食べることの希望をつなごう
第48回
栄養指導と口腔内環境

読者の皆さんは、高齢患者に対して栄養指導を行う機会が多いかと思います。その時、口腔内の確認はしていますか?「栄養指導で口腔内の確認?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、口腔内の状況を知ることで、いち早く高齢患者の抱える問題に気づけることがあるのです。

オーラルフレイルとは

総務省統計局によると、2021年7月1日現在、人口割合は65歳以上が28.8%、75歳以上が14.8%と、どちらも過去最高となっています。現在、65歳以上を高齢者、75歳以上を後期高齢者としており、健康状態は個人差が大きいことも特徴です。フレイル、サルコペニアはだいぶ身近な言葉になっています。オーラルフレイルもよく聞く言葉になってきたのではないでしょうか。

オーラルフレイルとは、歯数・口腔衛生・口腔機能などの老化に伴うさまざまな口腔の状態の変化のことを指します。また、口腔内の健康への関心の低下や心身の予備能力低下が重なり、口腔の脆弱性が増加し、食べる機能障害へ陥り、さらにはフレイルに影響を与え、心身の機能低下にまでつながる一連の現象および過程であるとされています。
オーラルフレイルの始まりは、滑舌低下、食べこぼし、わずかなむせ、噛めない食品が増える、口腔内の乾燥などほんの些細な症状であり、見逃しやすく、気が付きにくいため注意が必要です。これらの症状は早期に適切な対応をとることで、もとの健康な状態に戻せる可能性が示されています1)

高齢者の低栄養

高齢者は低栄養に陥るリスクが高く、低栄養は筋肉量の低下、免疫力の低下、創傷治癒の遅延などにつながるばかりか、身体機能の低下、活動量の低下を招きます。栄養を回避するためには適切な栄養摂取が必要ですが、高齢者では食事摂取量が減ってくることがあります。その原因には、味覚障害や嗅覚障害、摂食嚥下障害のほかに、薬剤の副作用や認知症、うつなども挙げられます。高齢者が極度の低栄養に陥ると、栄養状態を改善するのは困難であるため、低栄養のリスクを察知して早期に介入することが重要です。

食事摂取量が減少すると、当然ですが、各栄養素の摂取量も減少します。なかでも、食事に含まれる水分は意外と多く、食事摂取量が低下している場合は水分摂取量も低下していると考えていいでしょう。高齢者は筋肉量が少なかったり、利尿作用のある薬剤の内服があったりと、脱水に陥りやすい反面、のどが渇いたなどの自覚が少ない方が多く、水分補給をしていない場合があります。また、トイレに行くのが大変などの理由から、意図的に水分摂取量を減らしている方もいらっしゃいます。
飲水量に加えて、排尿の回数や量の確認および口腔内乾燥の有無からも脱水のリスクを察知できます。また、摂食嚥下障害がある場合も脱水になりがちです。むせてうまく水分がとれない場合もありますが、誤嚥予防のためのとろみ付けが面倒だったり、とろみがうまくつけられなかったりするケースも脱水につながります。

日本人の食事摂取基準では、フレイルおよびサルコペニアの予防を目的とした場合、高齢者では少なくとも1.0g/kg体重以上のたんぱく質を摂取することが望ましいとされています。また、日本サルコペニア・フレイル学会の、サルコペニア診療ガイドラインでは、適切な栄養摂取、特に1日に(適正体重)1kg当たり1.0g以上のたんぱく質摂取はサルコペニアの発症予防に有効である可能性があり、推奨するとされています。摂食嚥下障害のある患者さんや高齢者では、咀嚼力が落ちて、肉や魚などが食べにくくなっていることが多々あります。そのような場合に、缶詰や卵、豆腐、脂ののった刺身などは軟らかくて食べやすいため比較的好まれる食材です。
食事摂取量が減っていて、栄養素全体を底上げしたい場合、ONS(経口栄養補助食品)をお勧めすることがあります。ONSには処方可能な「薬剤」だけでなく、ドラッグストアなどに置いてある「食品」もあるので、手に取りやすいのではないでしょうか。特に「食品」タイプは、味だけでなく形態の種類が豊富な点もメリットです。

さて、液体でむせや誤嚥が見られる場合、経口濃厚流動食の摂取方法として、とろみ付けが適していないことが多々あるのは、皆さんにもご経験がおありだと思います。とろみがつきにくく、形態が安定しないことに加えて、とろみを濃くしようとすると付着性が増してしまう……。ゼリーやムースタイプのONSを食べられる方ならいいのですが、口腔内でつぶせなかったり送り込めなかったり、ばらけて散ってしまったりと固形物を食べづらい方もいらっしゃいます。日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2021のコード2-1や2-2が食べられるのであれば、油脂やたんぱく質の多い食品を使用しコンパクトに栄養補給することが可能です。しかし、調理が苦手な方には不向きだったり、市販のレトルトなどにひと手間加えるとしても経済的な問題があったりして、効率的な栄養補給にも一苦労な場面が少なくありません。こういったことを考えると、本格的な摂食嚥下障害となる前の、「ちょっと食べづらいな」とか「少しむせるな」といった時期からの介入が非常に大事だと考えさせられます。

栄養指導で口腔内を見る意義

当院では手術により摂食嚥下障害となる患者さんが多いのですが、術式やその後の経過により、ご自宅に安心して戻るためにはいくつもハードルが待ち構えていることがあります。患者さんがご高齢の場合、ご家族や地域などのサポート、ご本人の認知機能、身体機能、既往歴や内服の状況など、高齢者特有の問題が加わり、さらに難渋します。

食事に関しては、退院後の食事の不安をできるかぎり少なくするため、いろいろなパターンを入院中に試してみることがあります。液体がとろみなしで飲めるか、とろみが必要な場合はどの程度のとろみが必要なのか……。誤嚥なく飲めるぎりぎりの薄さを試すのは必須ですが、食形態に関しても、刻んであれば大丈夫なのか、お粥に混ぜれば食べられるのか、粥ゼリーに混ぜれば食べられるのか、ペースト状でないと難しいのかなど、さまざまな食形態を組み合わせてみます。もちろん、患者さんから「パンが食べたい」「麺が食べたい」と要望があった場合には、摂食嚥下リハビリテーションの歯科医師立ち合いのもとで試してみます。食パンの耳を取り除けば大丈夫か、牛乳に浸せば食べられるか、どのくらいの大きさにちぎれば大丈夫なのか、麺はそのまま食べられるか、短く切ったほうが食べやすいのか、麺つゆにとろみが必要かなど、退院後の食生活を想像しながらチャレンジします。また、食事のほかにも内服薬を確認し、持参薬の形状が安全に服用できるかどうかを検査します。

前述のように、手術などの大きなイベントがあり、それをきっかけに摂食嚥下障害と診断され、適切なリハビリテーションと栄養介入が行われる場合はいいです。しかし、これが老化によるものだった場合、特に受診もせず、どこに相談していいのかもわからず、「食べづらくなったな」「食が細くなったな」と思っても、「年だし仕方ないのかな」など、見過ごされてしまうかもしれません。私は早期介入をどこでどのように行うか、いい方法はないかなどと考えながら、栄養指導の際には必ず口腔内の状況を確認することにしています。一見、歯科領域とは関係のない糖尿病や腎臓病の栄養指導でも、意外と入れ歯が合わない、歯が痛いなど、別の問題を抱えている方がいらっしゃいます。そこから歯科へつなげるのも一つの方法だろうかと考えています。(『ヘルスケア・レストラン』2022年3月号)

参考
1)日本歯科医師会:オーラルフレイルについて, https://www.jda.or.jp/enlightenment/oral/about.html

豊島瑞枝(東京医科歯科大学歯学部附属病院 管理栄養士)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年より東京医科歯科大学歯学部附属病院勤務となる。摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、NST専門療法士

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