“その人らしさ”を支える特養でのケア
第54回
利用者個人の希望や状況に応じた
柔軟な栄養ケア
これまで多くの方の栄養ケアにかかわり、その先にある看取りケアにも携わってきました。そこで感じたことはご利用者の数だけ栄養ケアがあり、そして看取りケアがあるということです。
後悔の残ったAさんの看取りケア
Aさんは寡黙な方で、ミールラウンドで声をかけても軽く微笑むだけで、栄養ケアのニーズをつかむのに苦慮する女性でした。青菜が苦手なようで残されることが多く、それが嗜好的な問題なのか、噛みにくいのかお聞きしてもはっきりとした返答はありません。認知症のせいか、とも思いましたが看護師に確認すると「そこまで重認知症ではない」とのこと。「まだまだAさんとの信頼関係が築けていないなぁ」と反省しつつ、介護職員と相談しながら食材を細かくしてみたり、ちょっとしょうゆをたらしてみたりといろいろ工夫しましたが、Aさんは困ったように笑うだけで解決には至りませんでした。
食べにくいのか、と思い刻み食に変更したこともありましたが、いい変化はありません。面会に来られ刻み食を見たご家族に「これじゃ、ちょっと何を食べているかわからない。かわいそう」と言われてしまい、改めて口腔機能などについて説明し渋々納得していただく、というようなこともありました。
そんなAさんが徐々に自分で食事を食べられなくなりました。食事介助を行っても拒否が強く摂取量は増えません。主治医を含めたカンファレンスで検討した結果、老衰の状態ではないか、との結論になり、ご家族の同意のもと「元気になったら通常ケアに戻す」ことを前提に看取りケアに移行しました。
少しでも食べられれば、と考え、拒否があるけれども食事介助を行うことにしましたが、介助をしようとすると目を閉じてうつむいてしまいます。何度もミールラウンドを行い様子を観察すると、ブリコンタイプの栄養補助食品は何とか自分で召し上がることができていました。しかし、そのあとはうつむいてしまい、食事に移ることができません。疲れてしまうのか、と思い順番を変更して提供してみましたが結果は変わりませんでした。
介護職員から、お気に入りの乳酸菌飲料は飲める、との情報を受け、気に入ったものを少量食べていると感じました。途中、私が我慢できなくなり、食事介助に入ることもありました。そんな時Aさんは私の気持ちを汲んで2~3口食べてくださいました。
最終的には自力で食べられる分だけの摂取が続きました。振り返ってみれば、その姿は来る日に向けてエネルギーを調整しているようにも見えました。また、誰の手も借りずに自分のことをしたい、というAさんの強い意志も感じたのです。その後、食事摂取量がどんどん低下し、Aさんは静かに亡くなられました。
看取り後のカンファレンスでは、Aさんらしい最期だったと他職員と想いを共有しましたが、個人的には原因不明のモヤモヤを残したままAさんの看取りケアが終了しました。
ふとよみがえるBさんの梅干し
しばらくして、ご夫婦で入居されるご利用者が増えたなぁ、と感じた時、Aさんとそのご主人のBさんを思い出しました。BさんはAさんが入居される数年前に当施で看取った方です。
Bさんはお話し好きのにぎやかな方。訪室するたびに楽しいお話を聞かせてくださる施設の人気者でした。Aさんとは正反対の様子を思い出し凸凹夫婦だったんだなぁとにやりとする一方で、重度の認知症だったBさんは、何を聞いても「最高だ~」とおっしゃるばかりで、Aさん同様ニーズをつかむのは困難な方でした。
Bさんの食事に欠かせなかったのは梅干し。大きくて真っ赤な梅干しは見るだけで唾液がダブダブと出るほどで、梅干しの見本のような見事な品です。ご家族が面会時に持参されるそれの購入先を聞いた私に「うちの母の手づくり」と教えてくれました。
Bさんと同時にその手づくりの梅干しを思い出した私は、このことをもっと早く思い出してAさんにも梅干しを出せばよかった、と反省しました。
看取り期に食事摂取量が少なくなると、少量でも高栄養のものを、と思いついつい栄養補助食品を中心に提供していました。Aさんも栄養補助食品なら食べてくれる、という思いから、同じものばかりになってしまっていたことに気づいたのです。
Aさんのように、食事介助を受け付けず自分で食べられるだけ召し上がる方に対する看取り期の栄養ケアは初めての経験で、個人的には大変歯がゆく感じました。ただ、Aさんを見守るだけの日々にこのままでいいのか、できることはないか、と自問自答を繰り返していました。
一人ひとり異なる栄養ケアに答えはない
これまで経験した看取りケアでは、その都度対象のご利用者の食べたいもの、食べられるものを探ってきたつもりでしたが、ご利用者個々のエピソードから、思い出の味を提供することにも挑戦したい、と感じました。
Aさんのことをきっかけに、看取り期だけでなく、栄養ケア全体少し柔軟に考えられるようになりました。
必要な栄養量を満たすことは重要ですが、個々のニーズや状況によってさまざまある栄養ケアの項目の優先順位が変わってきます。特に看取り期では、ご利用者に苦痛が生じるような食事提供を行うことはありませんし、それによっ必要量を満たせないことも多く経験します。しかし、それよりも食べたいものを提供することが優先されると考えています。過去には、食事はなかなか食べられないのに、栄養補助食品はしっかりとれ、給食の範囲では対応できなくなり薬価収載品も追加する、ということがありました。当初は食事だけで何とかしたい、と思ったこともありましたが、栄養補助食品などによって必要な栄量が確保できたことで徐々に元気になり、食事摂取量も増えてきた、というケースもあります。
栄養ケアに答えはなく、似た状況のご利用者だとしてもまったく同じ対応でよい、ということはありません。毎回新しい気持ちをもって取り組んでいきたいです。(『ヘルスケア・レストラン』2022年6月号)
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る