栄養指導で”あるある!こんなこと”
第102回
特定保健指導で出会った
肝疾患患者の事例
東日本大震災以降、いわき市の隣の村の健康診断結果返却会に参加しています。返却会のあと、特定保健指導が必要な方に村の保健師さんと個別訪問しています。今回はそこで出会った方です。
趣味がなくなりアルコールで暇つぶし
Rさんは服薬による血圧の治療を行っており、健康診断でもそれ以外は問題ありませんでした。しかし今回、γ-GTが146U/L、尿酸値が8.0mg/dlと数値が高いため、奥様からアルコールについて心配だと事前に話があったようで、訪問対象となっていました。
保健師:今日はよろしくお願いします。午前のRさん、健康診断で肝機能と尿酸値が引っかかっています
田村:拝見しますね
保健師:アルコールを最近ずっと飲んでいるようで……。ここ半年ぐらい、昼間も飲んでるらしいです
田村:そうなんですね。何かお酒にハマるきっかけがあったんですね。まずはお話を聞いてみましょう
保健師:ですね。今日はRさんご本人にも居ていただくよう話してあります
村の山道をちょっと入った集落に今回ご訪問するお宅がありました。家の前には畑があり日当たりもよく、裏山もあってたくさんの緑に囲まれた平屋の大きな家です。
保健師:こんにちは~、保健師です
奥様:お待ちしていました
田村:初めまして、いわき市から来ました管理栄養士の田村です
奥様:あら、いわきから?
Rさん:わざわざ大変だったね~
保健師:ところでRさん、今回の健診で肝機能が引っかかってまして……
Rさん:この前、血圧の薬を診療所にもらいに行ったら先生からも叱られちゃったよ(苦笑)
保健師:そこで今日は管理栄養士の田村さんにも同行してもらいました
田村:お食事などのお話をうかがわせてもらえますか?
Rさん:はいよ
雰囲気や対応はとても柔らかく、アルコールを常時飲んでいるようには感じられませんでした。しかし、食習慣の聞き取りをしてみると、やはり問題点が見えてきました。
田村:食事の時間は決まっていますか?
Rさん:朝は決まっているけど……
奥様:昼過ぎからはず~っとだらだら飲んでテレビ見ている感じです
田村:それはお昼から何時ぐらいまでですか?
奥様:私が夕飯を食べるのが6時ぐらいなので、その時まではずっと
田村:ちなみにどのくらいの量を飲まれますか?
Rさん:ビール500mlと酎ハイ2~3杯だべな~
奥様:酎ハイは4、5杯は飲んでるよ
田村:その時は食べながら飲まれてますか?
奥様:最初は昼食のおかず……あとは夕飯が出るまではつまみはないです
田村:そうですか。昨年までは大丈夫だったんですが、肝機能の数値がぐっと上がってしまって。あと尿酸値もなんです。これはアルコール性で上がる項目なので、飲み方など少し気をつけるとよいかと
Rさん:……
田村:昨年などはいかがでしたか?アルコールは?
奥様:晩酌くらいで、昼間からっていうのはここ半年ぐらいです
Rさん:何もすることもないし、暇だからな~。前は畑も田んぼもいっぱい仕事があっだけど、今は昔の4分の1もつくれば十分過ぎるし
奥様:震災前は息子家族も孫も一緒に住んでいて、米や野菜もいっぱいつくってましたが……
田村:なるほど。ところで、たくさん竹細工がありますが……
奥様:それはこの人の趣味で、いっぱいつくっては道の駅なんかで販売していて、結構人気だったんです
田村:素敵ですね。今は?
Rさん:半年はやってないな~。
田村:なぜですか?
奥様:裏山で竹を切り出している時に転んで、1カ月入院してたんです。それから止めてしまって
Rさん:それから山に登るのも億劫になって、竹細工もやる気が出なくなって
田村:それがきっかけで、“ついついお酒”なんですね~
Rさん:退屈だと飲んじゃう(苦笑)
田村:竹細工を拝見してもいいですか?
趣味を褒められたことでアルコール摂取に変化が
それは竹を編んでつくった花入れや状差し、菓子入れ、盆ざるなどで、どれも素敵でした。
田村:本当に素敵ですね。職業柄、盆ざるや菓子入れは購入したいです。道の駅で買えるんですか?
Rさん:1つくれてやるよ
田村:いやいや、それはダメです。購入します。またぜひつくってください!こんな素敵な技術なのにもったいないです
Rさん:こんなので喜んでもらえたのは久しぶりだな
田村:だって素敵です!もったいないです。また竹細工を始めて、お酒は楽しみ程度の晩酌だけになるといいのですが……
保健師:Rさん、私もそう思います。竹を切り出すのは隣の家の人にも手伝ってもらっては?
田村:肝機能はまだすごくひどいというわけではないので、できたら週1回の休肝日をつくって。そうしたら来年の健診では正常に戻る気がします。退屈な時は、この素敵な竹細工をされてみては?
保健師:実は、隣は私の叔父の家なんです。叔父も最近、暇だと言っていたので、竹の切り出しを手伝うよう話しておきますよ
こんなやりとりをして、アルコールのとり方など話して帰りました。翌月、別の訪問で村に行くと……。
保健師:先月のRさん、アルコールを昼間は止めて、少しですが竹細工を再開したみたいです
田村:本当ですか?
保健師:奥様が先日ここに来られて、話していきました。そしてコレ……
そう言って袋に入った竹細工のざるを手渡してくださいました。
保健師:Rさんが田村さんに使ってほしいって
田村:いいんですか?
保健師:もらってあげてください。Rさん、田村さんから褒められてすっかりやる気を取り戻して。私の叔父も週に1回、竹を切り出す時に手伝っているようです
田村:それはよかったです
震災後、核家族化が進み、このように村や町の生活が一変した地域がたくさんあります。震災の後遺症は帰還した住民にもさまざまな影響を及ぼしています。本来あるべき姿や環境が変わること、生きがいや生活が変わること、人それぞれ楽しみも生きがいも違いますが、その人らしく楽しく生活できるよう祈るばかりです。
自分らしく、楽しく生活するためにも健康が大事です。高齢化と過疎化が進むこの村に、この先もわずかですがかかわっていきたいと思っています。来年の健診結果が楽しみです。(『ヘルスケア・レストラン』2022年1月号)
福島学院大学短期大学部
食物栄養学科講師
かとう内科クリニック 非常勤 管理栄養士
たむら・かなみ●療養病院、急性期病院での勤務を経て、2011年8月からフリーランスの管理栄養士として活躍中。福島県いわき市内のクリニックでの栄養指導や全国各地での講演活動、自宅で暮らす高齢者の栄養サポートにも力を入れている