お世話するココロ
第146回
使い捨て手袋とタイマー
管理栄養士の皆さんは、周囲の方から食についての相談を受ける機会が多いと思います。最近看護師として、ささいな説明に感激される経験をしました。今回は、意外な話が役に立つ、“生活指導”のお話です。
軟膏を塗る苦労
知人の80代後半の男性は、知的障がいのある40代の娘と暮らしています。最近、その娘が皮膚疾患にかかり、毎日2回身体の広い範囲に軟膏を塗るようになりました。
娘は能力的に、自分で軟膏を塗れません。娘の代わりに塗るのが男性の日課になっています。
子どもは娘一人で、ほかに頼れる人はいません。現役時代は会社人間だった男性は、娘の世話や家のことはすべて妻任せでした。
しかし、数年前に妻を亡くして以降、一念発起。一人で家事いっさいを行うようになったのです。
たまたま男性と話した時、彼はこう言いました。
「たかだか1日2回娘に軟膏を塗るだけなのに、負担感が大きいんです。薄く伸ばして塗れなくて、一度にたくさん使ってしまうこともあります。次の受診まで軟膏がもたなくてもらいに行くとなると、それも負担なんですよね。なんか、毎日軟膏塗りに追われている気がします」
どのように軟膏を塗っているのかと聞くと、朝は娘が作業所に行く前、夜は娘の入浴後に、素手で軟膏を塗っていました。私は、時間にはあまりこだわらず、塗れる時に塗ればいいことと、使い捨ての手袋を使うよう勧めました。
「手袋は一番安いポリエチレン製で十分です。これを使うと軟膏の伸びがいいので、少しの量で広い範囲を塗れるようになります。それに、塗る人の手に吸収されないのも安心です。ステロイドや抗生剤の軟膏は、健常な人がわざわざ塗らなくてもいいわけですからね」
この説明は男性にとても気に入られました。そして、実際に試したところ本当に伸びがよく、定期受診ごとの処方で軟膏が足りるようになったとのこと。
たいしたアドバイスではないのですが、「さすが専門家」と誉められ、看護師冥利に尽きました。
目薬の苦労
また、ある高齢の女性は複数の目薬を点すのがものすごく負担だと言いました。女性は、瞳孔を開く薬を始めに点眼し、そのあと2種類の目薬を点眼しなければなりません。
「目の中の炎症だから、瞳孔が開いてから点さないと浸透しないそうです。最初の薬を点して5分空けて次を点すんですけど、1日4回もきちんとやるのは意外に大変なんですよ。いつも適当にやっては、これで効くのかと心配になっています」
これを聞いて私は、とても身につまされました。実は私は年季の入ったドライアイで、複数の点眼薬を使っています。受診の際は点眼の順序と、それぞれ2~3分は空けて点すように指導されているのですが、これがなかなか……。
ついつい面倒で間を置かずに点眼を続けているためか、効きがいまひとつ。点眼回数も指示より少なく、1回も点さずに終わる日さえある始末です。
こんな私が相談に乗るのもおこがましいのですが、さすがに散瞳してからの点眼となれば、私でも守ると思います。そのくらい、点眼で時間を空けるのは大事です。
そこで私は、こんな提案をしてみました。タイマーの使用です。「確かに瞳孔が開いてからでないと、薬が効かないというのは先生のおっしゃるとおりです。だから5分、できれば次の点眼まで時間を空けたいですね。私は人間って厳格すぎる指示には、従えないと思うから、大抵のことは割と大雑把でも大丈夫、とお話しします。実際、大抵のことは大丈夫なんです。でも、点眼で時間を空けることは守ったほうがいいので、タイマーで5分計りましょう。待っていればアラームが教えてくれます。ぜひ試してみてください」
女性は、さっそく料理に使うキッチンタイマーで5分計り、確実に時間を空けられるようになっと教えてくれました。薬の効きもよくなったとのこと。
本当にささやかなアドバイスでしたが、とても喜ばれました。
手袋の思い出
使い捨て手袋は、特に新型コロナウイルス感染症の感染拡大以降、感染予防対策としても利用されていますが、それ以前から医療機関では広く使われ、今や軟膏塗布を素手で行う看護師など、一人もいないと言っていいでしょう。
しかし、私が看護師になった30年以上前は、そうではありませんでした。手袋をして軟膏を塗ると「汚いもののように扱われた」とお叱りを受けた経験もあります。
一方、当時すでに医療者側は感染予防対策とともに、不要な薬を体内に取り込まないためにも、手袋の使用が推奨され始めていました。患者さんと医療者との意識がかなりずれていたのだと思います。
その後、使い捨て手袋は社会に受け入れられました。今では素手で触られることに抵抗感を抱く人が増えているほどです。
現状では、感染予防対策の見地から使い捨て手袋の過信が気になります。スーパーのレジやレストランの配膳など、同じ手袋を使い続けていないでしょうか。
手袋は、着けていれば感染を広げないというわけではありません。病院では一人の処置が終わったら交換する、1処置1手袋が原則です。
手袋を交換するからこそ、感染予防対策になることが広く知られてほしい。管理栄養士の皆さんも、このあたりは日常のなかで感じているのではないでしょうか。
タイマーは必需品
そしてタイマー。これはもう、私の生活に欠かせないアイテムです。自宅での調理時と並んで最もよく使うのは、病棟での勤務。ユニフォームの胸ポケットに入る小さなタイマーを愛用しています。
たとえば患者さんに、「20分経ったらもう一回見に来ますね」と約束したら、タイマーを20分後にセット。鳴ったら必ず行くようにします。
特に、トイレへの移動を介助する時はタイマーが必須です。なぜなら、私が勤務する病棟はトイレにナースコールがないからです。連れて行ったあとは、時間を見て迎えに行く必要があります。
もちろん記憶力がよければ腕時計でもいいのですが、私は忘れない自信がありません。「5分くらいしたら迎えに来ますから、落ち着いてなさってください」と声をかけて、タイマーをかける。その動作を見ると、患者さんも安心するように見えます。
家では浴室乾燥中の洗濯物の向きを変える時間を設定したり、食器乾燥機を短い時間で止めたりする時に、タイマーを使っています。
タイマーのいいところは、忘れていても大丈夫なところ。そして、忘れていいということは、その問自由に時間を使えるということ。タイマーを使うと、「忘れては大変」という緊張から解放される気がします。
還暦が近づき、記憶力の低下を強く感じる今日この頃。本当に大事なことを覚えておくためには、忘れていいことは忘れようと心に決めました。私にとってタイマーはなけなしの記憶容量を確保するための必需品なのです。
そして、使い捨て手袋やタイマーなど、身近な道具が病気との付き合いを支えてくれるということ。この発見は、貴重でした。
これからも看護師として、日常生活の中で役立つ“生活指導”を心がけたいと思います。(『ヘルスケア・レストラン』2022年11月号)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。精神科病院の訪問看護室勤務(非常勤)を経て、同院の慢性期病棟に異動。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある