食べることの希望をつなごう
第51回
退院したそのあとは……

自宅に退院される患者さんの食形態が嚥下調整食である場合、多くの管理栄養士はできるだけ調理負担の少ない食事をとれるよう指導時に尽力することでしょう。しかし、「これで大丈夫だろう」と送り出しても、自宅で調理してもらって初めて、指導時には予測できなかった問題に気づくことがあります。

つくってみて初めてわかる自宅での下調整食の問題

口腔内の術後は、がんのような大きな手術に限らず、たとえば抜歯のあとでも、食形態の調整が必要になることがほとんどです。具体的には、口の中の創に当たらないように軟らかくしたり、咀嚼の際口の動きに負担がかからないような形態の食事を説明して退院となります。
また、手術による摂食嚥下機能低下のため、形態調整食が必要になるケースや胃ろうなど(経口摂取とは別ルート)からの栄養補給を行う場合もあります。もし経口摂取のみで必要な栄養がとれていても、設定された食形態のゴールまで食上げするのに時間がかかる場合は、外来で経過観察しながら食形態を変更していきます。経過観察の結果、摂食嚥下機能に改善が見られれば、栄養ルートの再検討をすることもあります。

患者さんが安心して退院できるよう、まず摂食嚥下機能評価や食形態の調整を行い、栄養相談を行います。入院中は何もしなくても食事が出てきますし、下膳もしてもらえるので、患者さんは食べることに専念できます。しかし、退院したら食材の準備からあと片付けまで自分でしなくてはなりません。いくら患者さん自身が入院中にそれを想像していても、実際に「やってみて」「食べてみて」初めてわかることも多いのが現実です。

口腔がんの術後、摂食嚥下機能が低下し、日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食学会分2021のコード2-2の食事と胃ろうからの経腸栄養の併用で退院された患者さんがいらっしゃいました。
胃ろうからは1800kcalの栄養剤を入れていて、少量経口摂取をされています。最近食べられる量が増えてきたので、どのように経口摂取を増やしていったらいいかというご相談を受けました。体重の増減はなく安定していたので食事の量を増やしていけばいいのですが、調理担当である奥様に話を詳しく聞いてみると、最初はミキサーを使っていたが洗うのが面倒になり、現在はつぶしているとのこと。1人分の料理のために何品もミキサーにかけなくてはならず、その都度洗うのが大変だということがわかりました。
患者さんご本人は「つぶしたものでも食べられるよ」とおっしゃるのですが、実は口の中に残っているとのことだったので、食事の量を増やしていくためにはミキサーにかけたほうが食べやすそうです。そこでミキサーより扱いやすいハンドブレンダーを紹介し、調理法を説明しました。
こんな時、実際に一緒に調理ができたらといつも思います。百聞は一見にしかず。調理器具にはご家庭に合ったものや調理担当者の使いやすいものがあるので、実際にご家庭で確認できるのが一番だと思います。外来栄養食事指導では、次回患者さんがいらした時に調理や食事で困ったことがないかなどを確認するしかないので、患者さんだけでなく、こちらも伝えた内容で大丈夫かなと不安になることがあります。

タイムラグのある外来での栄養食事指導

同じく口腔がんの手術を受けた方のお話です。食形態に制限はありませんでしたが、舌の動きが悪いため、咀嚼が難しい食品があります。「食べにくいものがあるのだけれど」ということで相談にみえました。外来受診にいらした時にまとめて相談したかったそうですが、同じ日には栄養相談の予約がとれず、次回の外来受診に合わせてということになったため、1カ月越しとなりました。
入院中は軟らかく調理された食材や刻んだ食事を問題なく食べられていたのですが、ご自宅では食べにくい食材があったようです。調理担当はご本人で、ご家族のお食事も用意されていたので、できるだけつくり分けをしないでなんとかしたい、という要望がありました。退院前にもできるだけつくり分けのないようにお話ししたのですが、それでも実際退院してみると、ご家族と同じ料理を食べたいという気持ちが強くなったようでした。
特に肉調理に悩んでおられたので、ひき肉を使った料理や、軟らかく仕上げる調理法をいくつか提案しました。実質30分弱の説明でしたが、このために1ヵ月待っていただいたのかと思うと、もっと患者さんの身近に管理栄養士がいれば、この悩みを1ヶ月も抱えさせずに済んだのではないかと思いました。そして、その必要性を切実に感じました。

外来での栄養指導では最終的には、「実際に調理をやってみてください」と話を結ぶことになります。その結果、たとえ食べやすくつくれたとしても、生活していくうえで調理が負担になるようでは患者さんの満足度につながりません。レシピ本に忠実につくっているつもりでも、出来上がりが想像どおりにいかないこともあるので、やはり患者さんやご家族と一緒に調理を試せるといいのにと指導のたびに思います。
ほかにも、出来上がったものが食べづらかった場合の、より食べやすくするリカバリー法についても一緒に調理が試せればともに考えられるのに、と思うことがよくあります。ミキサーの使い方ひとつとっても、「説明書に1分までと書いてあったから」と1分ミキサーにかけたのに、病院で出ていたようなペーストにならなくて食べづらいとおっしゃる方がいました。何回かに分けてミキサーを回せばおそらくペースト状になるのですが、それも患者さんのご家庭にあるミキサーを一緒に使ってみないとわかりません。
このように、病院の中だけの指導では見えていない問題点が、患者さんのご自宅に伺えば見えてくるかもしれません。

“問題なし”の患者へもフォローの機会を

食事が大切なのはよくわかっていますが、患者さんによっては食事が生活の中心ではない場合も多々あります。そのため、よくよく話を聞きとって患者さんの生活スタイルに合わせた提案が必要です。退院後に困っていたり、体重が減っていたり、食べづらくなっていたり、というケースに遭遇するたびにそれを痛感します。
我慢強い患者さんや、「こんなことぐらいで」と相談するのを遠慮してしまう患者さんもいらっしゃるので、初回の栄養相談時ではわからない、「実際にやってみた結果」を確認していくことがとても大切だと思います。困っていることはないかとうかがうと「大丈夫、大丈夫」とおっしゃる方も多いですが、特に問題なさそうに見える場合でも、何らかのタイミングで、一度はフォローができる体制がつくられれば、より患者さんのニーズに合ったご提案ができるのではないかと感じています。(『ヘルスケア・レストラン』2022年6月号)

豊島瑞枝(東京医科歯科大学歯学部附属病院 管理栄養士)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年より東京医科歯科大学歯学部附属病院勤務となる。摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、NST専門療法士

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