食べることの希望をつなごう
第42回
化学療法と放射線治療を乗り越える

がん治療のための化学療法や放射線治療は、目標の1つに〝治療の完遂〟が挙げられます。完遂するためには土台となる身体に栄養が備わっていないと、治療に耐えることができません。今号では化学療法や放射線治療を行いながら、副作用と栄養療法を勘案した症例を紹介します。

がん患者の予後改善に必要不可欠な栄養療法

当院では、がんの術前および術後の化学療法や放射線治療を行っています。なかでも、術後の化学療法と放射線治療を入院下で行う場合、抗がん剤の副作用と放射線治療の影響で、食事摂取量が低下する方がいらっしゃいます。
抗がん剤の副作用や放射線治療の影響の出方は個人差が大きく、ごくまれにまったく影響なく食事摂取を継続し体重減少もなく、口内炎や皮膚症状もなく治療を終える患者さんもいらっしゃいますが、食欲が落ち、口内炎ややけどのような皮膚のただれを経験される方もいらっしゃいます。

食事摂取量の低下は体重減少につながり、脱水や電解質異常、創傷治癒遅延にもつながります。日本臨床栄養代謝学会のJSPENテキストブックには、「がん患者の体重減少は、化学療法による副作用の増加、化学療法の完了サイクル数の減少、化学療法や放射線治療の効果減弱、さらに最終的には生存率の低下をもたらす可能性がある。したがって、がん患者の予後改善には栄養療法が不可欠である」と記載があります。

化学療法を行う患者さんのなかには、抗がん剤投与の翌日から食欲低下を訴える方もいらっしゃいます。当院で化学療法を行う患者さんは、口腔がんの治療目的で入院しており、術後の追加治療の際には、手術による摂食嚥下障害がある場合も少なくありません。安全に食べるための食形態の調整が必要であることを前提に、食べられる物を探していくことになります。フルーツやゼリーのようなさっぱりした物、汁物を好む方は多いですが、誤嚥する場合には食形態の調整が必要です。

がん治療における化学療法や放射線治療では、治療の完遂が1つの目標になります。治療を完遂するためには、治療に耐え得るだけの土台となる身体が必要であり、それを支えるのは栄養療法です。副作用の程度や内容に応じて、食形態や献立調整、栄養摂取ルートを検討しながら、良好な経過を辿った症例を3つ紹介します。

食形態と献立の調整で食欲回復をめざす

抗がん剤投与の当日夜から食欲低下の訴えがあったAさん。翌日の朝食は、主食以外は食べていたのですが倦怠感もあり、翌々日の朝食は何も口にできなくなりました。舌がんの術後で、舌亜全摘と両側の頸部郭清を行っており、液体には薄いとろみが必要です。送り込みが難しく、食べやすくするため奥舌に食物を置くようにして食事をしています。
食形態は学会分類3の指示が出ています。経口摂取の許可が出たあとは学会分類2-1で食事を開始しましたが、順調に食上げし、学会分類3の食事を召し上がっていたのです。もともと主食を控え、朝食は野菜やフルーツ、ヨーグルトを使ったスムージーと、割と小食だったというAさん。できるだけボリュームを落として献立調整していました。

さっぱりしたものなら食べられそうとのこと。保存可能なゼリードリンクを提供したところ、お口に合ったようで、これなら食べられると笑顔が見られました。一口目は離水していることが多いので、別容器に出して除いていただきます。奥舌に入れるためスプーンで摂取していただこうと計画していましたが、いざ食べてみると、意外に飲み口の長さがちょうどよく、スプーンを使用せずともそのまま食べられることがわかりました。
ゼリードリンクのほかに、ヨーグルトやフルーツも食べられそうとのことでしたので、フルーツはペーストにして提供することになりました。数日で食欲は回復することが多いため、次の化学療法までに体調を戻せるよう、様子を見ることになりました。

経腸栄養を併用し放射線治療を完遂

Bさんは下顎歯肉がんの術後で、口唇閉鎖が難しく、また嚥下障害もあり、学会分類2-1、薄いとろみの食事を提供していました。一口飲み込むのに4~5回嚥下するのでとても時間がかかります。それでも「これ(食事)くらいしかすることがないから」と、2品を1時間かけて召し上がっていました。食上げは難しく、追加治療が決まった際には胃ろうの話も出ていました。しかし、とろみ付けしたONSを使用し何とか必要栄養量が確保できたタイミングで、経鼻胃管を自己抜去してしまい、ご本人の強い希望もあり、経口摂取のみで追加治療に入ることになりました。

放射線治療が始まると、粘膜炎の発生が想定していたよりもだいぶ早く起こり、痛みや味覚障害などの訴えはないものの、体重が減り始めました。ご本人も気にされていましたが、経口摂取量をこれ以上増やすのは困難です。
放射線治療が予定の半分を超えたあたりからは塩分がしみるようになり、粘膜炎から出血が見られるようになりました。そこで、経鼻胃管の再挿入についてご本人を交えて相談し、追加治療が終わり、粘膜炎が落ち着くまでを目途に、経鼻胃管からの経腸栄養を併用することになりました。
経腸栄養を併用することで、食べなきゃというストレスが減り、味(嗜好やしみるなど)を気にすることなく栄養剤を使用することができます。また、ご本人の強い希望があり、経口摂取は1品のみ継続することにしました。一度は減った体重も上向きとなり、無放射線治療を完遂することができました。

治療完遂を目標に適切な栄養管理を実施

Cさんは、下顎歯肉がんの術後に、化学療法と放射線治療を行うことになりました。術後は学会分類2-1、薄いとろみで食事開始となりましたが、学会分類3、液体はとろみなしで飲めるまで嚥下機能が上がったところで追加治療が開始となりました。

抗がん剤を投与した当日から強い吐き気を訴えられ、何も食べることができなくなったCさん。制吐剤を使用し、献立調整をすることで、数日後には何とか食べられるようになることが多いのですが、Cさんの場合は5日後に1日300ml程度の水分摂取がやっと、という状況でした。
ここから食事摂取にスムーズに移行すればいいのですが、食べられなくなってから5日目となっていたので、献立調整をしつつ経静脈栄養を追加することになりました。

汁物や少量のお粥、温泉卵やデザートタイプの栄養補助食品など、いろいろ試しましたが摂取量が増えません。放射線治療の影響か手術によるものか、唾液の出づらさもあり、食べづらさが強く、満腹感も感じやすいとのことでした。経静脈栄養の期間が長引いており、経口摂取量が増えないことから、消化管の検査で異常がないことを確認し、経鼻胃管からの経腸栄養に切り替えることになりました。

化学療法や放射線治療の副作用により、食事摂取量が低下し、体重減少や栄養不良を招くことは多々あります。食形態や献立の調整をすることで、必要栄養量を確保できるケースもありますが、腸栄養や経静脈栄養の併用が必要になることもあります。
患者さんの思いや考えをくみつつ、主治医をはじめとした歯科医師や看護師、薬剤師、歯科衛生士などのスタッフと連携し、治療完のためさまざまな栄養ルートを使用して栄養療法を行っています。(『ヘルスケア・レストラン』2021年9月号)

豊島瑞枝(東京医科歯科大学歯学部附属病院 管理栄養士)
とよしま・みずえ●大妻女子大学卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院に入職後、2010年より東京医科歯科大学歯学部附属病院勤務となる。摂食嚥下リハビリテーション栄養専門管理栄養士、NST専門療法士、TNT-D管理栄養士、糖尿病療養指導士

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