快適な寝室づくりを
このうち2について少し説明します。私は、睡眠へのこだわりの強い人には、「睡眠時間にこだわらず、眠れる時に寝る、と考えては?」とアドバイスしています。そうすると、たいてい「昼寝をすると夜眠れなくならないか」と聞かれるので、その時は「先のことを考えず、その時の疲れをとるように」と話しています。
e-ヘルスネットには、「日中に眠気があるときは午後3時前までに30分以内の昼寝をとると効果的」と書かれていて、これも的確なアドバイスだと思います。
しかし実際、疲れている時は身体が長めの睡眠を欲しているのかもしれません。その場合は、昼寝をしたところで、夜も眠れるでしょう。
もしそれで夜眠れなかったら、その時考えればいいのです。そのくらいの緩さをもてると、気分的に楽になるでしょう。
ちなみに、この工夫がどれだけできているのかを自己評価してみると、意外にほぼすべてクリアしていました。
1から順番に見ていくと、分割睡眠ながら、就寝・起床時間はけっこう揃っています。睡眠時間にこだわらないし、晴れていれば寝室は明るい。身体を動かす仕事はほどよい運動であり、もふことのゆったりした時間はストレス解消とリラックスに役立っています。酒は飲まないし、寝室はまあまあ快適。大きな問題はなさそうです。眠りは休みなく働く脳のリセットのようなもの。気持ちを切り替え、体調を整えるために、“そこそこいい感じ”で眠りたいですね。(『ヘルスケア・レストラン』2022年12月号)
参考文献
1)https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-02-001.html
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある