栄養士が知っておくべき薬の知識
第131回
服用の必要あり、されど良薬口に苦し
その場合のさまざまな服薬法について

今回は、主に小児に薬を服用させる時に問題となる「苦い薬」について述べます。現在、苦味を緩和するさまざまな甘味を利用した服薬法が活用されています。

味覚について

味覚には、5大基本味の塩味と甘味、酸味と苦味、うま味があると言われます。食べ物や飲み物に含まれる物質が口の中に入ると舌に触れますが、舌には乳頭と呼ばれる多数の突起があり、その中に味蕾があります。この味蕾が味を情報としてとらえて脳に伝達し、脳内で味を認識します。
味を感じられなくて食事が進まないといった方は、味蕾が十分につくられていなくて、味を感じないということがあります。味蕾は代謝回転が速い細胞で、亜鉛などのミネラルが十分に摂取できていないときちんとした味蕾がつくられないことも原因となり、味覚異常を起こします。
また、味覚異常に似た感覚に「におい」がわからないといった臭覚異常も問題になります。現在、猛威を振るっているCOVID-19による感染症では、その所見として味覚・臭覚異常がみられるとされます。
「カレーなどの風味がわからない」といった場合は、味覚異常というよりも臭覚に問題があるのかもしれません。
これらの味覚・臭覚異常は、亜鉛の吸収を妨げたりする薬の服用によっても起こりやすく、味覚障害を起こす薬はたくさんあります。利尿薬のフロセミドや血圧降下剤のACE阻害薬、抗菌薬ではテトラサイクリン系やマクロライド系などです。味覚・臭覚異常を訴える患者さんがいたら、ぜひ最寄りの薬剤師に相談してみてください。

今回述べるのは5つの味覚のうちの苦味についてです。苦味を感じる細胞は子どもに多いと言われていて、大人になるにしたがって
感じにくくなります。実際、子どもは酸味や苦味のある食物を嫌がることが多くあります。これは、本能的に酸味は腐っているかもしれない、苦味は毒かもしれない、というサインを感じ取っているとも考えられています。「良薬口に苦し」と言いますが、薬だから苦くても飲み込みなさい、と子どもに言い聞かせることは容易なことではありません。薬の成分には苦いものが多く、これでは子どもの治療がはかどりません。そこで子ども用にシロップ剤にしたり、薬に甘味を付けたりして、苦味を感じさせないような工夫が必要になります。

マスキングについて

苦い薬の服用時に苦味を消す方法を「マスキング」といいます。苦味をマスキングするためにさまざまな工夫が施されています。苦いものを感じないように甘いもので味付けをする方法として、甘味料が用いられています。白糖、マンニトール、フルクトース(果糖)、ラクトース(乳糖)などが使われています。白糖は安価で安全性が高く、甘味剤として最も多く使用されています。薬の表面にコーティングして被膜をつくるように塗り付けてある場合もあります。錠剤に塗り付けているものを糖衣錠と言います。甘味料としてサッカリンが使われている場合もあります。以前は膀胱がんの増加が危惧されましたが現在は否定的です。エネルギーが少なく、減量用の甘味料として炭酸飲料などにも用いられています。また、砂糖の100~200倍の甘味を感じるとされるアスパルテーム(L-フェニルアラニン化合物)や糖アルコールの1つであるキシリトール、果物などに含まれるエリスリトール、砂糖を加工して合成されたスクラロースや、漢方の成分である甘草が使われたりする場合もあります。苦味を感じる代表的な薬にマクロライド系抗生物質であるエリスロマイシンやクラリスロマイシン、アジスロマイシンがあります。マイコプラズマをはじめ、多くの細菌感染症に汎用され、小児にも使われます。
私たち成人は錠剤やカプセル剤を服用する場合が多く、あまり苦味を感じないかもしれませんが、小児用に細かい粒状の細粒剤や水に溶かして飲むドライシロップ剤が発売されています。これらをうまく飲み込めずに口の中に薬が残ってしまうと強烈な苦味を感じてしまい、服用しなくなってしまう小児も散見します。そこでジスロマックでは、サッカリンなどの甘味料を組み合わせたり、いちご味の矯味料を使ったりして苦味をマスキングしています。
口腔内はほぼ中性(pH6.8程度)ですが、このpHでこれらのマスキング剤が溶け出さないような工夫も施されています。つまり薬が胃内のpHではじめて溶け出すような工夫が行われているのです。

小児の服薬時の注意点

苦味のある薬をマスキングしても、上手に薬が飲み込めないと苦味を感じてしまいます。苦いとわかっている薬はさまざまな工夫がなされていますが、もともとそれほど苦くない薬でも子どもは苦く感じやすいため、服用時の工夫が必要です。たとえば、チョコレートを先に食べて口腔内に油膜を張り、舌をチョコレートの被膜を覆うようにしてマスキングするといったことも効果があると言われています。またアイスクリームやヨーグルト、プリンなどに混ぜて薬を飲ませる場合もあります。
このような時に注意したいのは、スポーツドリンクなどの酸性飲料で服薬させる場合です。前述したマクロライド系抗生物質はアルカリ性で、同じアルカリ性の高分子でドライシロップ剤などを服用させやすいように工夫している製剤があります。これを酸性のスポーツドリンクで服用してしまうと、コーティングが破壊されて苦味のある薬が表面に現れ薬自体の強い苦味を感じてしまいます。エリスロマイシンやクラリスドライシロップも同様に、ヨーグルトやオレンジジュース、りんごジュースなどと一緒に服用しない注意が必要となります。同じ抗生物質でもセフェム系と呼ばれるセフゾンは、どんなものでも苦味は感じないようですが、子どもが好むからと言って、酸性飲料で薬を服用させると、強い苦味を感じて薬の服用を嫌がることもあるので注意が必要です。

服薬補助方法

散剤を服用することが難しい場合に取られる方法を紹介します。1歳児くらいまでだと専用のスポイトに薬をのせて服用させる方法があります。生後半年くらいまでの乳児には哺乳瓶に薬を入れるといった方法もあります。離乳食を始めた子どもにはスプーンにりんご味のソースをのせて、それと一緒に薬を飲ませる方法も行われます。服薬補助ゼリーも用いられますが、前述したように酸性タイプも発売されていますので、錠剤では甘味料が溶け出さないように注意が必要になります。

味覚と生活習慣病

甘味を好む人は体重増加しやすいとか、反対に肥満者では甘味感受性が低下しているのではないか、といったように味覚という観点から生活習慣病対策も考えられるようになっています。また第6の味覚として脂肪味を考える人もいます。脂肪にうま味を感じて肥満になってしまうという考え方です。味覚障害というと、NSTで患者さんの管理をしていた筆者はつい低栄養を心配しますが、その反対に味覚細胞の異常で通常の味を感じることができなくなってしまい、つい塩辛さや甘味が強いものを食べ過ぎて高血圧や糖尿病をはじめとする生活習慣病を誘発するおそれもあります。管理栄養士さんがよく観察し、患者さんの味覚異常の有無を発見することがとても大切です。(『ヘルスケア・レストラン』2022年7月号)

林 宏行(日本大学薬学部薬物治療学研究室教授)
はやし・ひろゆき●1985年、日本大学理工学部薬学科卒業。88年、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院勤務。2002年から同院NST事務局を務める。11年4月から日本大学薬学部薬物治療学研究室教授

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