“その人らしさ”を支える特養でのケア
第60回
最期まで味を楽しむ看取りケア
~お酒の提供による支援~
皆さんは、施設内でお酒(アルコール)を提供したことはありますか?当施設では3つの条件を満たしている方に対し、1日当たりコップ1杯程度を提供しています。また、ご利用者やご家族の希望により看取りケアでもお酒を提供する場面があります。
高齢者施設におけるアルコールの提供
当施設では、ご本人の希望があること、ご家族から差し入れ(もしくは費用負担)できること、主治医の許可があることを条件に、ご利用者へお酒をお出ししています。とはいえ、日常的な飲酒を希望される方は稀で、数年にお一人といった具合です。
開所から2~3年目くらいまではご利用者全員に、毎年お正月の「お神酒」として日本酒を提供していました。もちろん主治医の許可があることが条件でしたが、ご利用者のほとんどが一口からおちょこ1杯程度の日本酒を楽しまれていました。
当施設がある妙高市には酒蔵がいくつかあり、地元の日本酒が提供されることで、若い頃のことを思い出すきっかけになったり、よく眠れたとおっしゃる方が多かったと記憶しています。お正月のお神酒はご利用者にはおおむね好評でしたが、さまざまな理由で徐々に提供が困難になり、現在は行っていません。
ご利用者全員にお神酒をお出ししていた時のことと併せて思い出すのが、臨床栄養研修時に参加しクリスマスイベントです。小児科医が扮するサンタクロースと看護師のキャンドルサービスに同行させていただいた楽しい思い出で、このイベントに合わせて、主治医の許可がある入院患者さんにグラスワインが振る舞われていたのです。
入院患者さんにアルコールなんて、と当時はとても驚きましたが、患者さんの嬉しそうな表情が印象的で、入院するとどうしても制限されてしまう嗜好品を楽しめる数少ない機会だったんだと回想しています。
飲酒頻度は元気のバロメーター
「今度入居するFさんなんだけど、晩酌したいんだって。大丈夫かな?」
お神酒の振る舞いがなくなって数年後、ショートステイをご利用いただいていたFさんの入居が決まった時に生活相談員から質問されました。くわしく聞くとショートステイでも希望日に日本酒を楽しまれていたとのこと。看護師を通じて嘱託医へ確認し、提供の許可が下りました。
日本酒が提供されるようになっても、Fさんのご希望により召し上がるのは夕食後と決まっていたため、実際に飲酒されているところは見たことはなく介護記録から飲んだかどうかを知るにとどまっていました。その後、徐々に提供の頻度は低くなり、いつまで経っても減らない日本酒が冷蔵庫に残ったまま、Fさんは亡くなられました。
Fさんが亡くなってしばらくあとに入居されたMさんも晩酌を希望されました。前施設でも晩酌の習慣があり、日本酒をお湯で薄めたものを飲まれていたとのこと。Mさんにも嘱託医の許可が下りご希望時に提供していましたが、だんだん飲酒の頻度が低くなり晩酌をしない日が続くようになりました。その後、Mさんは亡くなられています。
晩酌を行っていた方は、頻度が低くなるにつれ「元気がないなぁ」と感じることが増えていったように思います。お酒やたばこなどの嗜好品は元気のバロメーターなのかもしれません(当施設では数年前までご利用者の希望があれば職員の付き添いのもと喫煙が可能でした)。
満足いく看取りのためのアルコール提供
お酒にまつわるエピソードで印象的な看取りケアがあったのでご紹介します。
これまでにも何度か本連載にて看取りケアのエピソードの紹介をしましたが、当施設では経口摂取がまったくできなくなった状態でも最期まで味を感じられる対応ができないかと模索を続けています。
看取りケアに移行したCさんは徐々に食事がとれなくなりました。食事拒否が続くと同時に嚥下機能も衰退し、ほとんど飲み込むことができません。遠方から駆けつけたご家族は「好きだった焼酎を最後に飲ませてあげたい」と話されました。私は内心「今、ここで焼酎かぁ……」と動揺しましたが、多職種で話し合い、「ご家族の希望を叶えよう」という結論に至りました。再びご家族とお話しする機会が得られ、飲み込むことはできないがガーゼやスポンジブラシに焼酎を湿らせて口腔内を試うことならできる、飲み込めなくでも味は感じられるのではないかということを伝えました。
翌日Cさんの居室を訪問すると、ベッドサイドには焼酎を入れた瓶があり、ご家族から「教えてもらったようにやってみた」とうかがいました。その時のご家族のホッとした表情が印象的で、希望を聞いた時に否定しないで多職種で検討したことがいい結果につながったなぁ、と感じました。
長く施設に入居されていたCさんは、前施設で晩酌の習慣があったそうですが、どんどん酒量が増えてしまったことから家族はアルコールの差し入れを見合わせていたと看取り後のカンファレンスで聞きました。これにより、ご本人が納得しないまま晩酌の習慣をやめさせなくてはいけなくなったことがご家族の心残りだったのだと思い至りました。別の方の看取りケアでも同様に「お酒を飲ませてあげたい」という希望があり、Cさんのご家族と同じように思う方はたくさんいるのかもしれないと感じました。
ある方の看取りケア後のカンファレンスで、「看取りケアはご本人の穏やかな最期を支えるとともに、ご家族が満足のいくお別れにするための支援という目的もある」とケアマネジャーが口にしたことがきっかけで、これまでの看取りケアを振り返る機会がありました。Cさんのケースのように、ご家族から聞いて初めて気づくことも多く、看取りケアに移行しても「食べること」に対するご家族の意向を直に聞くことが大切であると改めて感じたエピソードでした。(『ヘルスケア・レストラン』2022年12月号)
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る