栄養指導で”あるある!こんなこと”
第105回
糖質の甘さが閉ざされた患者の心を
少しずつ開いてくれました

東日本大震災以降、9カ所にもおよぶ避難所生活を経て、現在はいわき市に住んでおられるTさんのエピソードの続きです。過度なストレスから心身に悩みを抱えるTさんですが、その後どうなったのでしょうか?

チョコレートもいいんですか?

前号で、Tさんは糖尿病と診断を受けてから実弟に「ご飯は食べてはいけない」と言われ、大好きなご飯を我慢したり、震災後の非難で精神的に鬱になるなど、疾患と心理的な問題を抱えていることを報告しました。初回の栄養指導ではむしろきちんと食べていいとお話をして、年末だったのでお餅も2個ぐらいは食べても大丈夫とお話をし、まずは精神的な「食べてはいけない」というストレスを緩和するところから対応しました。そして今回、2回目の栄養指導となりました。

田村:体重の変化はないですね。大丈夫です。その後はいかがですか?

Tさん:はい。ご飯も少し食べています

田村:1日のお食事は、どんな感じでしょうか?

Tさん:朝はパン1枚と野菜サラダ、コーヒー。昼はご飯茶半分と納豆や野菜。タ飯はおかずのみで、ご飯はちょっとまだ怖くて食べていません

田村:まったく食べていなかった頃に比べると、炭水化物も少し食べていますね。よかったです

Tさん:納豆とか、食べて大丈夫ですよね?

田村:大丈夫ですよ。納豆、豆腐などの大豆製品、肉や魚、卵、乳製品など、たんぱく質はしっかりとってください。で、今回の検査結果ですが……

Tさん:どうですか?

田村:大丈夫ですよ。ちゃんと下がっています

Tさん:本当ですか。よかった

田村:血糖値は、400mg/dlから今回は240mg/dl。HbA1cは12%を超えていましたが、10.4%になっていますね

Tさん:ほっとしました

田村:もちろん、まだ高い状態であることに変わりありません。また、薬の作用で下がっていることもあります。食事だけで下がっている状況ではありませんが、炭水化物をちゃんと食べても、下がっていることが大切です。今はお薬の力を借りながら、でもきちんと食べて、しっかり数値を落ち着かせていきましょう

Tさん:でも、まだ怖くて自信がありません

田村:お会いするのは2回目ですし、まだ私もどこまで食事でコントロールできるか、予測はできません。一緒に様子を見ながらやっていきましょう。ところで、年末とお正月はいかがでしたか?

Tさん:お餅を食べていいって言ってもらったので、小さいの1回1個だけ食べました

田村:1個ですか?

Tさん:はい

田村:お雑煮か、お野菜と一緒にとるなら2個は大丈夫とお話したと思いますが

Tさん:やっぱり怖くて。家族には何度かお餅を出しましたが、私は我慢しました

田村:そこまで我慢しなくても、1回2個くらい、何回かは食べても大丈夫ですよ

Tさん:お餅を食べられてとってもうれしかったです!すっごくおいしかったです

田村:満足されてよかったです

Tさん:はい。食べちゃいけないと思っていたので、1個を大事に食べました。うれしかったです

田村:わかりました。前回もお話しましたが、食べちゃいけない物は何1つありません。食べる量、食べる頻度、食べ方などほんの少し注意して食べれば問題はありませんから、少しずつトライして、食べちゃいけない恐怖をなくしていきましょうね

Tさん:はい。あのぉ、チョコレートが大っ好きなんです!

田村:はい。私も大好きです

Tさん:チョコレートはダメですよね?

田村:さっき言ったように、食べちゃいけない物は何1つありませんよ

Tさん:えっ、チョコレートも?

田村:もちろん、毎日とか1回にたくさん食べることは望ましくないですが、週に数回、量を決めて食べる分には問題はないです。むしろチョコレートにはリラックス効果もありますし、何よ食べた時幸せな感じがしますよね。ぜひ、食べてください

Tさん:よかった。今日はそれを聞こうと思ってきました

甘さを味わうたびに表情がやさしく

2回目の栄養指導ではこんなやりとりをして食事内容を確認して終了しました。まだまだ食べることへの不安は大きく、また数値の改善にもやや時間がかかると感じました。そして、3回目の栄養指導となりました。

田村:Tさん、今回も体重は変わりなく、数値はしっかり下がって、血糖値は100mg/dl台まで下がっています。HbA1cもやりましたね。9.8%。一桁ですよ

Tさん:よかった。でも体重が減らないですね

田村:体重は現在、ほぼ標準体重なので問題ないですよ。減らしたい気持ちがありますか?

Tさん:これまで減っていたので、減らないのが心配で……

田村:それは精神的なストレスや糖尿病の悪化もあって減ってしまっていた経過があります。現状は、ちょうどよく標準体重なので体重は維持しつつ数値を下げていく、そんな考え方で大丈夫なんですよ。体重が減らないのは糖尿病が少しよくなっていること。また、Tさんの今の動く量と食べる量、エネルギーバランスともいいますが、それがちょうど均等ってことなので、いい状態です。ところでチョコレートは食べてみましたか?

Tさん:友だちに話したら、大好きなピスタチオ味のチョコレートを2袋買ってきてくれて。でも、まだ怖くて冷蔵庫の一番上にしまったままです

田村:そうなんですね。まだ怖いですか?

Tさん:はい

田村:では、今回はHbA1cが一桁になったご褒美として、今日帰ったら少し食べてみては?

Tさん:ご褒美?

田村:はい。ちゃんと頑張って、数値も下がってきているので、ご自身にご褒美です。そしてまた次回まで頑張りましょう

Tさん:ちょっと怖いですが、食べてみます

田村:大丈夫です。1、2回チョコレートを食べても数値が次回、上がったりはしません。食事は引き続きよろしくお願いします。

Tさん:管理栄養士さん、果物は食べても大丈夫ですか?

田村:はい。大丈夫ですよ。1日てのひら1杯程度の果物はビタミンや水分補給にぜひとってください

Tさん:よかった。これまで果物も甘いのでダメと思って我慢していました

このように少しずつ少しずつ、毎月確認をしながら食べることに自信をもってもらうよう、話をしていきました。翌月、Tさんは「チョコレートを1週間に1回と決めて2粒だけ食べました」と話してくれました。Tさんが通院してくるたびに表情が柔らかくなり、食べる喜びを取り戻していることに管理栄養士として喜びを感しています。(『ヘルスケア・レストラン』2022年4月号)

田村佳奈美
福島学院大学短期大学部
食物栄養学科講師
かとう内科クリニック 非常勤 管理栄養士

たむら・かなみ●療養病院、急性期病院での勤務を経て、2011年8月からフリーランスの管理栄養士として活躍中。福島県いわき市内のクリニックでの栄養指導や全国各地での講演活動、自宅で暮らす高齢者の栄養サポートにも力を入れている

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