お世話するココロ
第140回
高齢女性のうつ病

うつ病は発症に性差があり、女性は男性の2倍かかりやすい病気です。これは世界的な傾向ですが、加えて、社会的な格差も影響すると言われています。女性が多い現場で働くことが多い、管理栄養士の皆さんは、どうお感じになるでしょうか。

高齢女性に典型的なうつ病

私は、今勤務している病院では、主に統合失調症の患者さんとかかわっています。今の病院に来る前は、1996年から2009年まで、総合病院の中にある精神科病棟で働いていました。
そこでは男性看護師がいなかったこともあり、激しい精神症状のない、うつ病の女性を多く受け入れていました。
特に多かった精神疾患は60代半ば以降の高齢女性のうつ病でした。高齢になるほど専業主婦の女性が目立ったのは、その人たちが生きた社会を考えると、当然のことでしょう。
子供は独立。夫は定年を迎え、夫婦2人で過ごす時間が長くなる……。そのタイミングで妻がうつ病になるパターンが目立つのは、やはり何か共通する要因もあるように思えます。

ある女性が率直に語っていたのは、昼食をつくる負担でした。夫仕事に送り出してから1人でと昼食は、適当に済ませていたそうです。
ところが夫の定年後、それは許されなくなりました。「会社の昼休みと同じ時間に、食卓に座るんです。私の具合が悪くなってからは、『何でもいい』と言うのですが、何かは準備しなければならないんです。それがものすごくつらいです」
このように話していたのは、70代の女性でした。入院すると症状はすぐによくなり、自宅に帰ると悪くなるパターンを繰り返し、何度目かの入院で、初めて本音を聞いたのです。
しかし、こうした夫婦の在り方は、すぐには変わりません。何度か入退院を繰り返すなかで、夫も変わらざるを得ませんでした。妻が不在の間は、食卓に座っているだけでは何も出てきませんからね。

女性によれば、夫はようやく自分で惣菜を買い、ご飯を炊くようになったそうです。その後女性は数年のうつが抜けました。
定年によって夫の役割が変わっても、多くの場合、専業主婦である妻の役割は変わりません。うつでエネルギーが落ちると、それは終わらない負担に感じられるのではないでしょうか。

抑圧的な夫の問題

私が経験してきた高齢女性のうつ病では、往々にして、夫は年齢以上に元気でした。入院時、夫婦に話を聞くといかに妻の調子が悪いかを、延々と夫が話し続け、多くの女性は押し黙っています。
これも、何度か経験した例です。「よく眠れますか」と聞き、女性が「眠れません」と答えると、夫がそばからこんな風に答えるのです。
「いや、よく寝ているよ。僕が床につく時には、いびきをかいて眠っているんだから。夜9時から朝6時まではぐっすり眠っているよ。僕のほうが寝不足ですよ」
本当によくあるパターンなのです。この時の私はまず、本人が現状をどのように感じているかを聞きたいところですから、夫から見てどうかはそのあとの話。ですから次のように説明し、再度女性に質問しました。
「旦那様から見たご様子はわかりました。ただ、睡眠はご本人の感じ方と、外から見た様子がずれることはよくあるのです。まずは、ご本人の感じ方をうかがいたいので、奥様、いかがですか。眠れないと感じていらっしゃるのですよね。どんな風に眠れないのですか。寝つきが悪いのか、眠ってもすぐに起きてしまうのか。あるいは、眠れていても熟睡感がないのか。いかがでしょうか」
一度話を遮られた女性は、話すことを諦めがちなものです。ですから、なるべく答えやすいように、問いを工夫するのですが、やはりなかなか難しいですね。「眠っても、すぐに目が覚めてしまいます。眠りが浅いんだと思います」と、消え入るような声でやっと答えた女性に対し、夫は平気で反論します。「いや、寝てますよ」
これを聞いた私は、本当にうんざりした気持ちになりました。でも、当時40代の私は波風を立てたくない、という気持ちのほうが勝り、これ以上は言えないのが常でした。
今は違います。「ご本人の感じ方をうかがいたいので、最後までご本人に話をさせてあげてください。事実を争い、白黒つけることが目的ではないのです。奥様がどのように感じているかを、そのまま受け止めてあげてください。旦那様から見てどうか、という話はあとでうかがいます」と、このくらいは言うようにしています。
それでも夫の行動が改まらない時は、さらにこう言うこともやぶさかではありません。
「十分話を聞いてもらえるという安心は、うつをよくすることにつながります。逆に、自分の言葉を遮られたり、聞いてもらえなかったりすることは、うつの悪化要因になり得ます。きちんと最後まで話させてあげてください」
このように、高齢女性のうつ病の陰に、抑圧的な夫がいる。これは、残念ながらありふれた話と言えます。

抑圧しないために

もちろん、逆の場合もあって、うつの夫を妻が抑圧しているバターンもあります。性別問わず、いったんエネルギーの不均衡が起こると、丁重な人はますます丁重に、元気な人は「自分が頑張らねば」とますますエネルギッシュになり、差が開く傾向があります。
それでも私は、男性よりも女性がうつのほうが、より深刻に見えます。なぜなら、まだまだ男性優位のこの世の中では、たとえ男性が女性を抑圧していたとしても、問題視されにくいように見えるからです。
実際、男性に行動を注意してもほとんど変わりません。また、周囲からも「あの人はもともとそうだから」と許されてしまう傾向が強いように見えます。
今年3月8日の国際女性デーに、おもしろいツイートを見つけました。フェミニズムについて発信している男性が、周囲の女性に意見を聞きながら、男性が取りやすい抑圧的な態度についてまとめた表です。
一つひとつ納得できる内容だったので、表としてまとめます。

ここに現れているのは、平気で女性の話を遮り、関係のない話に話題を変え、言葉をやりとりせず独演会をし、求められてもいない知識をドヤ顔でひけらかし、自分の価値観を一般化して決めつけ、話の内容とは無関係な「言い方」「態度」「小さな間違い」などに難癖をつけ、はなから疑い、批判を認めない、抑圧的な姿です。無意識の抑圧には、女性も注意。でも、男性はもっと注意。皆がのびのびと生きられる職場、社会、世界にしたいですね。(『ヘルスケア・レストラン』2022年5月号)

(https://twitter.com/MukoyamaSohei/status/1500041659257876480?t=N8QZ0cJ_5Mrp0YSBnCJfDg&s=19) より引用

宮子あずさ(看護師・随筆家)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。現在は精神科病院の訪問看護室に勤務(非常勤)。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある

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