お世話するココロ
第135回
おせちの予約

経済的な問題を抱える人が多い精神科訪問看護では、金銭管理も支援の一つ。そんな、金銭管理のサービスを受けているとある利用者さんが、高額なおせち料理を予約しようとした時、私はつい腹を立ててしまいました。

いよいよ目立ってきた「8050問題」

精神科病院の訪問看護室に勤務して早12年。高齢の利用者さんが施設に入居したり、身体の病気で亡くなったりで、長くかかわっていた方の数がかなり減りました。代わって増えてきたのが、親御さんが高齢になって支援が必要になった40代以降の方。多くが、内服や通院、生活上の世話の大部分を親に頼っていた人たちです。

ある50代の女性は、両親が相次いで急死。突然一人暮らしになりました。これまで、内服も受診も親に促されて行っていたのでしょう。すぐに医療が中断し、症状が悪化。奇声を発するなどの異常行動が目立つようになり、近隣から警察への通報を機に、再度医療につながりました。

「8050問題」では、親の高齢化によって子の引きこもりや精神疾患などの問題が露見します。この女性はまさにその典型例であり、類似の経過で入院後訪問看護が導入される例が目立っています。
訪問看護で主に行うのは、病状および生活状況の確認と内服管理の確認など。会話のなかで異変を察知し、早めの受診を促すなど、医療に関連したかかわりです。
訪問看護以外にも、家事を自分でできない人にはヘルパーによるサポート、浪費傾向が強ければ金銭管理の代行など、在宅で受けられる支援はいろいろあります。

今回お話しするのは、両親の年金からのこづかいが主な収入だっ40代の女性が両親を亡くし、経済的な問題に直面した例です。家事能力も低いこの女性は、ヘルバー支援を受けながら生活しています。
近隣の作業所にも通所を始め、初めての一人暮らしは軌道に乗ったかに見えました。ところが、1年ほどしたところで、浪費が目立つようになります。
親の年金はすでになく、生活の原資は両親が遺した200万円ほどの貯金。それがなくなったら生活保護に移行予定でしたが、自由に使えるお金は月に数万程度でしょう。今の金銭感覚ではとてもやっていけません。

金銭管理サービスを入れる

幸いだったのは、女性が両親とともに生活していた住まいが公的住宅だったこと。障がい者の特例で、親から居住の権利を引き継ぎました。家賃が安く、生活保護で払える額だったので、転居せずに済んだのです。
若い頃から病気になった一人娘を、両親は不憫に思っていたのでしょう。欲しい物は無理をしてでも買い与えたようです。欲しい物にはお金を使い、月の初めに生活扶助(いわゆる生活費)を数万もらうと、その週のうちに使い果たしてしまいました。

この時は、役所に行って緊急に支給してもらえる食べ物をもらい、残りの日数をなんとか凌ぎました。もらったのは乾パンです。女性が「乾パンは硬くてまずい」と言うのを聞いて、担当の若い男性職員は、「本来なら食べ物がないところ、食べられるのだから、こらえてくださいね」。やさしい口調ながら、毅然とした言い方には、とても感心したものです。

しかし、そのあとも計画的な買い物はできません。乾パン生活もたびたび経験し、結局、支援者と本人で相談のうえ、金銭管理のサービスを導入しました。
毎週約1万円を本人に渡し、少しずつでも貯金をします。そして、少し大きな出費がある時には、貯金からも出す。これなら、もらったお金を使い果たしても、数日待てば次のお金がもらえます。

はじめ女性は他者による金銭管理に強く抵抗し、「自分のお金をなぜ自由に使えないのか」と訪問看護の際も、しばしば激怒しました。その都度、私は答えました。「ご両親の年金で暮らしていた時に比べれば、今は使えるお金が少ないんです。光熱費を含めて月6万円弱で暮らすには、慣れが必要でしょう。慣れたら、自由にやっても大丈夫かもしれない。でも、それまでは少しずつお金をもらうほうが安全だと思いますよ。お金がすっからかんになって、また乾パン生活はつらいでしょう」

私は、生活保護を受けている人に、「税金だから、大事に使うように」とは、なるべく言いません。原資が税金であっても、申請が認可されて受給する以上、それは権利。その人の価値観に沿って、自由に使っていいのです。
こうした姿勢は、支援者として、求められる態度だと考えます。「税金だから、規制があって当然」と考えては、利用者さんを見下しかねません。この点は、注意する必要があります。

2万円のおせち

ところがある時、こうした私の人権感覚が試される場面がありました。ある年の10月に入って間もなく、女性の家を訪問すると、「もう金銭管理なんてされたくない。自分のお金なのに、なんで自由に使えないの」とひどく不機嫌な様子でした。
事情を聞くと、「ネットでおせち料理を予約したことを責められた」と言います。「10月におせちの予約?」と思わず聞き返すと、「看護師さん、もうおせち料理の予約は始まっているんですよ」と呆れられてしまいました。
続けて女性はまくし立てるように続けます。「今予約すると早割で安いんです。2万円のおせちが2割引。1万6000円で買えるんですよ。支払いは受け取る時でいいんです」

思わず私は、「え?2万円のおせち?」と聞き返しました。すると、「いいえ。だから、早割で1万6000円です」と苛立ったような答えが返ってきました。
その買い物は、あまりにも無謀に思えました。なにしろ、1カ月で自由になるお金は数万円。そこから光熱費も払うのです。なのに、なぜそんな高額のおせちを注文するのか。
「1ヶ月に5万円と少しで暮らさなければならないのですから、1万6000円のおせちはあまりにも高いのではないですか?それだけで1週間の生活費を越えてしまいます」

私は具体的な金額も出しながら、なんとか思いとどまってもらおうとしました。今はまだ、貯金がごくわずか。1万円しかありません。そのおせちを買えば、月の後半には乾パン生活。それは容易に予想できました。
「そんなに高いおせちを買わなくでもうちなんか、栗きんとんと黒豆とか、気に入ったものを少買う程度ですよ。全部で3000円くらいかなあ」
私が否定的な反応をしたので、女性はどんどん不機嫌になっていきます。ついにはイライラした口調で、私にあたってきました。
「オーガニックの、すごく身体にいいおせちなんです。安いおせちなんてだめなんです。添加物がいっぱいで、身体に悪いんです。そんなもの食べたくないんです」
それを聞いた私は、ものすごく腹が立ちました。「普通に働いて暮らしている人だって、そんなに高いおせちは買いません。皆、身体にいいものをと思っても、財布と相談して買うんです。それが生活というものです」

結局女性は、金銭管理の担当者に止められ、おせちは断念しました。そのあとの訪問で女性は言いました。「お金がないと、毒も食べなくちゃいけないんですね」。不愉快な気持ちになりつつ、人それぞれの価値観だから仕方がないと自分に言い聞かせました。
女性の考え方には、賛否あると思います。それでも、なるべくその人が大事にしたいものを大事にする。この原則は、支援者として失わないようにしていきたいと思います。(『ヘルスケア・レストラン』2021年12月号)

宮子あずさ(看護師・随筆家)
みやこ・あずさ●1987年、東京厚生年金看護専門学校卒業後、2009年3月まで看護師としてさまざまな診療科に勤務。13年、東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。博士(看護学)。現在は精神科病院の訪問看護室に勤務(非常勤)。長年、医療系雑誌などに小説やエッセイを執筆。講演活動も行う。看護師が楽しみながら仕事を続けていける環境づくりに取り組んでいる。近著に『まとめないACP 整わない現場、予測しきれない死』(医学書院)がある

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