“その人らしさ”を支える特養でのケア
第48回
嗜好が合わないことによる食事摂取量の低下
安全な食事を提供していくには

嚥下機能に合わせた安全な食形態であっても、ご利用者の嗜好に合わずに食事摂取量が低下してしまうことは往々にしてあることかと思います。その時、QOLを踏まえた検討をしていくことが不可欠だと改めて感じた事例を紹介します。

受け入れ前の食事における事前調整

「ねぇ、今度入るご利用者の食事なんだけどさぁ……」
予定されている新規入居者の受け入れカンファレンス前に生活相談員が栄養課へとやってくる時は、食事の対応がちょっと(?)複雑な方が入る合図。厨房との調整に時間がかかると思った時に、生活相談員が事前に情報提供をしてくれます。その情報をもとに、受け入れカンファレンスまでに食事内容についてある程度の目星をつけています。
今回入居されるAさんもこれまでとは違った対応が必要な方でした。

認知症で精神科に入院中のAさんの食事は「流動食をストローで吸って飲んでいる」と言います。Aさんはやろうと思えば自分で食べられるのですが、意欲低下がありストローで吸うことしかできていないという事前情報がもたらされました。
流動食といえば、消化管術後に提供される重湯と具なしの汁にフルーツジュースやドリンクタイプの栄養剤の組み合わせが思い浮かびます。当施設には流動食という食形態はありません。試しに委託給食会社に流動食の献立を依頼すると、1週間分が送られてきて同じものを毎週提供している、と言います。

病院であっても流動食を何日も提供し続ける、ということはほとんどないのではないでしょうか。自分自身が一般的な流動食を毎日提供されることを想像すると、すぐに飽きてしまうことが容易に想像できます。ですので、Aさんの入居にあたり、厨房と提供内容について検討を行い、当施設で提供しているミキサー食を増粘剤でとろみをつけないで提供することを受け入れの第一歩としました。

また、受け入れカンファレンスで、「自立支援」の視点から身体機能面で食事の自力摂取が可能であれば自分で食事をしてもらうよう支援していくことが決まりました。ストローを使用せず食事ができるのであれば、口腔機能に合わ当施設で普段提供している食形態に変更が可能です。このことは厨房とも情報共有しています。このように臨時の対応が期間限定であることを伝えることで厨房のモチベーションの維持を図っています。

継続した観察で食形態を調整していく

いよいよAさんの入居の日。提供された昼食は私の主観では「がっかりする内容」でした。もちろん、厨房に依頼したとおりの食事内容ですが「煮汁の残り」を盛ったような皿が並んでいます。「おいしくなさそうだな~」と思う食事をAさんが食べてくれるわけもありません。

入居後1回目の食事はほとんど手を付けられることなく終了。私はAさんへの食事介助を行う傍らで口腔機能と嚥下機能の評価を行い、まずは食事介助をしてしっかり食事を食べていただけるようプランの変更を行いました。Aさんは歯がなく、義歯をお持ちでしたが合わなくなっており使用できません。さらに、Aさんは金銭面の問題があり義歯のつくり直しができませんでした。このような状況から、食形態をミキサー食とミキサー粥(学会分類2013、2-1~2-2相当)に変更して提供。自力摂取するほかの利用者が視界に入る位置に席を決め、食事介助を行いながらご本人へ自力摂取を促していきました。上肢の動きが単調で、すくいにくそうにされていたことからリハビリ用の食器を使用し、「食べにくいから食べたくない」という状況にならないようにしました。

入居後1週間くらいで少しずつ自力摂取を行うようになったAさんのミールラウンドを行うと思ったより食事が進んでいません。
「こんなの、人間が食うもんじゃないだろう。昔からこれじゃダメだって言ってるじゃないか。普通ご飯でいいんだよ。普通のを出せ」
自称「病院の厨房にいた」というAさんは食事にこだわりがある様子で、ミキサー食に対して不満をぶつけています。入院中も食事は流動物。固形の食事を食べた実績がないAさんに対して、いきなり固形物を提供するのはためらわれました。

Aさんにご自身の口腔機能と下機能について説明し、それを踏まえて徐々に食形態を上げていくことを提案。また、安全に食べるために少しずつよく噛んでゆっくり食べることを協力してほしいとお願いしました。Aさん自身も納得し、まずはムース食を試してみることになりました。ムース食提供後、3日程度は問題なく食べていただきましたが、そのあとは摂取量が低下。Aさんは再び「普通ご飯を出してくれ。これじゃダメだ」と訴えています。
多職種のカンファレンスを経て段階的に食形態を上げていき、最終的に刻み食と全粥の提供で落ち着きました。Aさんも刻み食に納得し食事摂取量も安定して日々を過ごすことができました。また、意欲向上にもつながり、ゆっくりとした動作ではありますが自力摂取が継続できていました。そのあとAさんは発熱と食欲不振により病院を受診。誤嚥性肺炎の診断で治療が開始されましたが回復せず、お亡くなりになりました。

QOLを考慮した食事選択を探り続ける

私にとってAさんが「これ(ミキサー食)は、人間の食べ物ではない」とおっしゃったことは大変ショッキングな出来事でした。うすうす気づいてはいましたが、どんなにきれいに盛り付けてあってもミキサー食を「食べたい」と思うのは好奇心が刺激される1食目だけで、そのあとは飽きてしまうのではないか、と感じていたからです。これが、次の食形態へのステップであることが理解できる場合は受け入れられるのでしょうが、そうでない場合は食欲不振の原因にもなるのだと感じ、提供している食事自体も見直しが必要だと突き付けられたのです。
また、管理栄養士として口腔嚥下機能を基準に食形態を選択していますが「安全に食べられる、窒息・誤嚥しない」ことに食事選択の重点が置かれ、ご本人の意向や楽しみなどQOLの視点がおろそかになっていたことに気がつきました。

Aさんのケースでは食欲不振をきっかけにご本人の意向(普通のご飯)と機能との間でうまく落としどころを見つけられましたが、今後は入居後のモニタリング等の機会をうまく使ってご本人の満足度についても確認が必要であると強く感じました。(『ヘルスケア・レストラン』2021年12月号)

横山奈津代
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る

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