食べることの希望をつなごう
第53回
頑張りすぎないように頑張る
入院患者さんから「食事が一番の楽しみ」と耳にする管理栄養士は多いことでしょう。しかし、口腔がんの患者さんでは治療が食べることに大きな影響を与え、本来楽しみであるはずの食事がつらいものになってしまうことがあります。
放射線治療が目的のAさんのケース
日々摂食嚥下障害のある患者さん中心にかかわっていますが、治療中の患者さんはよく「大丈夫」「頑張ります」とおっしゃいます。口腔がんの患者さんは入院前から食事がとれていないことが多々あります。そんな口腔がんの患者さんが「大丈夫」と毎日を過ごしていると、低栄養のリスクは高まっていきます。
放射線治療目的で入院された80代のAさんは、下唇に腫瘍があり、食事がとりづらいであろうことは容易に想像がつきました。入院時はぐったりした様子で、「ここ1カ月くらいまともに食事はしていなかった」と小さな声でおっしゃいます。来院するのも大変な様子でした。申告内容によると、パン、ドーナッツ、フルーツ味の棒付きアイス、水ばかり飲食していたとのこと。「痛くはないんだけど、(腫瘍が)大きくなってきちゃって食べにくくてめんどくさくなった」ということでした。
体重減少の自覚はありましたが、処方されていたエンシュア・リキッド®は下痢のため飲めなかったそう。嗜好の面から好き嫌いが多く、乳製品はとらない、ペースト状の食事は嫌いとのことでした。身体計測をすると3カ月以内で10%以上の体重減少があり、それに加え10日以上の経口摂取量減少があったため、リフィーディング症候群の高リスクと判断されました。食事内容は炭水化物が中心であり、ビタミン欠乏、電解質異常が懸念されます。このような場合、経口摂取以外の栄養ルートで、徐々に、しかも確実に栄養を入れていくことが多いのですが、Aさんは高齢であること、入院期間が約1カ月と決まっており自宅退院を希望されていたことから、経鼻胃管は入れずに経口摂取と経静脈栄養で管理していくこととなりました。
誤嚥のリスクを考慮し、ごく少量から経口摂取を進めましたが、最初はなかなか経口摂取が進まず清汁を数口、といった程度でした。しかし、元気がなかったのは脱水のせいだったのか、入院3日目からはだいぶ元気になられ、ゼリードリンクなども召し上がれるようになりました。入院5日目からはご本人の希望で、軟らかいきざみ食(おそらくペースト状のほうが腫瘍に当たらず、保清や処置にはいいのでしょうが)を提供し、摂取良好となりました。食事がとれるようになってからは見違えるように元気になられ、よくお話もされていました。無事放射線治療を完遂した時には、腫瘍もとても小さくなり食べづらさも改善されました。
Aさんは自宅退院をめざしているため、すぐに看護師が退院支援に着手しました。幸い介護申請は済んでおり、ケアマネジャーが決まっていたためスムーズに進みました。入院する前は食事の準備をはじめ、家事一切をご自身でこなしていたとのこと。息子さんと同居していましたが協力を得ることは難しかったようです。今回の入院前も、食事が食べづらくなり、動きづらくなり、買い物に行けなくなり……。調理もできず、買ってきてもらったドーナッツやアイスを食べていた、という経緯のようでした。そこで、食事に関しては宅配食を手配する運びとなり、食事のことで困ったら退院後も当院に相談していただくことになり、晴れて退院することになりました。
舌がん手術が目的のBさんのケース
舌がんの手術目的で入院されたBさんは、痛みが強く、術前からほとんど食事がとれていませんでした。ご家族が心配していても「大丈夫」とおっしゃっていたそうです。あまりに食べられないのでご家族が「病院に行って点滴してもらったら?」と言っても「大丈夫」と受診せず、それ以上何もできなかったとのこと。
お好きなアルコールは飲んでおり、ハイボールを1日に1lは飲んでいたとの申告でした。入院時、体重減少とアルコール多飲の履歴があり、採血データでカリウムとマグネシウムの低下があったため、リフィーディング症候群ハイリスクとしてビタミンB1の投与とカリウム、マグネシウムの補正、リンのモニタリングを開始しました。
経口摂取は難しかったため、経鼻胃管からの経腸栄養と経静脈栄養のルートが選択されました。手術は舌全摘出、下顎辺縁切除、両側頸部郭清というかなり大がかりな手術となりましたが、無事終了し、その後は追加治療(化学療法、放射線治療)の方針となりました。
摂食嚥下リハビリテーションへの介入を開始しましたが、送り込みが困難、液体の誤嚥もあるため、なかなか食事が進みません。特に、咽頭に送り込めなかった分の食事を喀出してから次の一口に進むため、実際お腹に入る量は口に入る量の半分程度と推測されました。
経鼻胃管からの経腸栄養を併用し、食事摂取を進めていましたが、食事の割合が増え、経腸栄養の割合が減るとすぐに体重が減少してしまいます。ご本人は「大丈夫、大丈夫」とおっしゃり、経口摂取以外の栄養ルートは胃ろうも経鼻胃管も拒否的でしたが、体重の推移および早期の自宅退院を希望されていたことから、栄養ルートの検討を担当医と摂食嚥下リハビリテーションの担当歯科医師に依頼しました。
苦痛な食事は続かない
口腔がんの患者さんは、手術によって食べる機能、しゃべる機能に影響が出ます。経鼻胃管からの経腸栄養、経口摂取への移行の際には、経口摂取のみで必要な栄養量が確保できるまでは経鼻胃管を抜かず、経口摂取で不足する栄養を経鼻胃管から投与します。また、経口摂取においても術後に放射線治療と化学療法が行われる場合、かなりの確率で粘膜炎が生じ、痛みをはじめ、唾液の減少による乾燥や味覚障害などの理由から食事摂取量が減少します。痛み止めの使用や食形態、味付け、温度、量などを調整し、なんとか乗り切れる方がいれば、体重が減って傷の治りが遅くなってしまうという悪循環にはまってしまう場合もあります。特に摂食嚥下障害のある方の場合は、このようなリスクが高くなります。「食事の時間が地獄だ」「薬だと思って食べている」「鼻からチューブを入れたくないから頑張る」など、本来楽しいはずの食事の時間が、栄養をとるための義務であり苦痛となってしまうのはとても残念です。
どのような栄養がどのくらい必要であるかということと、栄養ルートや食形態など、どうやって栄養を確保し食事をしていくかは、患者さんを含めスタッフでしっかり話し合えるとスムーズに進むと感じています。退院後の生活においても、食事の用意をはじめ、量が多い、痛い、しみるなどいろいろなことを我慢しながら食事をするのは苦痛です。頑張らなければできないことは続かない可能性もあるので、患者さんがおっしゃったことだけに反応するのでなく、患者さんの思いや不安などを管理栄養士がよく聞き取り、退院後の生活につなげることが必要です。(『ヘルスケア・レストラン』2022年8月号)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年より東京医科歯科大学歯学部附属病院勤務となる。摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、NST専門療法士