“その人らしさ”を支える特養でのケア
第47回
認知症利用者の
“手づかみ”の食事風景に思うこと

私たちは食事の際に、箸やスプーン、フォークといった食具を使用します。それはご利用者ももちろん同様です。しかし、認知症の方のなかには食具には目もくれず、手づかみで食べる方がいます。そのようなケースはどのようにサポートするのか?当施設での事例を紹介します。

手づかみで食事をとることの是非

ご利用者の食事風景を観察しているといろいろな場面に出くわします。
ほとんどの方が箸やスプーン、リハビリ用スプーンなどを利用して召し上がっていますが、食べにくそうだな、と思う場面も多々あります。

通常、私たちは食べる物を見て「どの道具を使うと食べやすいか」を判断して食具を選びます。たとえばカレーライスを食べる時にはスプーンを選びますし、そばやうどんを食べる時は箸、スパゲティならフォーク、おにぎりは手づかみ、といったようにです。
しかし、ご利用者のなかには認知症による失認(ものがわからなくなる)や失行(使い方がわからなくなる)によって、スプーンを裏返し(盛り上がったほうを上)に使ったり、スプーンに見向きもせずお粥を箸で食べたりと、普通の食事風景からは「ちょっとおかしいな」「食べにくそうだな」と感じる食行動を目にすることがあります。なかでも手づかみで食事をする風景はそう珍しくはありません。

Aさんは重度の認知症で、意思の疎通はほとんどできません。下肢筋力が低下していて立ち上がるのが難しいのに立ち上がっては転ぶ、ということを繰り返していました。そのうち立ち上がることができなくなったAさんは、床を這ったり、いざったり(膝行)して移動するようになりました。そんなAさんの食行動についてユニットから相談がありました。
「Aさんがスプーンも箸も使わない。手で食べちゃうから食事介助したほうがいいだろうか」というものです。介護職員に詳しく聞くと「行儀が悪いし、汚いと思う」と言います。

Aさんの食事風景を確認すると、人差し指から薬指を上手に使って粥や刻み食のおかずをすくい、親指で押し出すように召し上がっています。そもそもやけどするほど熱い食事は提供していませんし、Aさんが周りの方に嫌がられている様子もありません。また、食材を食卓などに塗り付けてしまうということもなく、箸やスプーンの代わりに手を使って食べているのだな、と理解できます。試しにAさんのお膳に準備されていた箸やスプーンを手に持たせてみましたが使えません。手を使っておいしそうに召し上がるAさんに「行儀が悪い」と、使い方がわからない道具を無理に使ってもらうのは「ちょっと違うな」と思いました。
本人がよければ、手づかみでもよくない!?

折よくカンファレンスが行われたこともあり、食事前後の手指衛生が保たれていれば手づかみでもよいのではないか、と提案。介護職員も「他職種がいいなら」とAさんの手づかみは容認されました。Aさんのように、床を這っている方は手の衛生管理は重要です。感染対策の観点だと「床は汚染されている」と考えるのが一般的かと思います。Aさんには食前後に手洗いを確実に行ってもらうことが手づかみで食べていただく際の条件となりました。

手づかみでの食事をどうとらえるか

手づかみも食べる方法の1つとして選択していいと思う理由が2つあります。

1つ目は、世界には「手で食べる」文化が存在することです。日本で生活していると、なんでも手で食べてしまうのは「行儀が悪い」と思いますよね。おにぎりやパンなど手で持って食べる物もありますが、焼き魚や煮物などを手で食べる、というのはお行儀が悪いと感じてしまいます。しかし、インドなどでの食事風景をテレビ等で見たことがある方もいらっしゃると思いますが、世界の約4割の人が手を使って食べる「手食」の文化圏で生活しているそうです。食作法の違いは食材の特徴や調理方法の違いで発展している1)ので、日本食には手づかみはふさわしくないのかもしれませんが、ナイフとフォークで食べることは珍しくないのだから、手づかみもいいのではないか、と考えています。

2つ目は手で食べることで食材の質感を感じていることを知ったからです。
個人的なことで恐縮ですが、自分の子どもに離乳食を始めるにあたり参考にした書籍2)に「赤ちゃんは、手でつかむことで、食べ物の大きさや硬さを感じ、つぶさずに口に運ぶための力加減や指の動かし方を学ぶ。手でつかんだ食べ物を口に運ぶのは、目と手と口の協調運動である。たとえばバナナをつかみ口に入れる時、その触感、匂い、舌触り、味を感じている。これはバナナを五感で感じているということである(要約)」と書かれていました。
最初は「世界には手で食べている人もいるんだから」という理由で手づかみ食べでもいい、と思っていましたが、2つ目の理由を知ることで、認知症の高齢者にとって手づかみで食べることは、失いかけた食事への感覚を取り戻すことに役立っているのではないか、と感じたのです。

現在Aさんは手づかみで食べることもなくなり、食事は全介助となっています。しかしほかのご利用者でも手づかみで召し上がっている方をちらほら見かけます。手づかみを容認しているといっても、毎食箸やスプーンが準備され、ご利用者の様子を見ながら、まずは箸などを持ってもらい食事スタートとなりますが、手づかみのほうがスイスイと食事が進んでいるのを見ると、私の推測も間違っていないのかもしれない、と思うのです。

栄養管理には関係ないように思えることも、ふとしたところで仕事につながっています。今後も視野を広く生活していきたいと感じたエピソードでした。(『ヘルスケア・レストラン』2021年11月号)

参考文献

1)国立大学法人大阪教育大学:三大食作法,http://www.osaka-kyoiku.ac.jp/~ioku/foodsite/hashi/sandaisyokusahou.html(2021年9月16日)
2)中川信子監修:ママが知らなかった おっぱいと離乳食の新常識 かしこい育児はおくちからはじまる,小学館(2010)

横山奈津代
特別養護老人ホーム ブナの里
よこやま・なつよ
1999年、北里大学保健衛生専門学校臨床栄養科を卒業。その後、長野市民病院臨床栄養研修生として宮澤靖先生に師事。2000年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院に入職。同院の栄養サポートチームの設立と同時にチームへ参画。管理栄養士免許取得。08年、JA茨城厚生連茨城西南医療センター病院を退職し、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里開設準備室へ入職。09年、社会福祉法人妙心福祉会特別養護老人ホームブナの里へ入職し、現在に至る

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