栄養士が知っておくべき薬の知識
第133回
心不全患者の治療薬を知り
栄養管理に活かす

心不全の薬物治療については以前にも取り上げました。しかし、最近になっていくつか新しい薬が使われるようになり心不全の治療ガイドラインも大きく変更されました。また心不全患者に対する低栄養の予防や介入についての項目が書き加えられました。そこで今回改めて心不全の治療薬と栄養管理について述べたいと思います。

心不全の定義

私たちは激しい運動をした時に心拍数が増して循環血漿量が増える方向に働きます。同時に呼吸数も増加して多くの酸素を取り入れようとします。ところが心不全になると、心臓の収縮機能が低下するため、肺に回った血液が充満し(右心不全)、全身に必要な血液を送り出せなくなってしまいます(左心不全)。最近では、心臓に血液が戻ってきても心臓自体が固くなって膨らむことができず、血液をためる力が落ちる心不全患者がいることもわかってきました。医療用語で言うと、前者を左室駆出分画(Ejection Fraction:EF)の低下した心不全患者(EF<40%)としてHFrEF(Heart Failure with reduced EF)と言い、後者をEFが保持された心不全としてHFpEF(Heart Failure with preserved EF)と分けて考えられます。いずれにしても心不全は、心臓に何らかの機能障害を生じて呼吸困難や倦怠感、浮腫などの症状を起こし、それによって運動することが難しくなって、ついには日常生活にも影響を及ぼす臨床症候群です。
心不全は傷病名ではなくて、心筋梗塞や高血圧、弁膜症などの原因によって心臓の機能が低下した状態を言います。

心不全患者はなぜ、栄養障害に陥りやすいのか?

管理栄養士さんは心不全患者の栄養管理に悩まされることも多いと思います。塩分・水分制限はもちろんですが、心不全になると循環血漿量が低下するため、これを増やそうとしてカテコラミンやコルチゾールといった物質が増加します。これらの物質は、エネルギー消費を高める方向に働くため栄養供給が不足すれば栄養障害を呈するということになります。また心不全患者のなかには少なからず炎症反応が亢進している方も見られます。これは右心不全によって腸管が浮腫んで細菌の毒素などを取り込んでいるためではないかと考えられています。

炎症反応の亢進は、たんぱく異化が亢進するうえに食欲不振を招く原因にもなります。また腸の浮腫みは栄養素の吸収にも悪影響を及ぼすと考えられるため、心不全患者は容易に栄養障害に陥りやすいと思われます。さらに心不全患者の栄養管理を難しくする要因に腎機能障害があります。循環血漿量が低下するため腎機能障害が起こりやすく、たんぱく質制限が必要になります。たんぱく異化が亢進しているのにたんぱく質投与量を増やすことが難しいため、サルコペニアに陥りやすく、それによって摂食嚥下障害を伴うことも問題になります。

心不全患者の生体内反応

心不全は循環血漿量が低下することから、血圧低下を防ごうとし交感神経の興奮が起こります。また腎臓に流れ込む血液量の減少は、ナトリウムを逃がさない(身体に再吸収する)システムであるレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAA系)を活性化させます。これらはいずれも一時的には生体機能を代償するように働きますが、交感神経の興奮はエネルギー消費を亢進し、心臓に鞭打つことになって負担が増加します。RAA系は血管収縮を起こし、心拍出に負担をかけます。一方、心臓からはナトリウム排泄を促進するためにナトリウム利尿ペプチドであるANPやBNPなどの分泌が活性化します。これは尿量を増やし、血管を拡げるなど、心臓の負担を軽減する方向に働くため心保護因子と呼ばれます。つまり交感神経系とRAA系は抑制したほうがよく、心保護因子であるナトリウム利尿ペプチドは増やす方向になれば心不全患者にとって有利になると考えられます。

心不全治療薬のfantastic four

心不全の治療薬としてβ遮断薬、ARNI、MRA、SGLT2阻害薬の4つはfantastic four(素晴らしい4つの薬物)と呼ばれ、いずれも心不全の予後を改善することが明らかになっています。心不全に用いられる遮断薬にはビソプロロール(メインテート®)やカルベジロール(アーチスト®)があります。いずれも交感神経抑制作用があり心臓の負担を軽減させます。ただし、β遮断薬は脈拍数を減少させて心拍出量を落とすことから、浮腫がないことや状態が安定している心不全患者にごく少量から始めます。一気に使うと心不全を起こす可能性があるためです。

ARNI(エンレスト®)は、最近発売されたアンジオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬です。もともと薬の末尾にプリルが付くACE阻害薬や末尾にサルタンと付くアンジオテンシン受容体拮抗薬の心不全に対する有効性が知られていました。これに加えてネプリライシン阻害薬のサクビトリルは、心保護作用をもつナトリウム利尿ペプチドを分解してしまうネプリライシンという酵素を阻害しその分解を抑制するため、両者の成分を含む合剤としてエンレスト®が発売されました。

MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)は、スピロノラクトンとエプレレノンがあります。RAA系のアルドステロンに拮抗する薬で、比較的重度の心不全患者の予後を改善します。ただしこの薬は血清カリウム値上昇が必発なため、腎機能が悪い方やカリウムの摂り過ぎなどには注意する必要があります。

SGLT2(sodium-glucose cotransporter 2)は、以前にも本項でご紹介した抗糖尿病薬です。約60gのブドウ糖を排泄します。ブドウ糖とともにナトリウムの排泄を促進することから心不全にも有効です。またブドウ糖の減少によって心筋の主なエネルギー源となる脂肪酸を増加させることも心臓によい働きを示す要因とも考えられています。しかしこの薬は尿量も増やすことから脱水には注意が必要ですし、もちろん栄養摂取が十分でない方には栄養障害を助長する可能性があり十分な注意が必要です。

ところで心不全の病期は器質的心疾患のない状態をステージA、器質的心疾患をもっているが心不全症状のない患者をステージB、器質的心疾患を有し、心不全症状を有する患者をステージC、心不全によって年間2回以上入院を繰り返し、薬物療法などに反応しない重度の心不全をステージDとしています。病期に応じて使われる薬も異なり、またこれらを組み合わせて使います。Fantastic fourと名付けられていますが、適応や患者さんの状態に応じて使い分けることが肝要で、誰にでもFantasticとはならないことに注意が必要です。

おわりに

心不全患者は高齢社会の到来によって増加傾向にあり、今後も増加していくものと考えられます。心不全に対する栄養管理の重要性も強く認識されるようになってきました。高齢者に多い心不全ですが、1gの塩分は200~300の体液増加につながるとされます。その一方で高齢者は塩分を感じる閾値が高く、なかなか「しょっばさ」を感じにくいとされます。また薄味だと食が進まない方も見かけます。極端な水分制限で脱水になってしまう場合もあり、とても管理の難しい症候群です。ビタミンB1やセレン欠乏は慢性心不全増悪因子とされ、バランスのい栄養管理がとても重要であることは言うまでもありません。(『ヘルスケア・レストラン』2022年9月号)

林 宏行(日本大学薬学部薬物治療学研究室教授)
はやし・ひろゆき●1985年、日本大学理工学部薬学科卒業。88年、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院勤務。2002年から同院NST事務局を務める。11年4月から日本大学薬学部薬物治療学研究室教授

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