お世話するココロ
第137回
新たな詐欺に注意

訪問看護の利用者さんが、タチの悪い詐欺に引っかかってしまいました。この詐欺には、対面+メールの、ハイブリッド型ともいうべき巧妙な手口に特徴があります。新たな詐欺のやり口を知り、撃退に役立ててください。

利用者さんが詐欺に遭った!

12月半ばのある日。翌日訪問看護にうかがう予定の利用者の男性から、キャンセルを希望する電話が入りました。聞くと、知人の葬儀があるため、明日はそちらに行きたいというのです。
状態は落ち着いている方なので、キャンセル自体は問題ありません。しかし、身寄りもなく、親しい友人もいない彼が、いったい誰の葬儀に行くのか……。

気になった私は、「立ち入るようで申し訳ないのですが、葬儀とうかがうと、いろいろと心配になってしまいます。親しい方ですか?」と尋ねてみました。
すると、彼はしどろもどろになり、「お金を払えば、誰かわかるんですが……」と。これはかなりの確率で詐欺だと直感しました。「わかりました。明日がご都合悪いなら、その分、今日行かせてください。今からうかがいます」。そう言って、やや強引ながら訪問することにしました。そして、事情を聞くと、明らかに詐欺の被害に遭っていたのでした。まず、誰の葬儀に行くのかについて、彼はこう答えました。「会う前に亡くなったので会っていないけど、僕に財産を遺してくれた女性です。病気で死が近いと知り、弁護士さんを通じて財産を誰かに分けようと、いろんな人に当たったらしいんです。なぜかはわからないけど、僕が選ばれて。弁護士さんから、財産を相続する手続きに入ると連絡がありました」。
しかし、彼は明日葬儀に行くと言いながら、その女性の名前も、葬儀の場所も知りません。「個人情報なので、教えてもらうのに、費用がかかるんです。今、支給日前なので、お金がありません。来週お金が入ってから払うので、あと払いで教えてもらえないか、今メールしたところなんです」。

彼は経過の長い統合失調症です。両親亡きあと遺産を使い果たしてからは、生活保護で暮らしています。最大の問題は浪費で、計画的にお金が使えません。
そのため、毎週定額を手渡す金銭管理サービスを受けてきました。光熱費などはあらかじめ確保され、その週に使ってよい数千円を月曜日に受け取ります。そのお金が余っていなかったため、被害を免れていたのでした。

対面とメールのハイブリッド

皆さんのなかにも、ここまで読んで「ああ、メールでよくくる詐欺だな」と思った方も多いのではないでしょうか。
「余命半年の依頼人が、50億円の財産を贈る先を探しています。あなたもその候補の一人です。ぜひお返事をください」というような、あり得ない話を書いたメールが、私にも一時よく届きました。
彼が話す内容は、それと瓜二つ。ところが、今回の詐欺には、これまで私が見聞した詐欺とは、大きく異なる点がありました。それは、相手からの最初の接触が対面だった点です。

この利用者さんは、街で突然弁護士を名乗る男性に声をかけられ、喫茶店で長時間話しました。そして四方山話をして気を許したところで、このように言われたのです。
「病気で間もなく亡くなる女性が、全財産を贈与する先を探しています。私は依頼を受けた弁護士で、そのお手伝いをしているのです。今日お話をして、あなたも候補とわかりました。電話番号を教えてください。依頼人に相談して、了承されたらお電話します」
彼はすっかりその気になり、電話番号を教え、翌日弁護士を名乗った男性から電話が入ります。「依頼人が亡くなりました。死ぬ前、あなたを相続人に選んだので、手続きに入ります。説明はメールのほうがいいので、私がこれからショートメールでメールアドレスをお知らせします。この先は、そちらにメールをください」
利用者さんがそのアドレスにメールすると、以後は「故人の情報を教えますが、個人情報を教えてもらうのに、いろいろな手続きが必要になります。2万円ほどお金を準備しておいてください。告別式についての情報は、それとは別に1万円が必要です」などと、お金を要求されるようになりました。

話を聞いた私はすぐに相手は詐欺犯だと指摘したのですが、彼はすぐには受け入れませんでした。「僕にわざわざ話しかけてくれて、いろいろ話を聞いてもらった。誠実そうな人で、とても詐欺とは思えない。見ず知らずの僕に60億円くれるなんて、嘘で言えるだろうか」
ここまで聞いて私は、少し声を荒げてしまいました。「見ず知らずの人から60億円もらえる話なんて、あると思うのですか?絶対に詐欺です。絶対にお金を払わないでください。申し訳ないけれど、金銭管理の担当者にも、事情を話します」
彼はハッとした表情を浮かべ、少し黙り込み、やがて「そうですよね……」と言ってうなだれました。その様子を見ていると、なんとも申し訳ない気持ちになってきます。しかし、今反省しているからといって、一人になれば、気持ちが変わらないとも限りません。
心配でたまらない私は、弁護士を名乗る人の電話番号の着信拒否と、メールアドレスの受信ブロックを提案しました。ところが、彼は受け入れません。
「連絡がきているかどうかわからないと不安です。絶対に連絡しないから、そのままにしておいてください」。彼の言葉を信じていいかはかなり不安でしたが、それ以上のことはできませんでした。

正念場の年末年始

とりあえず手持ちのお金がなかったため、この時点では、男性は被害に遭わずに済んでいたようです。ところが、このあとやってくる年末年始が鬼門です。
訪問看護室に戻り、私は金銭管理を担当する事業所に連絡し、事情を話しました。これまでにもいろいろなトラブルに対応してきた担当者は、私よりずっと落ち着いた調子。興奮気味に話した自分が恥ずかしくなってしまいました。
福祉の担当者にも連絡し、来週お金を渡す時に事情を聞いて、再度詐欺への注意をしてくれるとのこと。反応によっては、渡す額や間隔を考慮してくれるようでした。

ただ、年末年始は金銭管理が特に難しい時期です。なぜなら、訪問看護室同様、金銭管理を担当する事業所も年末年始は連休。どうしても、2週間分お金をまとめて渡す期間が出てしまうのです。
私たちは電話で「困りましたね。でも……すべての管理はできませんね」と、何度も言い合いました。
実際、私たち支援者ができることには限りがあります。一人で生活している以上、当然目が届かない時間のほうが長いのです。

一人の時間をなんとか暮らせなければ、地域での一人暮らしは無理だと言わざるを得ません。ただし、なかには年末年始の期間だけ、入院したり、ショートステイを利用する人もいます。
彼についても、本人が希望するなら、詐欺犯から身を守るために、そのような手立てを使う道もあります。しかし、彼はそれも希望せず、結局年末年始に突入することになりました。

そして今回、詐欺である事実を納得させるのが難しかった理由として、ネットなどにも情報が出ていない、新しい手口だったことがあります。私はこれまで、詐欺事件について書かれたネットの記事を利用者さんに見せて、何度か詐欺に気づいてもらいました。
これができなかったのは、苦しかった。もし周辺に危ない人がいたら、ぜひ、この記事を使って説明してあげてください。(『ヘルスケア・レストラン』2022年2月号)

宮子あずさ(看護師・随筆家)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。現在は精神科病院の訪問看護室に勤務(非常勤)。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある

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