栄養指導で”あるある!こんなこと”
第113回
東日本大震災の避難生活で懸念された栄養問題
独居男性の食生活支援に取り組む

今回は筆者が取り組む地域活動のなかから「男の料理教室」をご紹介したいと思います。この取り組み開催のきっかけは、東日本大震災のなかで出会ったある患者さんとの会話でした。

被災した患者との出会い

筆者は管理栄養士として長年病院勤務をしてきました。特に福島労災病院ではNSTや褥瘡対策チーム、緩和ケアチームにも所属しNSTの立ち上げからチーム医療の実践までを行い、診療部門では「栄養外来」と称して専属の医師に月1回来院いただき「栄養ケア」に特化した外来も開設。さまざまな栄養ケア、院内回診などを行っていました。この時、急性期の病院で患者さんがいくら頑張って回復しても、在宅や地域が一体となって患者さんを支えるシステムがないと、慢性的な低栄養が減ることはなく、慢性的な低栄養からサルコペニアやフレイルが生じ、栄養の負のスパイラルが起こることを実感していました。

そんなことを考えながら忙しくしていたある日、東日本大震災が起こりました。それはNSTの回診のためのカンファレンスを病棟で行っていた最中でした。震災から3ヵ月ほどは放射能の恐怖に怯えながら、病院規模の一時的な縮小、そして再開と目まぐるしい日々でした。震災後1週間ほどは患者さんが救急車やドクターヘリで次々とほかの地域へ移送されていく様子を見ていました。それまでは混雑していた外来も1ヵ月ほどは診療停止となり、院内は気持ちが悪いほど静まり返っていました。外科的な手術なども中止になっていましたが、外科手術が再開したあと、胃がんで胃の全摘手術を受けたBさんのもとに行き、術後栄養指導を行った時の会話は今でもはっきりと覚えています。

田村:かわいい色のサンダルですね?

Bさん:これね、津波のあと出てきたサンダルなんですよ

田村:津波の被害に遭われたんですか?

Bさん:俺は職場にいたから大丈夫だったんだけど、妻と息子2人が家にいて……

田村:……

Bさん:あっ、津波に飲み込まれたけど、なんとか無事だったんだよ

田村:よかった!でも大変でしたね

Bさん:家族は2階のベランダの手すりにつかまっていて助かったんだよ。翌朝、津波が引いたあと、家族を探しに家のほうへ行ったけど、車がぐしゃぐしゃになって見つかった時はもうダメかなって思ったけど、近所の人が避難所にいるよって教えてくれて……。翌日再会できたけど、3人とも津波で命からがら、濡れたまま一晩過ごしたって。妻は海水を結構飲んで、肺炎で大変だった。そのあと、このサンダルが見つかったんだ。だからお守りだと思って病院に持ってきて使ってる。今回の手術は地震で1カ月延期になったから、やっぱり不安だった

田村:そうでしたか。術後、先生から何か説明は?

Bさん:悪いところは全部取ったし、転移も今のところはないから頑張ろうって

田村:そうですね。頑張りましょうね

4年目となった料理教室

こんな会話をして、胃全摘後の食事の注意点をお話ししました。
その後、避難所の状況が気になり、福島労災病院としてチームでの避難所巡回を始めました。避難生活が長期化するなかで起こってくる食に起因したさまざまな健康上の問題が心配になり、集中して被災者支援を行うため福島労災病院を退職し、フリーランスの管理栄養士に転身。福島県栄養士会や看護協会とのつながりや被災者支援を行っていた企業などとの縁で被災支援と週2日のクリニック勤務を約6年続けました。当初から支援の縁があってうかがっていた川内村では、震災から1年が経った今でも定期的に訪問業務と健康指導関連の業務を行っています。その活動の1つ、今年で4年目(4回目)となった「男の料理教室」をご紹介します。実はほかの町の支援でも「男の料理教室」は実践済みでしたが、なかなかうまく継続しないなどの課題もたくさんあります。

「男の料理教室」の必要性

①独居の男性が増えている
②料理が苦手な男性が多い
③ご飯は炊いてもおかずは惣菜で済ます
④食事はすべて外食や中食にしている
⑤血圧や血糖への影響が出ている

「男の料理教室」開催が難しい理由

①男性は公共の場に出たがらない
②料理が苦手だから料理教室に行きたくない
③エプロンやバンダナなどを持っていない
④何とか食べているから大丈夫と思っている
⑤料理を習っても家でつくるかどうかは疑問
⑥誰か知っている人に会うと恥ずかしい

このように「男の料理教室」の必要性は高いものの開催が難しいのが現状でした。そこで私は過去の開催事例から村の保健師さんへ「まずはやってみましょう!」とお話ししました。実際に開催してみると「楽しかった」「また来ようと「思う」と感想をいただくのと、参加した方の多くはリピーターになってくれます。口コミなどで知り合いを誘ってくれたりと少しずつですが広がりをみることがあります。また開催にあたってはいくつかポイントがあります。

「男の料理教室」開催での留意点

①料理は簡単につくれる工夫をする(料理工程を工夫)
②自宅で再現性があるメニューにする(身近な材料を使う)
③材料が揃わなくてもアレンジしやすいメニューにする
④ゆっくりつくれるメニューにする
⑤つくった達成感が得られるメニューにする

たとえば「こんなものは無理」と思うようなメニューでも、つくる工程を工夫してやってみたら簡単につくれた、まさか自分がこんな料理をつくれると思わなかったというような感動が重要です。また、せっかくつくってみても自宅での再現性が低いものはNGです。「家でもつくってみようかな」と思えるように材料はできるだけ身近なもの、ほかの材料でも代用ができるなどもポイントです。

川内村での「男の料理教室」の4回目のメニュー(写真)

・ビビンバ(温泉卵)
・ヤンニョムチキン
・韓国風きゅうりの浅漬け

調理工程の工夫

・野菜はできるだけまとめてゆでる
・キムチや温泉卵など市販のものも上手に使う
・揚げずに多めの油で揚げ焼きにする
・調理器具はフライパン程度で済ます
・野菜は小松菜や大根などをアレンジする
・調味料は焼き肉のタレで代用可能

今回はコロナ禍のため、皆さんとの試食はできませんでしたが、帰り際に「次はいつやってくれるの?」「グラウンドゴルフをやってる仲間に見せて帰る」「料理教室に来るようになって家でもいろいろとつくるようになって、体重が3kg落ちた」など、うれしい言葉が聞けました。年1回開催の「男の料理教室」ですが、継続していくなかで参加者に変化が見られるのはうれしいことです。いずれまた一緒に会食しながら食事や栄養の話をするのを楽しみにしています。今後地域で料理教室の開催を考えている方の参考になれば幸いです。(『ヘルスケア・レストラン』2022年12月号)

田村佳奈美
福島学院大学短期大学部
食物栄養学科講師
かとう内科クリニック 非常勤 管理栄養士

たむら・かなみ●療養病院、急性期病院での勤務を経て、2011年8月からフリーランスの管理栄養士として活躍中。福島県いわき市内のクリニックでの栄養指導や全国各地での講演活動、自宅で暮らす高齢者の栄養サポートにも力を入れている

TAGS

検索上位タグ

RANKING

人気記事ランキング