“その人らしさ”を支える特養でのケア
第55回
高齢者施設でのおやつの持ち込み
皆さんはご利用者やそのご家族からの、おやつなどの飲食物の持ち込みについてどのように対応していますか?当施設では数年前から施設内基準を設けています。今回はその基準に沿って対応したMさんのお話を紹介します。
飲食物の持ち込み基準
「Mさんのおやつ、今月も来たな……」
休暇明けの私の机の上には、月に1回くらいの頻度で内容物の確認のために、お菓子が詰まった大きな紙袋が置かれます。
Mさんは軽度の認知症と心疾患があるご利用者です。入居後しばらくして大量のお菓子がご家族から届くようになり、取り次ぎを行ったケアマネジャーから「食事制限なかったっけ?」と問い合わせを受けたことがきっかけで、おやつの管理にかかわるようになりました。
当施設では、以前からご家族からの差し入れを受け入れています。「施設内で栄養管理をしているのだから、家族からの差し入れは困る」と思われる方もいらっしゃると思います。しかし、ご家族からご利用者の好きなものや食べ慣れた食材が届くことが楽しみや意欲のもとになっているように感じ、食事制限がない場合は管理栄養士を通さずに受け入れるようになりました。
管理栄養士を通さずご利用者の手元に届いたとしても、差し入れを召し上がったことが介護記録に残ることや食べ過ぎを心配した介護職員から提供量の相談があるため、差し入れの内容や頻度は把握しています。
ただし以前は、差し入れといっでもほとんどが面会の時にご家族と一緒に楽しむ程度で、残りを預かるということは多くありませんでした。ところが、あるご利用者から入居に際して「いろいろな飲食物を持ち込みたい」との要望があり、持ち込みの基準を作成することにしました(表1)。現在もこの目安に沿って対応しています。この数年はコロナ禍の影響もあり面会が制限されるなか、受付での受け取りや配送などを利用してご家族から差し入れを預かることが増えています。
表1 施設内の食品持ち込みのめやす
Mさんのおやつ管理
さて、冒頭のMさんですが、差し入れのあったおやつをお渡しする初回に、食事制限があるため量調整させてほしいと伝えました。Mさんは「もう(自分の命は)長くないから、好きなものを自由に食べて死にたい」と話してくれました。Mさんの希望は1日1回おやつを食べる時間がほしい、というものでした。
以前に紹介した「カリッとしたものを食べたいAさん」(2021年3月号参照)の事例を思い出した私は、さっそく医師に相談しました。改めて食事制限を確認し、差し入れのおやつで摂取する塩分の上限は0.2gと決まりました。エネルギー制限はありませんが、Mさんから気に入っているお菓子1種類を手元に置きたいと希望があったため、職員が管理するおやつからお渡しする際の提供エネルギーはおおむね80kcalとしました。
Mさんのご家族から持ち込まれるおやつはさまざまなものの詰め合わせで、中身を確認する私はうきうきとした気持ちになりました。ただ種類がさまざまであるため含まれる塩分量もまちまちです。そこで、お預かりした職員が管理するおやつは塩分が1日0.2g以下になるようにして、ご本人と相談しながら選べるよう一覧表を作成しました(表2)。
当施設で用意するおやつの提供時間は給食の一環で15時としているため、Mさんに差し入れられたおやつを提供するのは10時のお茶の時間と決まりました。それをMさんに説明すると「そんなにたくさん食べたいわけじゃないのに……」とおっしゃりながら渋々納得されました。
表2 個人のおやつ提供のめやす※イメージ
持ち込みのおやつで得る自由
医師からの勧めもあり、ご家族から送られてくるお菓子のなかには、クッキーやせんべい状の栄養調整食品も含まれるようになりましたが、Mさんはお気に召さない様子。しかし、折に触れ決められたなかでMさんがおやつを楽しんでいる姿を見ることができました。おやつを選ぶことをきっかけに「このお菓子イマイチだったわ」とか「これはまた食べたい」など、介護職員との会話も弾んでいたようです。おやつの時間に訪問すると、「まずいところを見られた」という表情をするMさんに思わず苦笑いしてしまいましたが、そんなMさんの様子におやつの食べ過ぎはよくないという意識があるのだな、と少し安心しました。
Mさんは、「ラーメンを食べる会」にも参加(22年5月号参照)。塩分制限があるものの、医師から「今日だけね」と許可をもらい楽しんでおられました。この時も「スープはやめといたわ」と塩分を気にされていて、塩分制限の栄養指導が届いていたのだとうれしくなりました。
その後いつもどおり過ごしていMさんでしたが、原疾患の増悪で入院。そのまま息を引き取られました。
Mさんの退所後、ご自身がお手元で保管していた封の開いたお菓子が出てきました。ずいぶん前に渡していたそれは半分くらい残っていて、「そんなに食べたいわけじゃない」と話していたMさんを思い出しました。手元にいつでも食べられるお菓子があることは、社会的・身体的な状況のせいで不自由ななかに残った、わずかな自由だったのかもしれません。そう思うと、食べ過ぎて体重が増え、調子が悪くなるかもしれない、と思いながらもMさんの体調を信じて、お菓子を渡せたことは、Mさんが自分らしさを保つ一助になっていたのだなと感じます。(『ヘルスケア・レストラン』2022年7月号)
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る