食べることの希望をつなごう
第49回
形態調整食への理解と
「つくらなくてはいけない」という呪縛
「食わず嫌い」という言葉がありますが、形態調整食にもあてはまるようです。理解してもらうことを待つより、理解してもらえるようこちらから働きかけることも必要です。また、自宅療養患者が形態調整食を必要とする時に避けられないのがどう準備するかという問題。私は、「つくれない」ことは悪いことではなく、「つくらない」ことも立派な選択だと考えています。
ペースト食はおいしくない?
摂食嚥下障害の原因はさまざまで、食べやすいもの、食べにくいものも個人差が大きいものです。しかし、患者さんやそのご家族のなかには、「ペースト状の食べ物よりも形があるもののほうが栄養価が高い」「普通の食事を食べたほうが元気になる」と思っている方がいらっしゃいます。
下顎歯肉がんの術後、咀嚼が難しく日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2013(以下、学会分類2013)のコード2-1の食事を召し上がっていたAさん。入院前まではお一人で生活されていましたが、退院後しばらくは娘さんと同居することになりました。退院して1週間ぶりに受診された際、体重が6kgも落ち、飲み込みづらさも出てきていたため、お話をうかがうと、娘さんの用意してくれる食事が食べられないとのこと。娘さんから「形がある食事のほうが元気になる」と常食を用意されていたため、ほとんど手が付けられなかったそうです。その後、娘さんに何度もお話しし、摂食嚥下リハビリテーション外来の先生方にも介入いただいたのですが、ご自宅で用意される食事は変わらず、体重減少が進んで通院困難となり、訪問診療に切り替わってしまいました。食べにくいものを無理して食べていると、食事の量が減り、体重が減り、体力が落ち、さらに食べづらさが増すという悪循環に陥りかねません。しかし、どうしても「ペースト状の食事はおいしくない」「形がない食事では元気にならない」というイメージが患者さんにもご家族にもあるようです。以前、担当医が患者さんに「どろどろの食事はおいしくないと思うけど頑張って食べて」と声をかけているところに遭遇し、そんなことはない!と反論したこともありました。食事の形を調整することで、安全に食べやすく飲み込みやすくできることはスタッフも知っているのですが、実際に食べたことがないとなかなか「おいしい!」と言えないのは当然のことだと思います。
形態調整食、特に学会分類2013のコード2-1の食事を見て、「患者さんたちは不当においしくないものを食べさせられている」と言った先生もおられました。百聞は一見にしかずと言いますが、食事も食べてみないと正しい評価はできません。コロナ禍以前は定期的に検食会を行い、病院で提供している形態調整食を他職種にも実際に食べてもらっていました。いわゆる「どろどろメニュー」でも、ポタージュスープなどの汁物は通常と変わりませんし、手づくりの具なしあんかけ茶わん蒸しやデザート類も食べやすくおいしい献立です。肉や魚のペーストは手を付けにくいようですが、ごま油やみそなどの風味を利用したり、だしを工夫したりして、おいしく食べられるよう工夫していることを説明して食べてもらうと、「思っていたよりおいしい」と言っていただけることが多くありました。
「試しにひと口」へつなぐために
口腔がんの術後、放射線治療を行っていたTさんは、治療が進むにつれ口の中に粘膜炎が起こり、痛みと飲み込みづらさが出てきました。ペースト状の食事は見た目がどうしてもいやで普通の食事を希望され提供していたのですが、それさえ残すことが増えてしまいました。
「飲み込む時に痛い」とのことで、声もガラガラしています。ご本人はまったく乗り気ではなかったのですが、「1回だけ食べてみて!」とペースト状の食事を試していただいたところ、食事時間は半分に短縮し、全量食べられるようになり、「もっと早く食事を変えてもらえばよかった。思っていたよりとてもおいしい!」と喜んでおられました。料理の見た目は食欲にもつながり大変重要ですが、大量調理ではできることに限りがあるのが実情です。器や盛り付けはもちろんですが、そこに「情報」をプラスすることで、少しでも食べてみようというきっかけになればと思います。どんな素材をどのように調理して、こんなところを工夫しているからとにかくひと口食べてみて!というような話から、試しのひと口につながり、おいしく食べることにつながれば、患者さんの治療を支えることにもつながります。
食事に正解はない
ペースト状より形のあるものと同様に、市販品より手づくりをと考える方も多くいらっしゃいます。もちろん手づくりのほうがいろいろとアレンジがきき、患者さんの好みに調整できます。
しかし、慣れない形態調整に時間がかかり、朝ごはんが終わったらすぐ昼ごはん、そして夕ごはんと、食事の準備に追われたり、つくらなきゃという思いが患者さんやご家族の負担になったりすることがあります。そんな時は、「絶対に手づくりでなければいけないわけではありません」とお話しします。市販の惣菜やレトルト食品でも、組み合わせ次第で栄養の偏りを減らすことができます。
下顎歯肉がんの術後、学会分類2013のコード3~4の食事を食べていたCさん。入院前はCさんがご家族の食事も準備しており、自立していましたが、手術により液体にはとろみが必要で食形の調整も必要となりました。ご本人は「つくらなきゃ、でもできるかしら」「(やっぱり)できないと思う……」と不安そうです。
Cさんは咀嚼が難しく、誤嚥のリスクもあるので、食形態の調整は必須です。同居の夫、息子さんは、自分たちが困らない程度の調理はできるけれど……とCさん用形態調整食をつくることは難しそうでした。そこで退院してから初回外来までの2週間分、レトルト食品や栄養補助ゼリーなどで必要な栄養量を最低限満たせるよう組み合わせて食べていただくことになりました。
退院後初回の外来では、体重減少もなく、順調に日常生活に戻っていらっしゃるようでした。もともと「つくらなきゃ!」と思っていらしたので、「レトルト食品ばかりで飽きましたか?」とうかがったところ、「楽をしています。しばらくこのままでもいいですか?」と笑顔で回答が返ってきました。
食事に「こうでなければならない」という正解はありません。患者さんそれぞれの状況や状態を考慮して、患者さんが幸せに食べられる手助けをしていきたいと考えています。視点を地域やほかの施設に向けてみると、固定概念にとらわれず、びっくりするような思いつきと調理技術、根拠に基づく栄養学の知識で患者さんの食をサポートしている管理栄養士が本当にたくさんいるので、私も日々学んで、あとに続きたいと思います。(『ヘルスケア・レストラン』2022年4月号)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年より東京医科歯科大学歯学部附属病院勤務となる。摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、NST専門療法士