“その人らしさ”を支える特養でのケア
第52回
ミールラウンドにより
個別対応の質を高めていく

食事の摂取状況の確認や食事中の様子から問題点を見つけるために欠かせないミールラウンドは、利用者とのコミュニケーションを図る絶好の機会でもあります。その人にとって適したサポートを実施していくためにも、ミールラウンドの質を高めていきたいと考えています。

ミールラウンドにより利用者との距離が近くに

令和4年度が始まります。昨年の介護報酬改定から1年。業務が落ち着いた方もいれば、いよいよこれから新しい取り組み!と緊張されている方もいたりと、さまざまかと思います。

当施設では、栄養マネジメント強化加算がスタートし半年。新しい取り組みがルーティンワークとしてなじんできています。この半年間で、小さいですがいろいろな変化がありました。思わぬ収穫だったのはご利用者との距離がさらに近くなったことです。加算算定前も頻繁にユニットを訪ねてご利用者とコミュニケーションをとっていたと思っていましたが、食事の時間の訪問頻度が高くなったことで「食事の担当の人」としっかり覚えていただいたようです。

Aさんの場合

「横山さん、今日のごはんはなに?」と聞くのはAさん。脳血管疾患の後遺症で左半身麻痺のAさんは料理関係のお仕事に就いていた方です。気難しそうな風貌にコミュニケーションが難しそう、と感じかつてはどうしても距離をとってしまっていました。
そんなAさんの残食を目にすると、味が悪かったかな……とちょっと胃が痛くなりますが、思いきって残した理由を尋ねてみることに。ほとんどがご本人の好き嫌いによるものでしたが、これをきっかけに食事の時間以外にもAさんと会話をすることが多くなりました。
食事時間の訪問が多くなると、おのずと提供している食事の話題が増えます。今日のごはんはなに?から始まり、「朝食のジャムを増やしてよ」「山菜おこわはもっと風味を活かすといいよ」など、食事内容のリクエストやアドバイスが多いですが、次第にAさんのニーズにつながる会話が増えてきました。

ある日、転倒の報告が増えたAさんを訪問したケアマネジャーがやってきました。もともと、自立心が旺盛であったAさんですが、徐々にできないことが増えていき移乗動作が不安定になったことが転倒増加の原因でした。できることが減ってしまって落ち込み気味のAさんから、飲みたい物のリクエストがあったほか「何か調理をしたい」という希望があり、できる範囲でAさんの支援ができないか、という相談でした。
調理に関してはもう少し環境整備が必要ですが、飲み物のリクエストはすぐに対応できました。「大好きなんだ」という紅茶を飲みながらおやつの配膳を待っているAさんに、「おやつ、大きめのにしたよ」とこっそり耳うちできるくらいの間柄になれたことはとてもうれしいことでした。

Bさんの場合

「栄養士さん、ちょっと」と呼ぶのはBさん。
この方も脳血管疾患の後遺症で半身麻痺のある方です。生活のいろいろな場面に心配事がある様子で、食事のことはもちろん、それ以外のことも「担当じゃないんだろうけど」と前置きしたあとに話してくれます。

Bさんとは食事内容の変更についてこまめに話し合ってきました。ミールラウンドの際、いつ訪問しても何かしら残っていることがきっかけで始まったやりとりです。最初は「魚が好きじゃない」とのことで提供内容を調整。そのあとは「何だかのどにひっかかる気がして」とおっしゃり食形態を変更……と、ご本人の意向に合わせて調整しています。認知症が軽度なこともあり、食事内容の変更のデメリットが大きくなってしまうことも考えられたため、いつでも元の食事に戻せますよ、と伝えたうえで変更しています。
どうやらBさんは寂しくて、スタッフに声をかけているようだ……とスタッフ間の情報交換で聞こえてきていますが、「心配してほしいから食事を食べない」なんてことにならないよう、対応できる範囲で傾聴に努めているところです。
直接栄養管理につながらない内容も多いのですが、Bさんが信頼して声をかけてくれていると感じています。

Cさんの場合

「わざわざ食べてる時に来るんじゃないよ!」とおっしゃるのはCさん。骨折のあとの長引く痛みでリハビリが進まず寝たきりとなっています。当施設では寝たきりのご利用者もフルリクライニング車いすを使って離床していただいていますが、Cさんはご本人の強い拒否があり、入浴時を除いて離床していません。極端に活動が少ないせいか拘縮が進み、ベッドのギャッジアップの際にも痛みがある様子です。
食事を自室で召し上がっており、ミールラウンドを開始する前は月に一度程度、前述のように怒られながら訪問するにとどまっていました。

Cさんの低栄養リスクは低リスクなので、加算要項の週3日以上のミールラウンドの条件には当てはまりません。しかし、以前から口腔内の環境が悪いことや食事姿勢が崩れていることが問題となっており、こまめな食事状況の確認が必要な方だったため、ミールラウンドの開始とともにさんの食事観察も強化することにしました。
最初は怒られながら訪問していましたが、食事の様子は観察できません。困って介護職員に相談すると、「居室のドアをそっと開けて覗けば大丈夫だよ」と教えてくれました。そこで早速実践することに。
この作戦は功を奏し、遠目ではありますが、食事の状況を確認できるようになりました。
思っていたとおり、咀嚼がうまくいっていないことがあったり、ご自身で調整しているベッドのギャッジアップも体幹がずれ、姿勢が悪いまま食事をしていたりすることが改めて問題として挙がってきました。

折よく担当者会議がもたれたこともあり、栄養状態は保たれているが、食事環境から誤嚥や窒息のリスクが高いことを他職種と共有しました。
状況を聞いた主治医からも、正しい姿勢をとるメリットをCさんに伝えていただくことができました。

小さな積み重ねが“その人らしさ”を支える

今回紹介した事例は栄養管理の取り組みとしては小さな前進です。
なかなか取り組みの成果が出ないな、と思った時には過去を振り返って足元の小さな変化を見つけることがモチベーションの維持にもつながります。本当は劇的な変化を紹介したいところですが、こんな小さなことの積み重ねがその人らしさを支える栄養管理につながっていくのでしょう。

新年度を迎え、1つずつの積み重ねが大きな成果を結ぶ1年にしたいと気持ちを新たにしています。(『ヘルスケア・レストラン』2022年4月号)

横山奈津代
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る

TAGS

検索上位タグ

RANKING

人気記事ランキング