栄養士が知っておくべき薬の知識
第123回
摂食・嚥下に悪い影響を及ぼす
可能性のある薬について
前回は嚥下機能を改善させる可能性のある薬について述べました。今回はその反対に、摂食・嚥下に悪影響を及ぼす可能性のある薬について述べます。
摂食・嚥下に影響する薬剤を見直そう
摂食・嚥下は、食べ物を認識することにはじまり、そのあとそれを食して口の中で食塊をつくり、咽頭から食道に流れ込ませて胃まで移送する動作をいいます。この一連の動作のどこかに障害があれば、摂食・嚥下障害とされます。
もちろん、脳梗塞などといった疾患自体に原因がある場合や高齢者のサルコペニアによって嚥下が上手にできないということも多くみられます。
しかし、服用している薬が原因となって摂食・嚥下障害を生じている場合にも注意が必要です。
薬剤性の摂食・嚥下障害は食物摂取のどの段階でも生じる可能性があります。たとえば、睡眠薬が効きすぎて朝に起きることができずに朝食を食べなかった、あるいは口渇を起こす薬を服用していて唾液不足から食塊を形成できずに食事がなかなか進まないといった場合も考えられます。
精神神経系に働く薬
精神神経系に働く薬の多くは、鎮静作用といってイライラする気持ちを改善したり、興奮を鎮めたりする場合に使います。
このような薬では鎮静の反対に眠気や集中力が低下する、認知機能が低下する作用も併せもっています。統合失調症や強度の不眠症の患者さんには必要不可欠な薬です。
しかし、入院して「せん妄」や「鎮静」が必要になった場合、これらの精神神経系に働く薬が使われ、そのまま漠然と継続して使われているといったことも少なくありません。
鎮静作用をもつ薬には、睡眠導人剤や抗不安作用をもつエチゾラムやロラゼパム、統合失調症治療薬であるリスペリドンやクエチアピンなどがあります。こうした薬を服用していると、眠気によって食事に時間がかかって、せっかく温かくておいしい食事を提供しても、冷めてしまったり、食べこぼしたり、摂食・嚥下に対しては食塊を動かす力の低下や、飲み込みのタイミングが失われやすくなってしまったり、といった嚥下にとって不利益を生じます。
またジスキネジアといって、口や舌などが意識とは関係なく動いてしまう不随意運動を起こすこともあります。よく噛んでいるようだが、なかなか飲み込んでくれないといった場合も、ジスキネジアを起こしている可能性があります。
鎮静薬を使っていて、摂食・嚥下障害が疑われたら、現段階での薬の必要性を判断してもらい、どうしても抗精神病薬が必要な場合には、定型抗精神病薬であるクロルプロマジンなどよりも、新規抗精神病薬を少量使用するといった対応が必要になります。
また、筋の緊張状態をほぐす作用をもつエペリゾン(ミオナール)®やチザニジン(テルネリン®)などの筋弛緩薬は脳梗塞後の麻痺や頭痛などに汎用されますが、舌や顎嚥下筋の低下によって、飲み込み自体を妨げる可能性があります。ベンゾジアゼピン系と呼ばれる睡眠鎮静薬や抗不安薬にも少なからず筋弛緩作用をもっていることにも注意します。
吐き気を止める薬は何気なく使われることの多い薬です。プリンペランやナウゼリンは吐き気や腸蠕動を促す作用をもちますが、嚥下・咳漱反射を低下させて誤嚥のリスクに影響を及ぼすことにも注意します。
口渇を生じる薬
唾液の分泌は、副交感神経から分泌されるアセチルコリンによって促進されます。したがって、いわゆるアセチルコリンの働きを抑えてしまう抗コリン作用をもつ薬は、唾液分泌を減少させ口腔の乾燥を起こし食塊形成に時間がかかり、食物を動かすことも抑制されるため、嚥下にも影響を及ぼします。
精神神経系を抑制して摂食・嚥下障害を起こす可能性のある薬は、このほかにも抗うつ薬や抗てんかん薬が挙げられます。止めることの難しい薬ですが、抗うつ薬はたくさんの薬があるので他薬への変更を考えたり、抗てんかん薬は適切な投与量かを確認したりする必要があります。
抗コリン作用をもつ薬はたくさんあります。抗ヒスタミン作用といって風邪をひいた時に鼻汁を抑える薬やかゆみを抑える薬も抗コリン作用をもっています。クロルフェニラミン(ポララミン®)やシプロヘプタジン(ペリアクチン®)などです。高齢者は皮膚の水分量が減少して「かゆみ」を訴える方も多く、軟膏などとともに抗ヒスタミン剤が使われる機会が多いと思います。
また胃の痙攣やゴロゴロしたといった症状に使われるブチルスコポラミン(ブスコパン®)や排尿障害治療薬であるオキシブチニン(ポラキス®)、ソリフェナシン(ベシケア®)、イミダフェナシン(ウリトス®)、不整脈に使われるジソピラミド(リスモダン®)、シベンゾリン(シベノール®)、三環系や四環系抗うつ薬に分類されるイミプラミン(トフラニール®)やアモキサンなども抗コリン作用があります。唾液自体を減らす病態には高血糖や高カルシウム血症などもありますが、薬ではフロセミド(ラシックス®)やトリクロルメチアジド(フルイトラン®)といった利尿剤も唾液自体を減らすことから同様の注意が必要だといえます。
味覚異常
新型コロナウイルス感染症でも味覚異常や臭覚異常が話題になりましたが、味覚異常が薬によってもたらされる場合もあります。抗がん剤の多くは正常の粘膜に障害を及ぼし、下痢を起こしたりしますが、同時に味覚を司る正常な細胞にも影響を及ぼします。
味を感じる味蕾の正常な形成に亜鉛が必要となりますが、薬が亜鉛と結合してしまい亜鉛欠乏を生じて、正常な味蕾ができない場合に味覚障害が起こります。亜鉛と結合しやすい薬には高血圧や心不全に使われるACE阻害剤や痛風の原因になる高尿酸血症治療薬であるアロプリノール(ザイロリック®)、抗菌剤のレボフロキサシン(クラビット®)などで生じます。
鎮咳薬
持続的に咳をしている方はそれだけで体力を消耗するため、必要栄養量も増加します。このため咳を止める作用のある鎮咳薬が使われます。一方で咳自体は誤燕を防止しているとも考えられ、それを止めてしまうことに問題があるかもしれません。デキストロメトルファン(メジコン®)やチペピジンヒベンズ塩酸(アスベリン®)などの鎮咳薬も誤嚥の心配のある方での使用には注意します。
まとめ
今回は摂食・嚥下に悪影響を及ぼす薬を紹介しました。高齢者は多病で多くの薬を服用しています。ただ高齢者に起きている症状だけに注目し、それを薬で改善しようとするとたくさんの薬が必要になってしまいます。しかし全身状態に影響を及ぼす栄養障害が、薬によって起こってしまっては本末転倒です。
口渇をもつ患者さんには軟飯にしたり、パンをスープに浸したりといった工夫がなされているかと思います。また、持ちやすいスプーンやフォークなどの食具にも気を使ったり、食事摂取時の体位にも気を配ったりしているかと思います。一方で、このような対応をとる原因として薬に目を向けることも大切かと思います。本当に薬が必要かどうかは、栄養状態を知る管理栄養士さんから、薬に対するほかの医療者への問いかけが必要ではないかと思います。(『ヘルスケア・レストラン』2021年11月号)
はやし・ひろゆき●1985年、日本大学理工学部薬学科卒業。88年、聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院勤務。2002年から同院NST事務局を務める。11年4月から日本大学薬学部薬物治療学研究室教授