栄養指導で”あるある!こんなこと”
第104回
東日本大震災から11年が経とうとしていますが
避難所生活のストレスはまだ続いているのです

今回のTさんは2回連続で紹介します。かなりの高血糖状態で来院しました。そこには東日本大震災で受けたストレスが大きく影響しているようです。

扉を閉めてもいいですか?

今回クリニックに初診で来られたTさん。東日本大震災以降、9カ所にも及ぶ避難所生活を経て、現在はいわき市に住んでいます。身長160cm、体重58kg、BMI22.7kg/㎡とほっそりした方でした。初診時の血糖値は400mg/dl、HbA1cも12%を超えていて、かなりの高血糖状態でした。

挨拶をした感じでは「少し静かな方かな?」といった印象でした。しかしそのあと、いつもどおり食習慣の聞き取りをしようとしたら、換気のために半分開けてあった処置室と栄養指導室の間の扉をちょっと気にされて「私、ガヤガヤしているとだめなんです。閉めていただいていいですか?」という依頼がありました。

Tさん:私、震災以降、あちこちに避難していて、精神的にも少しおかしくなって、今は心療内科でお薬もいただいています。いろいろあって、あまり人混みとか、ガヤガヤしているのが苦手になってしまって

田村:そうなんですね、わかりました。震災の前はどちらにいらしたんですか?

Tさん:○○町です。その後、避難所や親戚の家、アパートと9回も引っ越しをしました。それで、夜も眠れなくて、精神的にも参ってしまって

田村:そういったストレスもやはり糖尿病発症の要因の1つにはなりますね。私も避難所などをうかがっていましたが、震災後の長期間の食事の不便さなどが糖尿病や高血圧の原因となり得る状況でしたね

Tさん:私も降圧剤を飲んでいます。あまり服薬を増やしたくないのですけど

田村:今の血糖値を診て処方されたんだと思います。ちゃんと下がって安定してくればお薬が減る方も、不要になる方もいます。先生もちゃんと診ていますので安心してください

ご飯って食べていいんですか?

震災後の環境の変化と体調の悪化に苦しむ方がいることに心が重くつらい気持ちになりました。そして、いつもの食習慣の聞き取を実施しました。

田村:今回、血糖値が高めなんですが、高血糖はいつ頃からでしょうか?

Tさん:当初はここまでは高くなくて、「ちょっと高めだか病院に行きなさい」と町の健康診断で言われたのが1年前ぐらいでした

田村:その後、病院は行かれたんですか?

Tさん:はい。知り合いの看護師に相談したら、「うちの病院に来なさいよ」って言われて、○○市の病院に通っていたんですが、遠くて通いきれなくなって

田村:そこでは管理栄養士さんから話はありましたか?

Tさん:いえ、全然。お薬は出ていたんですが中断してしまったので、今年の健康診断でここまで上がってしまいました

田村:わかりました。間食もないし、食事量も体重も大丈夫ですね

Tさん:血糖値が高くなって自分でも気を付けるようにはしています。でも、もうどうしていいかわからなくて

田村:ほぼ標準体重ですしね。もともとほっそりされていましたか?

Tさん:実はもっと太っていました。震災後にぐっと体重が減って

田村:やはり、震災後のストレスは相当大きかったんですね

Tさん:それはもう、大変でした。体重は10kg落ちました。最近は落ち着いて、これ以上は減らない感じです

田村:よかった(このように患者さんに安心材料を与えるのもとても大切です)。では、食べ方などをお話ししますね。食べ方のポイントは大きく4つになります

そう話して手づくりの指導用の媒体を使って「主食の量、野菜類を毎食食べる、食べる順番(ベジタブルファースト)、ゆっくりよく噛んで食べる」と順にお話ししました。すると「ご飯って食べていいんですか?」と聞かれました。

田村:もちろんです。食べて大丈夫ですよ。何かでダメとかって見たんでしょうか?

Tさん:弟に糖尿病の話をしたら、「ご飯は血糖値が上がるから食べちゃダメ」って

田村:それを守っていたんですか?

Tさん:はい。ここ半年ぐらい

田村:そうだったんですね。わかりました。いろいろと原因が見えてきたような気がします。まず大切なことをお話ししますね。身体にとって悪いものや食べてはいけないものはありません

Tさん:えっ?糖尿病でもご食べていいんですか?

「はい」という答えにTさんの表情がパッと明るくなりました。「食べちゃいけないと思ってずっと我慢して……」と泣きそうに話します。

田村:大事なのは食べる量や食べ方、順番や組み合わせなどです。ご飯だって身体にとって大切な栄養を含んでいます。甘い物だって時には必要です

Tさん:何やっていたんだろう!

田村:こちらでお会いできて本当によかったです。一緒に食本当べる量や食べ方などを学んでいきましょうね

Tさん:よかった。わかりました

田村:そんなに我慢していたら、どこかで爆発して一気に食べてしまうなんてことはなかったですか?

Tさん:ありました!

田村:ですよね。私たちの大切な脳はブドウ糖という糖分しかエネルギーとして使えないんです。糖分が不足してくれば脳から食べるよう指令が出ます。食べちゃったあと、今度は罪悪感が生じませんでしたか?

Tさん:はい。食べたあとは、なんで我慢できないんだろうってすごい罪悪感でした。そして、もっとちゃんと我慢しないと糖尿病はよくならないって思っていました

田村:ご自身を追い詰めてしまいますよね。これからは大丈夫です。きちんと食べましょう。いや食べてください

Tさん:本当にご飯、食べて大丈夫なんですか?

田村:はい。大丈夫ですよ

Tさん:……

田村:ちょっと怖いですかね。でも、そのために野菜を必ず食べるとか、野菜を先に食べるとか、ご飯も量は決めるとか、さっきお話しした4つはしっかり習慣にしてほしいんです

Tさんは「はぁ~。わかりました」と、なんとなく身体の力が抜けたようでした。初回はこのようなお話のほか、年末だったのでお正月に食べるお餅も大丈夫とお話ししました。

Tさん:お餅もいいんですか?

田村:はい。1日2個ぐらいなら大丈夫です。お雑煮とか野菜をいっぱい入れて食べましょうね。もしかして、ご飯がお好きなんですね?

Tさん:はい!大好きなんです。

田村:では、我慢は本当につらかったですね

Tさん:はい……

田村:では来月、また様子を聞かせてください。一緒に頑張りましょうね

Tさん:ありがとうございます。とってもうれしいです。今日はご飯食べてみます

さて、Tさんの血糖値はどうなるでしょうか?私もまだドキドキの状態ですが、初回はこのような指導であっという間に1時間が過ぎていました。(次号に続く)(『ヘルスケア・レストラン』2022年3月号)

田村佳奈美
福島学院大学短期大学部
食物栄養学科講師
かとう内科クリニック 非常勤 管理栄養士

たむら・かなみ●療養病院、急性期病院での勤務を経て、2011年8月からフリーランスの管理栄養士として活躍中。福島県いわき市内のクリニックでの栄養指導や全国各地での講演活動、自宅で暮らす高齢者の栄養サポートにも力を入れている

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